第12話:マルチタレント
一体いつ、俺の背後に回り込むタイミングがあった。
瞬きすらしていない。サラマンから一時も目を離さなかったはずなのに。
いや、それを考えるのは後だ。
とりあえず今は、目前の脅威を排除しなければ。
振り向かずとも分かる。サラマンはその手に武器を携えている。先ほどやつが放った手斧は、丁度俺の背後の地面に転がっていた。
首筋がピリつく。空気が酸を帯びたように、肌がしみる。
俺が振り返るのが先か、やつの手斧が面を割るのが先か。
力を使う際、俺は対象物を「視る」ことで座標を特定している。「視」なければ、対象物は吹き飛ばせない。
豪は体重を前に預けて地面に倒れ込むようにしながら、思い切り身体を捻った。腰、肩、首をそれぞれ効果的に連動させて、最短時間で振り向く。
鼻先に、刃先の潰れた手斧があった。今にも豪の面を叩き割らんと迫る鈍色の獣。
間に合った。
瞬間、迫りくる獣は姿を消した。正確には、豪の力により吹き飛ばされた。
手斧ごと吹き飛ばされたサラマンは、立ち上がると膝についた砂をぱんと払った。
豪は素早く体勢を立て直すと、上目遣いにサラマンをねめつける。
「……どういうことだよ。今のは透過じゃない。お前まさか――」
「『マルチタレント』でしたっけ?TCKにいる人たちって、プレイヤーも“サンプル”も揃いも揃って二つ名を好みますよねぇ」
通常、“サンプル”が保有することのできる力は1種類のみだ。複数種類の力を操っているように見えても、大抵は1種類の力を応用しているに過ぎない。
しかし稀に、複数の異なる力を扱える“サンプル”が存在する。彼らは「マルチタレント」と呼ばれるが、豪にしても生で目にしたのは初めてだった。
「瞬間移動も使えるんですよ、私。攻撃は当たらず、どこにでもふわりと現れる……ね、『幽霊』っぽいでしょう」
「ネタばらしするのがちっとばかし早いんじゃないか。まだ勝負はついてねぇぞ」
サラマンは男性にしては少し長い髪の毛をかきあげると、
「いいえ、ついていますよ、既に」
「なに」
「もう、負けは決まりました」
「……俺はまだ、お前の攻撃をまともには食らっていない。それにお前はどうやらとっておきを出した。もう隠し玉は残っていないだろう」
「ええ。だから言っているじゃないですか。
私の負けだと」
「……ふざけてんのか」
「本気ですよ。ほら」
そう言ってサラマンはメニューボードを呼び出すと、何やら空中で手を動かした。
直後、豪の視界に突然「You win.」というメッセージが表れる。
「降伏します。私の負けです」
啞然とする豪に背を向けると、サラマンはさっさと立ち去ろうとする。
豪は我に返ると、その背中に向かって慌てて叫んだ。
「いや、ちょっと待てよ!」
「何か」
「なめんのも大概にしとけよ。何で降伏した」
「……これ以上は蛇足だと判断しました。貴方は充分強いことが分かったので、これで私の出番は終わりです。
ここからは――」
「僕の番だ」
朗々とした声が響き渡る。
豪が声の主に視線をやると、アルクトスが洋々とした足取りで歩み寄ってくるところだった。その純粋な瞳は爛々と輝いており、狼を連想させた。
「今日の闘いは、元はと言えば僕の我儘だからな。
サー君、決闘好きでもないのに付き合わせて悪かった。さんきゅう!」
「いえいえ。私にしても、彼らのように興味深い“プレイヤー”と繋がりを持てただけで収穫はありましたから。
それじゃ、後は楽しんで下さい」
そう残して、サラマンはさっさと闘技場の扉から上に上がっていってしまった。
後には未だに状況が飲み込め切れていない豪と、闘いたくて仕方ない様子のアルクトスだけが残された。
「つまりよ、俺たちは測られてたってわけか」
「まあ、そういうことになるね。僕の相手が務まるかどうか、ちょっとサー君に確かめてもらったんだ」
「お前、本当にサラマンの野郎より強いのかよ。話してる限りじゃ、ただのプレイヤーみたいだが」
「だから、ただのプレイヤーじゃないって!一応このゲーム最強!」
にかっと笑いながら、アルクトスは両腕を前に差し出した。その細い二の腕に不釣り合いな巨大な双大剣が空中から現れると、彼の両手にすっぽりと収まる。同時に黄金色の鎧が、彼の身体を素早く覆っていく。
「ひゃあ、やっぱ重たいな、これ」
そう言いながらも、まるでダガーを弄ぶように軽々と両腕を振り回してみせる。素振りだけでかまいたちが生じそうな甲高い音が豪の耳に飛び込んでくる。
「言っとくけど、お前がどんだけ早くても、どんだけ一撃が強烈でも関係ない。
何てったって、当たらないんだからな」
両の拳を上げてファイティングポーズを取る豪に対して、アルクトスは双大剣を鋏のように交叉させた。
「赤色……いや、紅と表現した方が良いような色をしているね。
今まで闘ってきた中でも、君は格別に美しい。紅葉のように深いその色がどう変わるのか。楽しみだね、豆小僧君」
童顔の騎士王の瞳は、相変わらず爛々と輝いたままだった。




