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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第3章︰鳳凰騎士団編
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第11話:トランスペアレント

 負けた。

 勝つ可能性が高い闘いでないことは分かっていた。だが闘っている内に、勝てるかもしれないと感じ始めていたことは否めない。

 だから、余計に悔しい。自分の中で消化しきれていない。


「残念。良い線いってましたけどね」


 サラマンはそう言うと、僕の背後を指差した。


「じゃ、退場してもらいましょうか。次が控えてますから」


 既に彼の視線は僕を捉えていなかった。イライオスたちに向けたのと同様の、無感情でありながら身を切るような圧力(オーラ)。敗北者は視界にも入れたくないとでも言うように、彼はしっしと手を振った。


「何度も言わせないで下さい。もう貴方に用はない。言っているでしょう。ほら、次が控えている」


 振り返ると、小さな影が見えた。綺麗な卵型の頭が近づいてくる。


「何て顔してんだよ、丈嗣(たけつぐ)


 豪の第一声は驚くほど気が抜けていた。まるで通りかかった友人に挨拶するような軽いトーンに、僕は虚を突かれた。


「ごめん、僕――」

「ったく、もうちっとダメージ与えとけよな。めんどくせえ」

「勝てるかもって思ったのに。あとちょっとだったんだ。武器も防具も無効化した。それなのに、倒しきれなかった」


 油断せず全力を出し切ったが、僕の刃はやつ(サラマン)の喉元にも届いていなかった。負けたのは、純粋な実力不足。


 その時初めて気づいた。

 僕は――僕は勝ちたかった。自分より強い相手をねじ伏せて、豪や宇羅に自分を認めて欲しかった。現実世界では怠慢と無気力に呑まれていたこの僕でも、TCK(この世界)では価値のある存在として認められたかった。


 しかし、僕は負けた。


「確かに、決め切れなかったのは情けねえな。正直ガッカリだ」


 豪に合わせる顔がない。俯く僕の肩に、想いの外大きな手がそっと添えられる。


「でもよ、お前はきっちり仕事をした。見てみろよ、あの野郎を。お得意の剣技は封じられ、嫌味な鎧も土塊(つちくれ)と化した。

 お前は上に上がって、俺の闘いを眺めてれば良い。安心してくれ。お前が奴に打ち込んだ(くさび)は無駄にはしない」


 そっと顔を上げると、破顔した豪の顔があった。


「ナイスファイトだった!後は俺に任せろ」


 その言葉に、僕は力強く頷き返した。


******


「彼……丈嗣(たけつぐ)君でしたっけ?意外にしぶといかったですが、あの程度ではアル君と闘わせられません。折角の虹色(レインボー)だったのに残念だ」

「強がるなよ。『あの程度』でお前、身ぐるみ全部剥がされてんじゃねえか」

「あんなもの、ただの飾りです。剥がされたところで痛くも痒くもない」

「そうか。それなら安心だな。

 俺、こう見えて結構気を遣う質でよ。ほぼ丸腰のお前にちょっとばかし同情してたんだが、これで心置きなくその高い鼻を叩き潰せるってわけだ」


 豪はゆっくりとした動作で黄金色に煌く拳鍔(ナックルダスター)を両手にはめる。同時に脚部に「鬼の(アギト)」を換装すると、乾いた音を立てて肩を鳴らした。


「お前、何者だよ。プレイヤーじゃねぇだろ」

「……はあ?」

(とぼ)けんなよ。(チート)、使ったろうが」

「さて、何の話かさっぱり分かりませんが……私を豚鼻にできたら教えてあげましょう」


 眼前に表示されたOKボタンを押下した瞬間、豪は全力で地を蹴った。決闘開始後僅かコンマ数秒で、彼はサラマンをその闘圏(とうけん)の内に捉える。


「シッ」


 突き出した左拳に対して、サラマンはバックステップで距離を取る。

 更に距離を詰めようとする豪に対し、サラマンの腕がしなやかに流れた。その手に握られた手斧を豪はダッキングで交わすと、再びワンツーを繰り出す。並のプレイヤーであれば反応すらできない攻撃だったが、サラマンは焦ることなく手斧を構えると、その細い柄で豪の拳をブロックしようとした。


 剣技だけではない。その優れた体術は、サラマンの戦闘センスの高さを物語っていた。

 確かにこの男の動きは凄まじい。俺の攻撃を正確にトレースし、正確無比な防御網を構築している。だが――


 俺の(パンチ)は、防御不能なんだよ。


 突如として、サラマンの両腕が後方に弾き飛ばされる。がら空きになった彼の顔に、初めて人間らしい表情が浮かぶ。


 豪の右腕に輝く太陽が、唸りを上げてその顔面を捉えた。

 ……捉えたと思った。

 しかしその拳は、空気の断末魔のみを残してサラマンの顔を()()()()()


 豪はそれでも、体勢を崩さない。丈嗣のおかげで、この男の(チート)を既に2度目にしている。防具を失っている状態であれば、攻撃を受けないよう(チート)を使ってくることは分かっていた。


 サラマンは距離を取ると、自分の頭がついていることを確認するように、そっと手で頬に触れた。


「危なかった。これは本心です。間に合ったのは、まさに僥倖(ぎょうこう)……偶々(たまたま)あった神の気まぐれに過ぎない」

透過(トランスペアレント)……まさかとは思ったが、こんな(チート)が実在してるとはな。どんな仕組みだよ、おい」

「私はただの『幽霊(ゴースト)』と呼ばれる善良なプレイヤーですよ。チートなんて知らない」


 あの飄々(ひょうひょう)とした男の顔に、恐ろしいほどぞっとした笑みが広がる。


「貴方、本気で私の鼻を潰しにきましたね。潰れるわけがないのに、思わず身体が竦みましたよ」

「言っただろうが。鼻を潰すと。

 ……それよかその顔、まるで悪魔憑きだな。確かにそんな顔してちゃあ、危なっかしくて誰も寄ってこないもんなあ。ポーカーフェイス気取ってる理由が分かったぜ」

「おっと失敬、興奮のあまり醜い表情をしてしまったようです」

「醜くなんかないぜ。そっちの方があんた、余程人間臭くて良いよ」


 サラマンは目を細めると、薄い笑みをこぼした。


「それはどうも。豆小僧君」


 全て言い終わらない内に、サラマンは手に持っていた手斧を豪に向け投げつけた。


「こんなもん、当たるかよ」


 難なく避けた豪の目前に、いつの間にかサラマンの長躯(ちょうく)(そび)えていた。


「小さいな、君は」


 彼がぼそりとそう呟くと同時に、常人の目では負いきれない速度(スピード)中段蹴り(ミドルキック)が飛んでくる。


 豪は避けようとも、パリイングしようともしなかった。それどころかサラマンの蹴りに合わせるようにして、自らも「鬼の(アギト)」を装備した右脚を繰り出そうとする。

 しかし僅かにだが、距離が遠かった。豪の脚ではサラマンには届かない。


 それでも、豪に焦りはなかった。


「これが本命か?何度も言わせるなよ。

 こんなもん、当たるかっての」


 まさに豪の脇腹に食い込まんとしていたサラマンの右脚が、いや彼の身体全体がぐらりと揺れた。軸足である左脚を吹き飛ばされ、サラマンは完全に体勢を崩していた。

 同時に、頭を守るように構えていた彼の両腕もまた、豪によって吹き飛ばされていた。剝き出しになった頭が、丁度豪の胸辺りに投げ出される。


「間に合わないだろ?まさに俺に蹴りくれようとしてたんだ。カウンターなら、お前が(チート)を発動させる前に叩き潰す自信があった」


 逆に言えば、サラマンが(チート)を発動させる前に攻撃を当てるには、カウンターを食らわせるしかなかった。自らもリスクを取らなければ、この男に一撃を浴びせることは困難だと本能が告げていた。


「体術で俺に勝とうなんてあめーんだよ。ご自慢の武器を野球のピッチャーよろしく放った時、お前の負けは決まってたのさ」


 (すね)を覆う無数の(とげ)がサラマンの頭に迫る。


 これが現実なら、この男の頭蓋骨は砕け、スプラッタ映画のように脳漿が辺りに飛び散ったはずだ。だがこれはゲームだ。そんなグロ描写はこのTCKには存在していない。プレイヤーなら、当然死ぬこともない。

 ……いや、この男は間違いなく“サンプル”だ。最初に70%ルールを呑んだ時から妙だと思っていたが、それも今となっては納得だ。“サンプル”がHP100%のデスマッチを受けるはずがない。


 いずれにせよ、致命の一撃(クリティカル・ヒット)は間違いない。

 後は細かくHPを削っていけば、ほぼノーリスクで勝てる。


 ……時間の流れが遅い。まだ「鬼の(アギト)」がやつの頭を砕いた感触が伝わってこない。

 

 いや、おかしい。

 何故だ。何故やつの姿がないのだ。

 

 この俺が見逃すはずがない。たった今まで、そこで赤ん坊みたく無防備に頭を晒していたはずなのに。

 

 こんなことがあってたまるか。


 その時、背中を突き刺すような気配が豪の全身を粟立たせた。


 嘘だろ?一体いつ――


「言っただろう……私は『幽霊(ゴースト)』だと」


 死神の声が、豪の耳元にそう囁いた。

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