第10話:ゴースト
まだ何か隠しているのか。
その余裕は根拠のない強がりか、はたまた自信に裏打ちされているのか。
だがいずれにせよ、サラマンには使い慣れた武器も、身を守る鎧もない。
「そのリーチの短い手斧でどうにかなると思ってるんですか」
「さあ?それはやってみないと分からない」
油断はしない。この男は危険だ。
以前僕が敗北したミルゲの数段、サラマンは強い。
僕は再び剣と盾を握り直すと、サラマンに向け突っ込んだ。
サラマンは動かない。手斧を弄びながら、眼だけで僕の動きを追っている。慌てる様子もなく、泰然自若と微笑んでいる。
もうあとほんの少し手を伸ばせば、この刃がサラマンを貫く。僕は手の内に「騎士長の直剣」を投影した。
サラマンはまだ避けようとしない。
あの手斧は防御には不向きだ。避けずに僕の一撃を防ぎきれると思っているのなら、それは考えが甘すぎる。
僕は「騎士長の直剣」を振り上げると、思い切りサラマン目掛けて切りつけた。
……おかしい。手応えが感じられない。まるで豆腐でも切りつけたかのような感触が掌に虚しさを伝えてくる。
次の瞬間、腹部を重たい斬撃が見舞った。鋭く砥がれた剣ではなく身体を叩き潰すような一撃が、僕の腹の上で弾けた。手斧ではなく、両手持ちの戦斧と感じ違えるほどの威力。
「グッ……!!」
「何が起きたのか分からない?」
サラマンの声が遠い。
「言ったでしょう。私は『幽霊』だって」
浮き上がった身体が地面に叩きつけられる。
空が、蒼く高く眩しい。
天が陰る。
太陽を遮り、サラマンの影が踊る。
「ほら、もう1発行きますよ」
さっきのは、何かの間違いだ。有り得ないとは思うものの、目測を誤り攻撃が外れたに違いない。
別に状況は変わっていない。サラマンは相変らず生身のままだ。致命の一撃でなくとも、相応のダメージは与えられる。
今サラマンは宙に浮いている。躱すことはできない。
次こそ外さない。
陽光とともに降るサラマンに向けて、僕はもう一度「騎士長の直剣」を突き出した。
しかし信じられないことに、僕の掌にはまたも霞を掴むがごとく何の感触も伝わってこなかった。いや、それどころか今のは――。
「……すり抜けた?!」
間違いなく、僕の突き出した剣はサラマンの身体を貫いた――いや、貫いたように見えた。そのはずなのに、手応えもなければ、サラマンにダメージが入った様子もない。
「一体どうなって――」
「言ったでしょう。私は『幽霊』だって」
耳元でそう囁かれた刹那、またも腹の上で斬撃が弾けた。盾で防ぐ間もなく、サラマンの手に握られた小さな手斧が僕の身体をくの字に折り曲げた。
同時に僕のHPバーの輝きも、その一撃で儚く消えた。
******
「どういうことだよ、アルクトス」
「何が?」
「はめやがったのか、俺たちを」
突如立ち上がった豪に向け、アルクトスは驚いたような表情を向けた。
「話が見えないけど」
「惚けるなよ。お前、ただのプレイヤーじゃねぇだろ」
「まあ、一応TCK最強だからね」
「そんな話じゃねぇ。俺には分かるんだよ。あの野郎――力を使ったろ」
豪は真っ直ぐにアルクトスを見据える。どんな言い逃れも許すまいと、彼の一挙手一投足に視線を注いでいた。
だがアルクトスは丸っきり興味を示さなかった。闘技場の方に視線を戻すと、
「流石サー君だ!」
と勝利を収めたサラマンに向け拍手を送っている。
「おい、話は終わってねえぞ」
「……別に、どうでも良いじゃん?」
「なに」
「確かにサー君には普通のプレイヤーと違った技があるけどさ、だから何?そんなの全然本質的じゃない。大切なのは、それが勝利に直結しているか否かだけだ」
「勝敗にケチつけてるわけじゃねえ。聞きたいのはお前らの正体だ」
「うーん、良く分からないな。まあでも、君らが勝ったらサー君がきっとそれも教えてくれるよ」
アルクトスははぐらかそうとしているわけではなさそうだった。本当に勝負にしか興味がないのだろう。この男を問い詰めたところで、得られる情報は何もない。
やはり秘密を握っているのはサラマンの方というわけか。
豪は宇羅の傍まで行くと、彼女の耳元に顔を近づけた。
「なあ、サラマンのやつ、間違いなく“サンプル”だよな」
「そうみたいだね。力、使ってたし」
「何なんだ、あれは。まるで攻撃がすり抜けたように見えたけど」
「さあ。少なくとも、本気出さないと負けちゃうね、豪君」
あくまで他人事のようなその口調に、豪は溜息をつきかけた。本当にこいつは、何を考えているのかさっぱり分からない。
しかしいずれにせよ、こんな茶番劇はここで終わらせる。サラマンの力は厄介この上ないが、攻略の糸口は必ずあるはずだ。
「約束通り、次は俺がいく」
「頑張ってね。応援してるよ、豪君」
「僕も君を応援するよ、豆小僧君!僕の相手が誰もいなくなっちゃうんじゃあ、今回の決闘が本末転倒になってしまうからねえ」
ケラケラと笑うアルクトスに中指を立ててから、豪は闘技場へと続く階段を下って行った。




