第9話:触れてさえいれば
「私が基本に忠実なだけの、つまらない闘い方をするとでも思ったんですか?
……勘弁して下さいよ。幾ら何でも、それは軽んじ過ぎです」
先ほど肩にもらった一撃が、思っていたほか重い。ミルゲとやった時は50%ルールだったから、それより20%は余裕があるはずなのに、既に僕のHPには黄色信号が灯っている。
「ほら、どうしたんです。それで終わりですか」
そんなわけがあるか。一条さんに教えてもらったのは、基本の型への対処だけじゃない。
今のサラマンの動きには、先ほどまでの行儀の良さは少しも残っていない。基本の型を嘲笑うような、意味のないフェイントや無理な連撃を混ぜ込んでくる。最初は面食らったが、落ち着いて見極めれば対処は可能だ。
ある日の一条の言葉が脳裏に鮮明に蘇る。
「邪道や奇策は、正攻法に『混ぜ込んで』、かつ『1度切り』だからこそ意味がある」
今サラマンがやっているのは、邪道と奇策によるゴリ押しだ。幾ら定石にない動きでも、それなりに法則性は見えてくる。
それに、邪道はあくまで邪道。王道になり得なかったのは、そこに致命的な欠陥があるからに他ならない。
反撃可能な一撃を、見極める。
僕はサラマンの型破りな剣捌きを躱しながら、カウンターを叩き込む隙を探した。だが、理から外れた動き方をしているはずなのに、なかなか反撃の糸口を掴めない。TCK最強ギルドの第4序次の肩書は、やはり伊達ではない。
「ほら、これはどうだい」
サラマンはいとも簡単に僕の懐に入り込むと、そのまま強烈な当て身を食らわせてきた。予想外の動きに体勢が崩されそうになるが、右脚で踏ん張って堪える。何とか尻餅をつくのは避けることができたが、圧倒的に不利な状態に追い込まれたことは疑いようがない。顎はあがりきり、身体と両腕は後方に流れ、胴体がガラ空きになっている。
あと一撃でも食らえば、とても無事では済まない。
サラマンの剣の切っ先と、不自然なまでに凪いだ表情が迫る。致命傷を与える、絶好の機会。この男が、逃すはずはない。
分かっている。
サラマンが「ここで」僕の息の根を止めにくることは。
試したかったことがある。
理論上は可能だが、容易に試すにはリスクが大きい。
サラマンは今、油断している。追い込まれ、僕にはもう反撃の手段がないと思い込んでいる。慢心するような男ではないが、この明らかな優勢に、無意識でも振りが大きくなる。
そこを狙う。
彼の腕が鞭のようにしなり、その剣が僕の身体を貫こうとした刹那――そう、その冷えた鉄の感触が、鎖帷子を突き抜け、柔らかな胸元に触れたその瞬間を、僕は逃さなかった。
意識を、今にも我が身を貫かんとする刃に集中する。
これは、剣などではない。地面に転がる、乾いた木の枝だ。表面はかさかさとしていて、少し力を込めればぽっきりと折れてしまう、木の枝。頭の中のイメージを素早く、しかし丁寧に、胸元に触れる白銀の剣へと投影していく。
さあ……貫いてみせろよ。
口に出さずとも、その挑発はサラマンに届いたようだった。彼は能面のような表情のまま、両腕に握りしめた柄に力を込めた。
「これは……?!」
初めて、サラマンの顔に人間らしい表情が浮かんだ。
******
「あの野郎!やるじゃねえか!」
思わずそう叫んでしまったことに気づき、豪はばつが悪そうに口を噤んだ。
「あ、豪君もちゃあんと丈嗣君のこと応援してたんだね」
「けっ、少しでも相手のHP削れてた方が、後で闘いやすいだろ」
「もう、素直じゃないなあ」
屈託なく微笑んでいる宇羅の横で、アルクトスは黙って闘技場に目を注いでいた。その瞳はまるで、怪獣映画を眺めている少年のように輝いている。
「あれっ、サー君の一撃、確かに当たったはずなんだけど……」
「見間違いでもしたんじゃねぇのか?現に、丈嗣はまだ立ってる」
「いや、攻撃は当たったはずだ。
むっ、サー君の武器、鍔から先が消えてる。衝撃に耐え切れず折れた?いや、いくら武器に拘らないとはいえ、闘う前に手入れを怠っているとは考えにくい。しかし彼が立っているということは、剣の刀身はどこかに“消えた”のか」
アルクトスはぶつぶつと呟いていたが、やがて頭を抱えると、
「ああっ、全然分からん!」
叫ぶアルクトスを横目に、豪は小さく笑みをこぼした。
分かるはずがない。丈嗣の力を知る俺でさえ、何が起こったのか理解するのに少し時間がかかった。理論上は可能かもしれないが、そんなことを思いつくことも、実戦で使ってみることも自分にはできない。
いよいよやつも、自身の能力の本当の性質に気づき始めているのかもしれない。
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“力”を発動させるため、僕は対象物に触れなければならない。そのことが分かった時点で、僕の頭には1つの仮説が浮かんでいた。
触れていなければ、使えない――逆に言えば、触れて「さえ」いれば。手に限らず、身体のどこであろうと、触れて「さえ」いれば、それは僕の“力”の対象物になり得るということ。
それが例えば、我が身をまさに貫かんとする鈍色の刃だったとしても。
「貴方、私の剣に一体何をしたんですか」
「秘密です。それと――お喋りしている暇が、あるんですか」
粉々の木屑になった刀身を半ば呆然と眺めるサラマンの鎧に掌をあてがう。彼が我に返った時には、僕は既に闘技場の土くれの感触を彼の鎧へと流し込んでいた。太陽の光を反射し眩く輝く鳳凰の紋章がみるみる内に土気色に染まり、ボロボロと崩れ落ちていく。
サラマンは驚きに目を見開いた。
「私の鎧が……」
「サラマンさんの鎧なら、たった今土に返してあげましたよ。ま、ゲームの世界にエコもクソもないでしょうけど」
刀身を失った剣をもった生身のサラマンの前に、僕は立ちはだかった。
「もう、油断はしない。たとえ貴方に攻撃と防御の如何なる手段がなくとも、僕は全力で貴方を討ちます」
「……何言ってるんです。武器ならほら、まだここにある」
サラマンはそう言って、腰に差していた一振りの手斧を引き抜いた。
「さっきまでとはえらく趣きが違いますね」
「ええ。これはもしもの時のための予備ですから」
「それで僕と闘うつもりですか。もう身体を守る鎧すらないというのに」
「勿論。貴方だって、木刀と木盾じゃないですか。傍から見れば、そう変わりませんよ
それに、鎧はさして重要じゃないんです。あれは見た目が格好良いからつけていただけで」
「あまり強がると、負けた時に痛みが増しますよ」
僕の挑発にも、サラマンは全く動じない。不敵な笑みを浮かべながら、彼は目を細めた。
「有難う。でも、本当に鎧はいらないんです――私は、『幽霊』ですから」




