第8話:勘違い
豪はむくれた顔で、観覧席から闘技場を見下ろしていた。下では丁度決闘モードが開始され、サラマンと丈嗣がじりじりと互いの距離を詰めている。
「何むすっとしてるの、豪君」
能天気と形容しても良いような、緊張感のない彼女の言い方が癇に障った。
「お前こそ何考えてんだよ。丈嗣いかせるなんて」
「え、さっき言ったじゃない」
「冗談きついぜ。丈嗣があのサラマンに勝てるなんて、本気で思ってんのかよ」
「思ってないよ」
「……は?」
「だから、思ってないよ。あれは建前」
にっこりと微笑んだ宇羅の顔が、途端に得体の知れない不気味な仮面のように見えてくる。
宇羅は裏表がないように見えて、その実何を考えているのか分からないようなところがある。先ほど丈嗣に向けた「頑張ってね!」という声には、彼がサラマンに勝つことを確信しているような響きが確かにあったというのに。
「お前さぁ、その急に怖いこと言うやつやめろよな。普段ふんわりしてるんだから、あんまり裏を見せるなよ」
「豪君こそ、わけわかんないこと言うのやめてよね。
あと、丸っきり信じてないわけじゃないんだから」
宇羅は穏やかな表情のまま、視線を闘技場へと移す。豪も彼女の視線を追うと、既に丈嗣とサラマンは激しい剣戟を繰り広げていた。流麗で無駄なく舞う鳳凰騎士団第4序次の騎士に比べ、我らが丈嗣は少々動きが固い。
「大丈夫かよ、あれで」
「確かに動きは多少不細工かもしれないけど、私には丈嗣君だって負けてないように見えるよ」
言われてみれば、確かに少し押されている様子ではあるものの、要所要所はきっちりと防ぎ、逆にカウンターを見舞うような場面もある。動きに洗練されたものはないが、一条仕込みの剣技は実戦的で、まさにこうしたPvPの場面でこそ活き活きと光を放っていた。
「お、意外に良い動きするな、あいつも」
「でしょ?丈嗣君、いつも修行頑張ってるもんね。あれくらい動けなきゃおかしいんだって!」
「うん、確かに悪くない!」
突然割り込んできた声に、聞き覚えがある。
視線をやると、アルクトスが嬉々とした表情で観覧席に上がってくるところだった。まるでカブトムシを捕まえた小学生のように目を輝かせながら、躊躇なくこちらへと歩いてくる。
「おい、一応俺たちは敵だぞ。あんまり寄ってくんなよ」
「僕たちは好敵手ではあっても、敵なんかじゃないさ!
こういうのは、皆で観戦した方が盛り上がるってもんだろ?さ、冷たいこと言わず、僕も混ぜておくれよ、豆小僧君」
屈託のない表情と言葉。この男は、猫など被っておらずただ純粋なだけなのだと、豪は瞬時に理解した。
豪は溜息をつくと、宇羅の横にある座席を顎で示す。
「ほら、座れよ」
「有難う!
ほら、僕も下からフルーツを持って来たんだ。皆で食べながら観戦するとしよう」
「わあ!有難う、アルクトスさん」
「礼には及ばないよ、魔術師のお嬢さん」
隣に座った途端親し気に言葉を交わし出す宇羅とアルクトスに、思わず眩暈を覚えそうになる。こいつらの頭の中には、気遣いや遠慮といった単語は存在していないのか。見ているこっちが気疲れしそうになる。
アルクトスは暫くフルーツを齧りながら闘いを眺めていたが、
「彼、なかなか強いね。それに面白い技を使う」
「……ん、まああいつは、けっこうユニークだからな」
この2人がこちらの事情に詳しそうであるとはいえ、こちらから情報を出してやる義理はない。言葉に気を付けなければ、足をすくわれることにもなり兼ねない。
だがアルクトスの方には、情報を引き出そうという思惑は微塵もないようだった。ただ強い相手を闘えることが、楽しくて仕方ないらしい。
「でも、サー君だって負けてない。サー君はね――『ゴースト』って呼ばれてるんだ」
「……幽霊?」
「そうさ。鳳凰の幽霊なんて、最高に格好良いだろ?」
サラマンを見つめるアルクトスの瞳に、余裕と信頼が垣間見える。
まだ本気を出していないのか、サラマンのやつは。そして、「幽霊」の二つ名は一体、何を示しているんだろうか。
とりあえず負けんなよ、丈嗣……!
豪は心の中で小さく呟くと、闘技場での闘いに意識を向けた。
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負けていない。
「フッ!結構やりますね、君」
ギリギリ……いや、充分に闘えている。
今のところ、魔術を使ってくる気配もない。剣技は確かに洗練されているが、手も足も出ないほど力の差があるわけでもない。
「アッ、今のカウンターはお見事です。クソ、その盾、ただの木盾じゃないですね?」
それにしても、思ったより口数が多い男だ。闘っている最中にこれほどべらべらと喋る相手は初めてだ。
僕の思考を読み取りでもしたのか、サラマンはにんまりと口元を歪める。
「意外に口数が多いなこの男、と思っていますか?」
「!」
「分かりやすいですね、貴方。考えが顔に出るタイプだ」
喋りながらも、剣を持つその手の動きは止まらない。両手持ちな分威力と速度はあるものの、上手くいなせば胴体がガラ空きになる。……上手くいなせば、の話だが。
「ほら、足元がお留守になってますよ」
サラマンは不意に身体を屈めたかと思うと、下半身がもげそうになるほど強烈な下段蹴りを繰り出してきた。盾での防御が間に合わず、咄嗟に「騎士長の足甲」を投影する。
物理カットのおかげでダメージは大したことがなかったが、完全にバランスを崩された。
まずい。
咄嗟に木盾を胸の前に構えると、これまた半端でない威力で肘が打ち下ろされてきた。再現性を重視して、「歩兵のラウンドシールド」を投影したのがまずかった。攻撃を吸収しきれず、僕の身体は地面に勢い良く叩きつけられる。あまりの衝撃に、思わず両手から武器が離れた。
「カハッ……!」
ガラ空きになった首元に、サラマンの剣の切っ先が迫る。ノーガードで急所を突かれたら、最悪一撃でお陀仏確定だ。
僕は身を捩ると同時に、左腕に「熟達者の腕さらし」を投影する。ギリギリまで引き付けたところで、僕は左腕で剣を思い切り弾いた。
完璧なタイミングで「パリィ」が決まる。僕はすぐさま武器を手に取ると、硬直したサラマンから距離を取った。
「あれ、まさか貴方それ、熟達者装備……なわけないですよね。どうなってるんですか、ホントに」
サラマンは不思議そうに首を傾げる。
このサラマンという男、剣術のみならず、体術も桁違いだ。何というか、動きに一切の遊びがない。
しかし裏を返せば、その分手筋は実直ということ。最短距離で、最も効果的な一手を常に探していることが、これまでの剣戟から嫌というほど伝わってきていた。基本に忠実な分、予測はし易い。反応さえ遅れなければ、僕でも充分に競り合える。
「意外に大したことないんですね。第4序次というから、少し身構えてしまいました」
僕がそんな強気なことを言うのが意外だったのか、サラマンは目を皿のように丸くした。
「これはこれは。ひょっとして私、今舐められてますか」
「油断はしません。でも、到底勝てない相手でもない。全力で勝ちにいきます」
「そうですか。私、思ってたより弱いですか」
仮に豪なら、怒り狂って本気で僕を潰しにくるところだ。だがサラマンは鷹揚に頷くばかりで、一向に攻め急ぐ様子がない。自信と余裕に満ち溢れた態度が、僕の中でサラマンの姿を大きく見せていた。
まだ、本気じゃないんじゃないか。
そんな考えが頭に浮かんだ矢先、突如サラマンが動いた。これまで目にしたことのない変則的な動きに、身体が追いついていかない。ヌルヌルと蛇のように僕の攻撃を避けながら、あっという間に間合いに入り込まれた。
何だ、今の動きは。
「――あれ、勘違いしてましたか」
すぐ目前に、恐ろしく凪いだ男の顔がある。苛立つでもなく、焦るでもなく、奢るでもなく、冷徹なまでに純粋に「強さ」を測る目が、そこにあった。
「もしかして、自分の方が『強い』んじゃないかって」
大蛇の牙は盾をかいくぐると、僕の右肩に巨大な風穴を開けた。




