第7話:1番手
バトルエリアから帰還した宇羅は、腕組みして立っている僕と豪を見て驚いたように目を見開いた。
「あれ、私が最後?」
「おせーよ宇羅。遊びすぎだろ」
宇羅は悪戯っ子のように舌を出してから僕に尋ねた。
「ごめんごめん。それにしても、丈嗣君にも先を越されちゃうとはねぇ。大丈夫だった?」
「まあ決闘は問題なかったけど、実はちょっとばかし、その」
「この馬鹿、一瞬とはいえ力使いやがって」
「あの1回切りだったんだし良いじゃんか!結局勝ったんだし」
「はっ、あの程度の相手にも本気出さねーと勝てねえのな、お前」
あのオームの初撃を受けていたら、負けこそしなかっただろうが、相当厳しい闘いになるであろうことは予想できていた。左腕への投擲が避けられないと悟った瞬間、僕は左腕の装備に物理防御力の滅法高い防具のイメージを「投影」させていたのだ。
それにしても、自分のプレイヤーとしてのスキルがこれほどとは、正直予想もしていなかった。ナラキアに来てからも毎日のように一条からの手ほどきを受けていたが、その成果が充分に発揮された形になったわけだ。
僕たち“サンプル”がステータスを上げるには、現実世界同様の練習や修行を積むしかない。流王の説明では「TCK内で身体の動かし方やチートの使い方を練習することで、現実にある自分の脳がTCKの世界に適応し、それに伴い演算能力が上がる」ということだったが、正直完全に意味は理解できていなかった。
「いやあ、お見事でした」
わざとらしい拍手の音とともに、サラマンがこちらに歩いてくる。彼は僕たち3人の前で足を止めると、慇懃にお辞儀をしてみせた。
「実力を疑ってしまい申し開きのしようもありません。まさか本当に『一撃』も食らわず完勝してしまうなんて」
「せめてもうちょっと骨のあるやつを出せよ。あれで第20序次って、余程人材難なんだな、おたくのギルドは」
豪の安い挑発にも、サラマンは鷹揚に頷くだけだ。
「本当におっしゃる通りだ……まあ、想像はしていたんですがね」
サラマンは僕たちの背後で力なく項垂れている3人を一瞥した。侮蔑するでも、負けたことを罵るでもなく、ひたすらに無関心な視線が、僕の胸の奥をざわめかせる。
一応、同じギルドの仲間なのではないか。その彼らに対して、この視線は――。
いたたまれなくなったのか、イライオスがおずおずと口を開く。
「……申し訳ありません、サラマン様。お役に立てず」
「いや、問題ないですよイライオス」
「しかし、俺は仮にも鳳凰騎士団第20序次。TCK最強ギルドの名に泥を塗りました」
「だから、問題ないと言っているでしょう、イライオス」
サラマンは何の躊躇いもなく、板金鎧を着込んだ重装騎士に言い放った。
「最初から期待などしていないですから」
「そうそう。さ、邪魔だからもう帰りなよ」
アルクトスにとどめをさされ、鳳凰騎士団の序次級騎士たちは、力なく闘技場を後にした。この闘いで、恐らく彼らのプライドはズタズタになったに違いない。勿論、僕たちに完敗した事実もその一因ではあるだろうが、それより、最後に身内から放たれた言葉の方が、彼らには重くのしかかっているのではないだろうか。
「えらく辛辣ですね」
無意識の内に勝手に口が開いていた。思った以上に嫌味っぽくなり焦ったが、アルクトスもサラマンも、一向に気にした様子がない。
「別に、嫌ならギルドやめれば良いんじゃないの?彼らが勝手に入ってきただけだし」
「仲間じゃ、ないんですか」
「違うな。それは違う。
仲間って、自分が信じられるやつのことだろ?そういう意味だと、このTCKにおける僕の仲間はサー君だけだ」
「恐れ入ります、アルクト……アル君」
サラマンの顔に一瞬、誇らしいような、はにかんだような表情が浮かぶ。だが彼はすぐに平静を取り戻すと、今度は余裕に満ちた笑みを口元に忍ばせた。
「それでは、ウォームアップも済んだでしょうし、早速やりましょうか。
誰が1番手ですか?」
勢いよく挙がりかけた豪の手を、白く可憐な掌が押さえる。
「おい、何すんだよ宇羅」
「もう、豪君たらすぐ興奮して……サラマンさん、ちょっと作戦会議するから、待っててね」
そう言って、少し離れた場所まで歩いていくと、僕と豪に向かって手招きをした。
「ったく、どういうつもりだよ」
「いや、だから作戦会議だって宇羅ちゃんが――」
「作戦なんているかよ。俺が全員ぶっ倒してしまいだろ」
「どうしたんだよ。ミルゲの時はあんなに慎重にいけって念押ししてた癖に。相手の実力も分からないのに、突っ込んでくのは危険だって教えてくれたの、豪自身じゃないか」
馬鹿だな、お前。
口に出さずとも、豪から発せられるオーラがそう言っていた。
ムッとした表情が無意識に顔に出ていたのか、横にいた宇羅に腕をつつかれる。
「丈嗣君、怖い顔しないの」
「いや、でも豪のやつが――」
「あの時とはちげえんだよ、色々と。
どうやらあの2人、俺たちの力を知ってやがる。『チョモランマ』にも入れてるところを見ると、結構深いところまで知られている可能性が高い」
「だからこそ、初めは慎重にいった方が良いんじゃ」
「いや、探り入れてる間に一発痛いの食らう方が厄介だ。俺が本気出して、考える間も与えず終わらせてきてやる」
とはいえ、彼らがTCKのピラミッドの頂点にいることは事実。プレイヤーといえども、生半可なスキルではないはずだ。
「安心しろよ。本気出した初見の俺を倒せるやつなんざ、“サンプル”にもそうはいねえ。
それに、ハンデ戦なんだぜ?レベル補正がかかるなら、ますます負ける要素はない」
豪の自信に満ちた声音を聞いている内に、僕も段々と彼の言葉に納得し始めてきてしまっていた。確かに、ミルゲに絡まれた時も、そして今回の闘いでも、恐らく豪はほとんど全力を出していない。
「宇羅だって、そう思うだろ?」
豪の問いかけに、宇羅は暫く黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
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歩み寄る僕に気づいたサラマンは、少しだけその端正な眉根を上げてみせた。
「成程、君が相手ですか。あの小さい彼が最初に来るかと思っていましたが」
言葉とは裏腹に、サラマンはそれほど驚いた様子ではなかった。感情が表に出ないのか、或いはそもそもの感情の波がないのか。いずれにせよ、直情型の豪よりは余程不気味だ。
「先ほども申し上げた通り、ここの闘技場は特殊でしてね。ここ自体がバトルエリアになるんですよ。全く、アル君の思い入れの強さには頭が下がる」
「最初はサラマンさんが相手なんですね」
「ええ。最初に言ったでしょう、勝ち抜き戦だと。
あ、ただ安心して下さい」
サラマンは唇をゆっくりと舐めた。
「貴方がちゃあんと強ければ、負けてあげますよ」




