第6話:格の違い
俺には、誇りがある。
鳳凰騎士団第20序次は、生半可な実力じゃ務まらない。相応のレベルと、高い操作技術をもってして、初めて認められる栄えある地位。
鳳凰騎士団の高位騎士は、負けてはならない。相手が誰であろうと、鳳凰騎士団が最強のギルド足りうるために。
「ぐっ」
イライオスが苦し紛れに振るった槌はしかし、大袈裟な音を立てて空を切る。
「おっそいな、豚ァ」
耳元で嘲るような声が聞こえた瞬間、イライオスの脇腹に凄まじい衝撃が走った。自らが振るう槌を、そのまま我が身に受けたような感覚。続けて、右脚に無数の牙が食い込む。やつの足に仕込まれた「鬼の顎」が、遂にこの板金鎧を食い破ったようだ。
「クソがっ」
大抵の敵は、俺の圧倒的な防御力と、粉砕的な攻撃力の前に、成す術もなく倒れていった。
しかし、この豆粒はどうだ。拳闘士の分際で、これほどの機動力と攻撃力を兼ね備えているとは……正直、同系統のオームが赤子に思えるほどに、この男は熟達している。
視界の端に表示されているHPバーが、無情にも後一撃でイライオスの闘いが終わることを示していたが、深紅に包まれた重装騎士は前だけを向いていた。鳳凰騎士団の高位騎士に、投降も諦念も敗北も、あってはならない。
あっては……ならない。
「おら、鳴けよチャーシュー」
リズミカルにステップを踏みながら、豆粒は煽るのをやめない。双拳には、黄金色の拳鍔が太陽のように輝きを放っている。
「黙れ。まだ負けてねぇ」
「強がりやがって。あとワンパンで終いのくせに、良い加減諦めろよ」
「俺は……鳳凰騎士団第20序次、イライオス。投降も諦念も敗北も、俺には存在しない。あるのは、勝利のみだ」
「あっそ。じゃ、今日で全部勉強してけよ。お代はいらねぇから、さ」
瞬きをする間に、豆粒の姿が霞のように掻き消える。
迫っている。草を踏みしめる音が、風の間をすり抜ける香りが。
嗚呼、俺はここで――
「ま、チャーシューの割には、良い線いってたぜ」
直後、黄金色に輝く太陽が、イライオスの顔面を捉えていた。
******
マックは、初めて抱く感情に戸惑っていた。
今まで、勝敗は始まる前から決まっていた。対峙した瞬間から、マックには数分後の結果が容易に想像できた。自らの流麗な剣捌きと、何もできず家畜のように息絶える相手。いつだって、結果は同じだった。
勝負という言葉の背後に潜んでいた、何とも言えない倦怠感。どうせ勝つのだという、諦めに似た感情。
それが、今回はどうだ。
これが、興奮――初めて味わう、喉がひりつくような、背中が総毛立つような感覚。まさか女の魔術師相手に、こんな感情を抱くことになるとは。
……いや、違う。これは、断じて興奮などではない。
これは――
地面から聞こえるビキビキという不穏な音に、マックは反射的に身を躱す。まさに間一髪のところで、地面から巨大な氷槍が幾本も、その切っ先を突き出した。
「何ボーっとしてんの、どんどんいくよぉ」
まるで遊んでいるかのように楽し気な声とともに、冷気をはらんだ死神の槍が、次々にマックに襲い掛かる。
その連撃を必死の形相で避けながら、マックは叫ばずにはいられなかった。
「君は一体何者だ!これは、γ2クラスの魔術……発動までは、それ相応の溜めと集中が必要のはずだ!」
「ふうん、やっぱり、虐められるのが好きな人――確かMって言うんだって、流王さん言ってたっけ――って、凄く弱いんだねぇ。こんなの、ほんのお遊びなんだけど」
緩い雰囲気の女魔術師は、考え込むように顎に手をやる。ううむとかわざとらしい声をあげて、目を瞑っている様は、どう見てもいたいけな少女にしか見えない。
でも、この私を前に目を離したことは、大きな間違いだ。
マックはレイピアを構えたまま、女魔術師の背後を狙う。まだ目を瞑っているのか、こちらに気づいた様子はない。一撃食らった程度じゃ、死にはしないと思っているのだろうが、それは間違いだ。
「一瞬瞬きする間に、10―――いや15回は、その身にこいつを突き立ててやりましょう!」
その時、女魔術師がこちらを振り返った。その純粋に光る瞳が、驚愕と恐怖に見開かれる。
しかし――少し、気づくのが遅かったようだ。
「終わりですよ、麗しき方。さような――」
「あ、ヤバッ」
女魔術師が手を差し出した瞬間、マックの身体は中空で静止した。
最初は何が起きたのか分からなかった。だが、眼だけを動かして漸く、自らが巨大な氷柱に閉じ込められていることを悟った。耐え難い冷気が、鎧の隙間から流れ込んでくる。
有り得ない。一撃で氷結状態にされるなんて、少なくともδクラスの魔術だ。ひょっとしたら、TCKで3人もいないという、εクラスの可能性もある。だがそれを、この女が……?
お前、一体何者だ。
「ああ、吃驚して咄嗟にやっちゃった。もう駄目ね」
残念そうに、女魔術師はガラスのように透き通った氷柱をコツコツと叩く。
「だいぶ抑えたんだけどなぁ。つまんないの」
すぐに興味を失ったように後ろを向くと、彼女の姿はぼやけて消えていった。
……HPの消耗が激しい。
もう、あと数秒後、私は敗北することになるだろう。
マックの心に、久しく感じていなかった「屈辱」の2文字が、くっきりと刻まれた。魔術師に、しかも女に良いように辱められて、彼の中の自尊心は、遥か高みから真っ逆さまに地面へと転落した。
まさか、この剣技がかすりもしないまま、敗北する日が来るだなんて。
バトルエリアに聳えた美しい氷柱の中で、鳳凰騎士団が誇るレイピア使いは、情けない表情のまま息絶えた。




