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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第3章︰鳳凰騎士団編
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第6話:格の違い

 俺には、誇り(プライド)がある。

 鳳凰騎士団第20序次は、生半可な実力じゃ務まらない。相応のレベルと、高い操作技術をもってして、初めて認められる栄えある地位。


 鳳凰騎士団の高位騎士は、負けてはならない。相手が誰であろうと、鳳凰騎士団が最強のギルド足りうるために。


「ぐっ」


 イライオスが苦し紛れに振るった槌はしかし、大袈裟な音を立てて空を切る。


「おっそいな、豚ァ」


 耳元で嘲るような声が聞こえた瞬間、イライオスの脇腹に凄まじい衝撃が走った。自らが振るう槌を、そのまま我が身に受けたような感覚。続けて、右脚に無数の牙が食い込む。やつの足に仕込まれた「鬼の(アギト)」が、遂にこの板金鎧(プレートアーマー)を食い破ったようだ。


「クソがっ」


 大抵の敵は、俺の圧倒的な防御力と、粉砕的な攻撃力の前に、成す術もなく倒れていった。

 しかし、この豆粒はどうだ。拳闘士の分際で、これほどの機動力と攻撃力を兼ね備えているとは……正直、同系統のオームが赤子に思えるほどに、この男は熟達している。


 視界の端に表示されているHPバーが、無情にも後一撃でイライオスの闘いが終わることを示していたが、深紅に包まれた重装騎士は前だけを向いていた。鳳凰騎士団の高位騎士に、投降も諦念も敗北も、あってはならない。


 あっては……ならない。


「おら、鳴けよチャーシュー」


 リズミカルにステップを踏みながら、豆粒は煽るのをやめない。双拳には、黄金色の拳鍔(ナックルダスター)が太陽のように輝きを放っている。


「黙れ。まだ負けてねぇ」

「強がりやがって。あとワンパンで終いのくせに、良い加減諦めろよ」

「俺は……鳳凰騎士団第20序次、イライオス。投降も諦念も敗北も、俺には存在しない。あるのは、勝利のみだ」

「あっそ。じゃ、今日で全部勉強してけよ。お代はいらねぇから、さ」


 瞬きをする間に、豆粒の姿が霞のように掻き消える。

 迫っている。草を踏みしめる音が、風の間をすり抜ける香りが。


 嗚呼、俺はここで――


「ま、チャーシューの割には、良い線いってたぜ」


 直後、黄金色に輝く太陽が、イライオスの顔面を捉えていた。


******


 マックは、初めて抱く感情に戸惑っていた。

 

 今まで、勝敗は始まる前から決まっていた。対峙した瞬間から、マックには数分後の結果が容易に想像できた。自らの流麗な剣捌きと、何もできず家畜のように息絶える相手。いつだって、結果は同じだった。

 勝負という言葉の背後に潜んでいた、何とも言えない倦怠感。どうせ勝つのだという、諦めに似た感情。


 それが、今回はどうだ。

 これが、興奮(スリル)――初めて味わう、喉がひりつくような、背中が総毛立つような感覚。まさか女の魔術師相手に、こんな感情を抱くことになるとは。

 ……いや、違う。これは、断じて興奮(スリル)などではない。

 これは――


 地面から聞こえるビキビキという不穏な音に、マックは反射的に身を躱す。まさに間一髪のところで、地面から巨大な氷槍が幾本も、その切っ先を突き出した。


「何ボーっとしてんの、どんどんいくよぉ」


 まるで遊んでいるかのように楽し気な声とともに、冷気をはらんだ死神の槍が、次々にマックに襲い掛かる。

 その連撃を必死の形相で避けながら、マックは叫ばずにはいられなかった。

 

「君は一体何者だ!これは、γ(ガンマ)2クラスの魔術……発動までは、それ相応の溜めと集中が必要のはずだ!」

「ふうん、やっぱり、虐められるのが好きな人――確かMって言うんだって、流王さん言ってたっけ――って、凄く弱いんだねぇ。こんなの、ほんのお遊びなんだけど」


 緩い雰囲気の女魔術師は、考え込むように顎に手をやる。ううむとかわざとらしい声をあげて、目を瞑っている様は、どう見てもいたいけな少女にしか見えない。


 でも、この私を前に目を離したことは、大きな間違いだ。


 マックはレイピアを構えたまま、女魔術師の背後を狙う。まだ目を瞑っているのか、こちらに気づいた様子はない。一撃食らった程度じゃ、死にはしないと思っているのだろうが、それは間違いだ。


「一瞬瞬きする間に、10―――いや15回は、その身にこいつを突き立ててやりましょう!」


 その時、女魔術師がこちらを振り返った。その純粋に光る瞳が、驚愕と恐怖に見開かれる。

 しかし――少し、気づくのが遅かったようだ。


「終わりですよ、麗しき方。さような――」

「あ、ヤバッ」


 女魔術師が手を差し出した瞬間、マックの身体は中空で静止した。

 最初は何が起きたのか分からなかった。だが、眼だけを動かして漸く、自らが巨大な氷柱に閉じ込められていることを悟った。耐え難い冷気が、鎧の隙間から流れ込んでくる。


 有り得ない。一撃で氷結状態にされるなんて、少なくともδ(デルタ)クラスの魔術だ。ひょっとしたら、TCKで3人もいないという、ε(エプシロン)クラスの可能性もある。だがそれを、この女が……?


 お前、一体何者だ。


「ああ、吃驚して咄嗟にやっちゃった。もう駄目ね」


 残念そうに、女魔術師はガラスのように透き通った氷柱をコツコツと叩く。


「だいぶ抑えたんだけどなぁ。つまんないの」


 すぐに興味を失ったように後ろを向くと、彼女の姿はぼやけて消えていった。


 ……HPの消耗が激しい。

 もう、あと数秒後、私は敗北することになるだろう。


 マックの心に、久しく感じていなかった「屈辱」の2文字が、くっきりと刻まれた。魔術師に、しかも女に良いように辱められて、彼の中の自尊心は、遥か高みから真っ逆さまに地面へと転落した。


 まさか、この剣技がかすりもしないまま、敗北する日が来るだなんて。


 バトルエリアに(そび)えた美しい氷柱の中で、鳳凰騎士団が誇るレイピア使いは、情けない表情のまま息絶えた。

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