第5話:肉は切らせず骨を断つ
「1番まともなのが、お前なのか。期待外れだな」
オームの言葉に、目の前の騎士風の男はムッとした表情を見せた。その表情からも、覇気は感じられない。
ちんちくりんの拳闘士に、ロリ顔の女魔術師に、風采の上がらない若い騎士。どうしてこんな3人組のために、俺たちの貴重な時間を使わなきゃならんのだ。アルクトス様もサラマン様も、少し戯れが過ぎるようだ。
まあ、すぐに終わらせてやれば良い。
オームは懐から2振りのダガーを取り出すと、流れるような動作でそれを構える。決闘を見られている可能性が高いし、一応はまともに闘う格好だけでもしておいた方が良いだろう。
オームには自負があった。
鳳凰騎士団は、TCK開闢以来、最強のギルドとして君臨し続けてきた。所属するプレイヤーのほとんどは、ギルド名が表す通り「騎士」ばかりだ。事実として、「騎士」は最も扱いやすく、ある程度ステータスを高めれば、大概の場面ではゴリ押しで切り抜けられる。
そんな中で、自分は「盗賊」として、この鳳凰騎士団で成り上がってきた。ここまでくるまでに、多くの苦労を乗り越えてきた。低レベルの時は攻撃がまともに敵に通らず、一時期ジョブチェンジも真剣に考えていた。
だが、とうとうここまできた。次の昇格戦で、俺は序次級に並び立つ。最強ギルドの顔として、そして唯一の「盗賊」として、俺の名前はTCKで轟くことになるだろう。
改めて目の前に立つ男に視線を戻す。
装備している鎖帷子も、剣も盾も、レア度の低い汎用品だ。低レベル帯ではそこそこ通用するが、一定以上の高レベルでは玩具も同然のジャンク品。
負けるはずがない。
「一応、ハンドル聞いておいてやるよ」
「丈嗣だ」
「なんだよそれ、本名みたいだな。ダッセェ」
「ま、本名だからね。君は?」
「俺はオーム。鳳凰騎士団所属で、ジョブは『盗賊』だ。……おっと、ジョブ聞いて舐めてると痛い目見るぜ。お前みたいなトロい騎士、今まで何人も潰してきてんだからよ」
オームは2本のダガーを弄びながら、円を描くようにして近づいていく。タケツグとかいうプレイヤーは視線を切らさないものの、元いた位置から一歩も動かない。
「ハンデとして、1つ良いこと教えてやるよ」
「何だい」
「俺はこんな成りしてるが、身体強化くらいは使える。ボサッとしてると、いつの間にかHPが0なんてことに――」
なりかねないぜ。
オームは地を蹴ると、風のようにタケツグとの距離をつめた。大抵のやつは、この初動についてこれない。初撃を確実に入れると、その後の相手の動きは鈍る。守りに入ったやつほど、切り崩しは容易だ。
タケツグは盾を前面に構え、防御の姿勢を取っている。反応は悪くないようだが、対応としては十人並み。この程度、俺の連撃で突破できる。
「ハッ、最初からそんな弱気で騎士がつとまんのかよ、もやしィ!」
距離を詰めると、オームの両腕が唸りを上げる。風を切る鋭い音とともに、彼は眼にも止まらぬ速さで腕の一部と化した刃を振るった。
見た目以上にタケツグの防御の型はしっかりしていたが、鳳凰騎士団の序次級である俺に、そんな基本の構えだけでは通じない。
徐々にタケツグの構えが崩れ始めた。まだ致命的な一撃は入れられていないが、攻撃の度に、着実にスタミナを削り取っていることが分かる。
だが、焦りは禁物。構えはオーソドックスで、慎重なタイプであることは分かったが、マグレ当たりがないとも限らない。
大切なのは、「決め時」。相手の気が緩んだり、隙ができた一瞬を見逃さないこと。
そして、それは――
今だ。
オームは瞬時に身体強化を発動させると、全ての力を両腕にこめた。自信の強みである速さを敢えて殺し、全てをパワーにつぎ込む。ここまでずっと速さだけを意識していた相手の盾は、次の一撃で弾け飛ぶ。
タケツグの身体を守る壁が鈍い音とともに吹き飛ばされるのを見て、オームは勝利を確信した。
手を離さなかったことは褒めてやる。だが、次で詰みだ。
哀れなもやし騎士は、バックステップで距離を取ろうとした。ダガーの有効範囲は、素手で闘う時とそう変わらない。距離さえ取れば、攻撃は当たらない――そう考えているんだろう。
何も変わらない。こいつも、今まで潰してきた高慢な騎士どもも、皆一緒だ。俺のジョブと見た目から、こう決めつける。
攻撃は速いが軽い。盾さえあればどうってことない。
有効範囲は素手と同程度。距離さえ取れば体勢を立て直せる。
そう、思い込んでんだろう。
その、思い込みが、お前を殺す。その先入観が、知らず知らずの内に、お前の内に油断を生んでいる。
既に、身体強化は発動している。
オームは両腕を振りかぶると、冷静に狙いを定めた。時間にしてみれば、僅かゼロコンマ何秒か。その間に、いかに敵の動きを読み取り、精緻な一撃を与えられるか。
「ありがたく賜れ。これが俺の初撃だ」
呟きとともに、オームは振りかぶっていた両腕を思い切り振り下ろした。放たれた刃が残す一閃が、残像のように網膜に焼き付けられる。
放ったダガーは2つ。やつの左腕と右脚を同時に刈り取るべく、放たれた俺の燕たち。タケツグの速さと体勢から考慮して、2つを同時に避けることはできないはず。魔術を使用する素振りもない。
今回も、張り合いのない闘いだった。この初撃でやつの四肢の2つ……最低1つは不能にできる。
騎士の癖に、後ろに退くことしかできないからこうなる。防御を捨て、捨て身で闘うことを選択していれば、こう易々と俺の初撃を食らうこともなかっただろう。
しかし次の瞬間、オームの瞳は信じられないものを捉えた。
タケツグの姿が、ぐんと近づいてくる。
……さっき距離を取ろうと、後退したはずなのに、どうして。俺の放った燕たちの牙が見えていないのか。
「思い込みは怖いね、オームさん」
タケツグの瞳が、ぎらりと光る。ぼんやりとした、力のない目をした男だと思っていたのに、この変わりようは何だ。
漠とした不安に飲み込まれそうになったが、オームは落ち着きを取り戻した。少し驚いたが、やつが劣勢であることに変わりはない。俺の手から飛び立った牙たちが、今に貴様の身体を抉る。
タケツグの口元が、苦しそうに引き攣る。身体を捩り、何とかダガーを避けようとしているようだ。
その体勢から、オームは瞬時に敵プレイヤーの意図を理解した。
……成程、左腕を捨てるか。確かに、機動力を失った騎士など、不格好な的にしかなり得ない。
賢明な判断だが、初撃は確実にヒットする。貴様の動きは鈍り、その剣は俺には届かない。
「肉を切らせて骨を断つには、少し判断が遅すぎたな」
その時、タケツグの口元が動いた。
「ごめん、宇羅ちゃん。ちょっと、使うね」
何を言っている。だが、もう関係ない。
そら、俺の放った初撃が、すぐにお前の左腕を――。
その後起こった出来事を、オームは理解することができなかった。
タケツグの装備している鎖帷子は、防御力と機動力の双方を兼ね備えた防具だ。圧倒的な防御力を有するが動きが制限される板金鎧や、俺の装備しているような速さだけを追い求めた紙耐久の軽装備に比べて、初心者でも扱いやすい。
裏を返せば、防御力と機動力の両方が中途半端とも言える。俺が身体強化を発動させて放ったダガーの攻撃力を受け止めるほどの防御力を、あの装備は有していない――
はずなのに。
それなのに何故だ。
おかしい。外れてはいない。
何故。
「何故、攻撃が通らない?!」
地面に力なく落ちていく燕の死体を見つめながら、オームは叫び声を上げた。
……まずい。早く次のダガーを出さないと。
やつのスピードは落ちていない。これじゃ、やつの刃がここまで届く。
避けられない。
防げない。
間に合わない。
「骨を断つよ、オームさん」
タケツグの言葉が耳に届くのと同時に、白銀に煌めく剣の切っ先ががオームの身を貫いた。




