第4話:豆小僧と女魔術師
バトルエリアに転移してからも、イライオスの前には、先ほどと変わらず不機嫌な顔のついた豆粒がいた。
まだ成人していないだろう幼い顔に、精一杯背伸びした顔つき。生意気な餓鬼の面だ。道端で座ってカップ麵をすすっているような、貧相な青年。
何だってこんな貧乏くさいやつが、TCKのプレイヤーとして認められたのだろう。
「よお、チャーシュー野郎」
豆粒が口を開く。口元に浮かんだ下卑た笑みが、イライオスの神経を逆撫でする。
「俺はイライオス。鳳凰騎士団第20序次の重装騎士だ。チャーシューじゃねぇ」
「その声から分かるぜ。どうせ、鎧の中身もデブなんだろ」
「弱い犬ほど良く吠えるもんだぜ、豆野郎。
さて、お前は今から、そのデブに圧倒的敗北を喫することになるわけだが……最後に一応チャンスをやるよ」
「何のだよ、チャーシュー」
「謝罪しろ。地面にそのツルツルの頭をこすりつけて」
せせら笑いながら、イライオスは下草の生えた地面を指差した。
「そこに生えてる草食いながら、『肉食ぶって、実は草食でした。すいません』と15回唱えろ。そうすりゃお前を全力で叩き潰す。惨めさを感じる間もなく昇天させてやる」
そう言って、手に持った槌を地面に突き立てた。微かな振動が、鎧越しに足元を伝ってくる。
しかし目の前の豆粒は、全く臆する様子がない。むしろ楽しんでいるように、目を細めてニヤニヤと品なく口元を歪ませている。
「肉食獣気取りの豚野郎を虐めるとどんな風に鳴くのか……楽しみだな、おい」
拳闘士風情がいきりやがって。
いたぶってやるよ。
イライオスは槌を担ぎ直すと、一歩その豆粒に向けて踏み出した。
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マックは、魔術師が嫌いだった。
魔術師というやつは、おしなべてもやしのように軟弱で、乾いた小枝のように脆い。その癖、色目を使ってやたら派手な割に威力がなかったり、強力だが発動まで時間がかかったりするような技ばかり使いたがる。
今までそんな「魔術師もどき」を、この手で何人も屠ってきた。この手に収まる剣の切っ先には弱者の叫びが染みついている。
そしてマックには、目の前にいる魔術師と闘いたくない理由がもう1つあった。
それは、相手が女だったからだ。
マックは、現実世界でもTCKでも、自身を紳士と信じて疑わない。事実、これまでそう振る舞い続けてきた。女性を指差すことすら躊躇われるのに、こんな鉄の刃を彼女に向けるなんて、私にはできっこない。
そうだ。降参しよう。そうすれば、誰も傷つかない。
「どうしたの?大丈夫?」
不意に女魔術師から声をかけられ、マックは我に返った。
いけない。また自分の世界にどっぷりつかってしまっていたようだ。
「ええ。突然で悪いんですが、提案があります」
「なあに?」
「私、自分でもっている指針――いや、哲学のようなものがありまして」
「はあ」
「弱い者、特に女性とは闘わないことを信条としているんです。私は、貴方とは闘えない。対戦者の貴方からすれば朗報と思いますが、私は棄権しようと思います」
純朴そうな女魔術師の大きな瞳が、驚いたように揺れる。
それはそうだろう。何しろ、敗北必至の闘いにおいて、相手の棄権という僥倖を得たのだから。
きっと彼女は、私に感謝する。ジェントルを体現する私に、ひょっとすると惚れてしまうかもしれない。いや、ややもすると現実世界でも――
そこまで夢想を膨らませたところで、マックの頭の中の幻影は突如砕け散った。
何故なら、女魔術師が腹を抱えて笑い始めたからだ。膝を折って、ヒイヒイと聞いたことのないような声をあげている。あまりに急で、最初は泣き声と勘違いしてしまったほどだ。
「だ、大丈夫ですか。安心して下さい。嘘は言いませんから、本当に棄権を――」
「ごめんなさい。あんまり面白かったから、つい」
「何か面白いことなんて言いましたか?」
女魔術師は目を大きく見開くと、邪気のない笑顔で応えた。
「勘違いしてるみたいだから」
「……は?」
「マックさんは日本語をあんまり知らないみたいだから、私が教えてあげるね」
その可愛らしい顔をした魔術師は、まるで内緒話でもするように声を潜めると、囁くように言った。
「弱いもの虐めっていうのは、強い人が弱い人に向けてやるものなの。
だから、マックさんは虐められることはできても、虐めることはできないんだよ」
マックは、魔術師が嫌いだった。
魔術師というやつは、おしなべてもやしのように軟弱で、乾いた小枝のように脆い。その癖、色目を使ってやたら派手な割に威力がなかったり、強力だが発動まで時間がかかったりするような技ばかり使いたがる。
そして何より、彼らは嘶くからだ――痩せ馬の癖に、大きく、高らかに。
良いだろう。
この勘違いした女魔術師も、私の糧にしてやろう。
マックは鞘に収めようとしていたレイピアの柄を、再び握り直した。




