第3話:力試し
「いやあ、まさかすんなり来てくれるとは思いませんでした」
鳳凰騎士団の「ナラキア」支部は、城塞都市の中心地に位置していた。周囲に並ぶ家々を睥睨するように巨大な建物は、一見すればまるで城のようだ。
支部に入ったところには巨大なホールがあり、そこで宇羅、豪、僕の3人は、アルクトス、サラマンの2人と対峙していた。周囲には他のプレイヤーの気配は感じられない。恐らく、サラマンあたりが人払いをしたのだろう。
「ふむふむ、来たのは君たち3人か。他のお友達はどうしたのかな」
アルクトスの問いかけに、宇羅が春を思わせる麗かな声音で返答する。
「見ての通り、先日のオファーに応じるのは私たち3人よ」
「なるほど。そっちの2人は予想通りだけど、君のような可愛らしい女の子が来るのは想定外だったよ。てっきり、あのきつい顔したお姉さんが来ると思ってた」
宇羅はにこにこしたまま黙っている。
それをどう受け取ったのか、アルクトスは満面の笑みで頷いた。
「いずれにせよ、ヤル気満々ってことは分かったよ。
それじゃ早速だけど、闘技場に移ろうか」
「待て。その前に、1つだけ条件がある」
「何だい、豆小僧君」
豪はその呼び名にあからさまに不快感を示したが、気を鎮めるように1度息を吐くと、断固たる口調で言い放った。
「決闘は、70%ルールでやらせてもらう」
アルクトスとサラマンの要求に応じることを決めた時、僕たちは1つだけ条件を決めた。それは、デスマッチの場合は勝負を降りること。当然と言えば当然だが、例え彼らの提示する情報が本物だったとしても、命を賭してまで得るほどではない。
想定では、アルクトスはこの条件に難癖をつけてくるはずだった。まだ1度会っただけだが、彼にはPKを是とするような空気を感じた。
そして、序次1位という絶対的な称号。自分が負けるなどとは露ほども考えていないに違いない。ミルゲも言っていたが、強者にとってデスマッチ以外は「温い」のだ。敗北した時のリスクは少ないし、HPも少ないから勝負も比較的すんなり終わる。
仮にアルクトスがごねた場合は、80%ルールまでは譲歩してやるつもりだった。
しかし、アルクトスは何の躊躇いもなく頷いてみせた。
「別に構わない。さ、早く行こう」
意外な展開に少し面食らってたが、上手くいっている分には問題あるまい。僕たち3人は顔を見合わせると、アルクトスについて長い廊下を歩いて行った。
やがて、突き当りに巨大な扉が見えてきた。両側には鳳凰騎士団の甲冑を着込んだ兵士が2人立っている。アルクトスとサラマンが進むと、2人は黙って扉を開けた。
扉の中は居心地の良いリビングのようになっていた。暖炉の周りにはソファが置いてあり、テーブルの上には各種のフルーツ、壁際には天井まで埋め尽くすほど巨大なワインラックがしつらえてある。
目を見張る僕の横で、豪がふんと鼻を鳴らした。
「何だよ、ここは。トランプゲームでもやろうってのか」
「ここは控室です。あそこの扉の向こう側が闘技場になっています。
勝負は1:1で行うので、戦闘前の方はこちらでくつろいで頂ければと」
「勝負が見たきゃ、そこの特大モニターを使うと良いよ。あと、そこの階段から闘技場の観覧席にも上がれるようになってる。臨場感抜群だよ」
アルクトスは子どものように目を輝かせている。その純粋無垢な顔に向かって、豪はまたもや辛辣な言葉をぶつけた。
「そりゃあ有難いな。こんな気合が入ったセットがあるなら決闘もどきの『ごっこ遊び』にも熱が入るってもんだ。いやはや、TCK最強を謳うギルドがこんなお遊びに興じていたとは、てんで知らなかったぜ」
しかし、アルクトスには全く響いていない。満足気に何度も頷きながら、豪の肩に手をかける。
「そうだろう! 凄いだろう! ワクワクするだろう! まるで、ローマのコロッセオのような、血沸き肉躍る闘いのために、ここをデザインしたんだ!
お前はやんちゃなガキみたいな風体をしているが、意外と話が分かるやつだ」
「……はあ?別に褒めてるわ――」
「仕方ない、お前には特別に、この俺から闘技場を案内してやろう。何、まだ時間はたっぷりある。それじゃ、まずはそこの階段を上がって――」
危うく鳳凰騎士団最強騎士による闘技場巡りツアーが始まりかけたところで、サラマンのスマートな助け船が入る。
「アル君、先方も面食らってますし、ご案内は後に差し上げては?
それに、折角『ヤル気満々』なんです。このテンションのまま闘ってもらった方が、より激しい闘いができると思いますよ」
「おお、確かにサー君の言う通りだな。豆小僧君、残念かもしれんが、案内は後でしてやる」
サラマンはこちらに居直ると、よどみない口調でルールの説明を始めた。
「勝負は途中降伏ありの70%ルール。バトルエリアはその扉の向こうに設定してあります。見てもらえば分かりますが、障害物などのないオーソドックスな円形のバトルエリアです。
形式は勝ち抜き戦とします。またアイテムの使用ですが、回復アイテム以外は使用を認めます」
「え、回復は禁止ですか?」
「勝ち抜き戦形式ですから。そちらの方が面白いでしょう。
それから、皆さんの力を疑っているわけではないですが、最初に皆さん同時に我々鳳凰騎士団の若手ホープと闘って頂きます」
「さっき1:1って言ったじゃねぇかよ。どういうことだ」
豪が噛みついたが、サラマンは歯牙にもかけない。
「まあ何というか、貴方方が我々とまともに闘えるかを確認するための確認作業です。我々にとっても、PvPに強い団員教育という副次的効果もあったりしますが、まぁこの際そんなことはどうだって良い。
こちらは闘技場ではなく、転移先のバトルエリアで決闘を行ってもらいます。70%ルールというのは変わりませんが、エキシビションのような位置付けでもあるので、この最初の戦闘に限り回復アイテムの利用を可とします。まぁ皆さんであれば、そんなもの必要ない程度の相手ですけどね」
つまり、最初に3人で一斉に鳳凰騎士団員と決闘を行い、その後サラマン、アルクトスの2人と勝ち抜き形式で闘うということだろうか。力を測るというサラマンの言葉は気分の良いものではないが、逆に言えば、彼らにはそれほどの実力者でないと歯が立たないということでもある。
豪と宇羅は2人で顔を見合わせていたが、宇羅が頷くのを見て、豪は渋々といった様子で口を尖らせた。
「……しゃあねぇなあ。それじゃ、さっさとその団員とやらを呼んで来い」
「安心して下さい。彼らにはもうメッセージを送っています。間もなく到着するはずです。
それから最後に、1つだけ」
「何だ」
「私とアルクト――アル君と闘う時は、ハンデ戦とさせて頂きます。知っての通り、アル君は既にカンストに近い状態までレベルを上げていますから、まともにやったのでは勝負にならない。こちらのレベルやステータスは貴方方に合わせて調整させてもらいます」
願ってもない申し出だったが、豪は不満そうだった。大方、舐められるのは気に食わないとか考えているのだろう。宇羅は相変わらず邪気のない微笑みを浮かべたままだ。
沈黙を是と受け取ったのか、サラマンは満足気に目を細める。
「説明は以上です。質問がなければ、早速力を見せてもらいましょうか。
――タイミング良く、彼らも到着したようです」
サラマンに促され、僕たち3人は闘技場に繋がる扉を開いた。扉の向こうは通路になっていて、その先が闘技場に繋がっているようだった。
その通路を歩いている途中、宇羅が急に身体を寄せてきた。声を落として、ひそひそと耳元で囁く。
「丈嗣君、1つお願いがあるの」
「何かな」
「最初の闘い、悪いけど、力の使用は控えて欲しいの」
「……え、それはどうして」
「どうやら、アルクトスとサラマンは最初から私たちの能力を知ってるみたいだったけど、今から闘う3人がどうかは分からない。私たちの噂が広まって、“サンプル”全員に迷惑がかかるようなことは避けたいんだ。無理言って悪いけど、何とかならないかな」
「んん……だとすると、この装備だと少し不安だな」
普段使っている木刀と木盾は、投影しないまま使ったらまるで役に立たない。宇羅は少し思案顔だったが、不意に振り向くと、後ろを歩いていたサラマンに声をかけた。
「サラマンさん、武器を貸して頂くことってできる?」
「一応、アルクトス様の要望で、あらゆる種類の武器・防具は取り揃えていますが……ポリシーとして本人の装備というのも、『強さ』の定義に含めるべきかと考えているので、普通そういった貸出はしませんね」
暗に拒否されているようだったが、宇羅は一歩も引く気配を見せない。
「申し訳ないんだけど、彼の装備、力抜きだととっても貧弱なの。レア度が不釣り合いに高かったり、特殊な効果が付与された武器じゃなくて良いから、剣と盾を一式、彼に貸してもらえないかな」
「力を存分に使ってもらって差し支えないですよ」
「いや、それがこっちとしては差し支えるんだよね。あまり私たちのことは他のプレイヤーに知られたくないの。……嫌なら、私は勝負を降りるわ」
そのきっぱりとした口調に、サラマンもやれやれと溜息をついた。
「そこまで言われては、拒否する理由はありません。
平均的なスペックの剣と盾を一式、お貸ししましょう」
******
通路を抜けると、そこには巨大な円形闘技場が広がっていた。広さは学校のグラウンドほどもあり、天井もないため、実際の広さ以上に開放的な印象を受ける。
アルクトスの説明通り、中心にある闘技場を囲むようにして、観客席がずらりと並んでいた。その造りこみの凄まじさに、図らずも心の中で驚嘆の声を上げる。
「どうだ、すげぇだろ? 月に1回、うちのギルドでは決闘会をやるんだけどよ、そん時はこの会場を使うんだ」
興奮気味に語るアルクトスを豪は小馬鹿にしたように見ていたが、個人的には素直に感動してしまった。後でこっそり、アルクトスに場内を案内してもらおうか。
闘技場の向こうの端に、3人の影が見える。僕たち3人が出てきた反対側にも同様の通路があり、そこから姿を現したのだった。どうやら、あれが最初の僕たちの相手らしい。
互いに歩みを進めて、丁度闘技場の真ん中あたりで向かい合う。
「俺の相手はお前か、豆粒。その短い腕が、俺まで届いたら負けてやっても良いぞ」
豪の正面に立った巨大な戦士が、ガラガラと笑い声を上げた。キュクロプスがもっていたのと同じくらい大きな槌を携えている。以前「始まりの魔窟」で共闘したラバーチップに似た板金鎧に身を包んでいた。ただ、全身紅色の甲冑の迫力は凄まじく、僕などは思わずたじろいでしまいそうになる。
「イライオスはまだ良いじゃないですか。僕なんて女の子相手ですよ。しかも見たとこ魔術師だ。これじゃ弱い者虐めになる。
ああ、嫌なんだけどなぁ、女性にこれを向けるのは」
宇羅の前には、細身で長髪の男が佇んでいる。手にしたレイピアを撫でながら、粘着質そうな瞳で宇羅を舐め回している。陰気な隈が印象的な男だった。
「お前は相変わらずきもちわりいな、マック」
「オーム、君こそ相変わらず品性がない。相手、交換しますか? 彼が1番まともそうだ」
「いや、どう見たって平凡そのものだが、女魔術師よりはましだ」
「チビの拳闘士とはどうだ?」
「論外だな。お前が遊んでやれよ、イライオス」
オームと呼ばれた短髪が僕の相手のようだった。騎士というより、盗賊のような身なりをしている。装備が軽装で、一見すると剣や盾が見当たらないあたり、恐らく小ぶりの武器を振り回すタイプだろう。
それにしても、初対面の僕らに対しても臆せず挑発してくる。以前のミルゲもそうだったが、自分への力への過信なのか、或いは巨大な傘の下にいる安心感か。
「申し訳ない、彼らは最近負け知らずでして。ほんの軽口ですから、許してやって下さい」
慇懃に腰を折るサラマンに向けて、豪が声をかけた。
「なぁ、サラマン」
「何でしょう」
「こいつら、鳳凰騎士団だとどんな序列なの」
「オームとマックはまだ序次級じゃありませんが、次回の昇格戦で間違いなく名を連ねるでしょう。貴方の相手のイライオスは第20序次です」
「何だよ、あいつより下か」
ボソリと呟いたその声はしかし、サラマンの耳には届かない。
「今、何か?」
「なんでもねぇよ。
さて、それじゃあ、準備運動のお相手頼むぜ、チャーシュー野郎」
サラマンの開始の号令と同時に、僕たち3人は、揃ってメニューボードに光るOKボタンに手を伸ばした。




