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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第3章︰鳳凰騎士団編
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第2話:2人の客人

「何だい、お客かと思ったらあんたたちかい」


 一条顔負けのだみ声がしたかと思うと、カウンターの奥から女性が中年の女性が顔を出した。歳の頃は、恐らく50半ば、(つや)のない髪を後ろで束ねている。


「もう、そんなつれないこと言わないでよ、ミナさん」

宇羅(うら)ちゃん、何であんたみたいな良い子が、あのペテン師と一緒にいるんだい?宇羅ちゃんさえ良ければ、いつでもうちの店で受け入れるってのに」

「はは、流王(るおう)さんはペテン師じゃないですよ」

「あんたこそ、いつまでミナなんて寒いハンドル使い続ける気だよ。良い加減、歳相応に改名しなよ」

「ふん、あんたは相も変わらず生意気だね。顔も何だかあのペテン師に似てきてるよ」

「そっちこそ、口の減らないババアだな」


 豪と(にら)みあっていたミナという女性は、そこでふとこちらに気づいたように視線を寄越した。少し離れたところで所在なさげに突っ立っている僕と(あかね)に向けて、気の強い女主人は手招きをした。


「あら、見ない顔だね。お仲間かい?」


 頭のてっぺんからつま先まで無遠慮に視線を這わせるミナに、阿羅(あら)が淡々と答える。


「はい。茜ちゃんと、丈嗣(たけつぐ)君です。2人とも、ミナさんに自己紹介しときな」

「は、はじめまして。吉田丈嗣と言います。……あれ、茜ちゃん?」


 ここにきて、茜の人見知りメーターが限界を迎えたようだった。彼女は僕の背後に回り込むと、僕のローブの裾をしっかりと握った。時折背後から首を出しては、ちらちらとミナの様子を窺っている。


「あ、彼女少し人見知りなんです。すみません」

「ふうん。ま、良いけどさ。

 そんじゃ、全員顔見せとくれ」

「何だよ、俺たちはもう顔パスで良いだろ?」

「ダメダメ。一応そういう規則だからさ。下手にリスクは背負いたくないの」

「チェッ、仕方ねぇなぁ」


 渋々顔をミナに預ける豪の背後で、阿羅が「そういえば」とこちらを振り返る。


「丈嗣と茜って、もう登録は済ませたんだっけ?」

「あ、はい。『ナラキア』の1つ手前のちょっと大きめの街で、登録してもらいました」

「そんじゃ、次、あんたね。早く顔見せて」


 こうした“サンプル”の情報交換の場に入るには、事前に自身の生体情報を登録しておく必要がある。どういう仕組みかは知らないが、一度店主に“サンプル”であることを認めてもらえれば、その情報が店の間で共有され、入場することができるようになるらしい。

 僕と茜は既に、1つ手前の街で登録を済ませていた。


 ミナは全員の確認(何をどう確認したのかさっぱり分からない)を終えると、奥へと入ろうとする僕たちの背に声を投げかけた。


「そういや、あんたたちに、お客さんがきてるよ」

「え? 特に約束はしてないはずなんだけど……。お相手は?」

「いつもの席に行けば分かるわ。有名人だからね」


 バックレたら出禁にしてやるから。

 

 あながち冗談とも思えない台詞を聞いて、僕たちは顔を見合わせた。あの勝気そうな店主をもってしてそう言わせるとは、余程の得意客なのか。


 テーブルの間を縫うように進んでいくと、1番奥のテーブルに、2人組が腰かけているのが目に入った。いや、正確に言えば、1人は座らず、テーブルの(そば)で直立不動の姿勢を保っている。もう1人はまるで自宅のようにくつろいだ様子で、金色のグラスにちびちびと口をつけている。


 近づくと、直立不動の方がこちらに気づいたように顔を向けてきた。欧米人でも滅多にお目にかかれないほどの美しい金髪碧眼(きんぱつへきがん)だったが、面立ちは欧米人というより、むしろ日本人よりだ。しかし違和感がないのは、この男の顔が恐ろしく整っているからに他ならない。

 金髪が座っている男に耳打ちすると、男はグラスを置いて立ち上がった。上背はそれほどなく、顔つきも幼い。想像するに、豪とそれほど年齢は違わないだろう。


 身に(まと)うローブにあしらわれた刺繍(ししゅう)に見覚えがある。記憶を引っ張り出すまでもなく、それがあの迅騎士ミルゲが身に着けていた(ヘルム)に描いてあったものと同じことに気づき、僕は驚きの声を上げそうになる。


「あれ、鳳凰騎士団の紋章じゃないか?」


 発した言葉はしかし、返されることなく発散して消えた。横に立つ豪を見ると、その顔つきは予想外に険しい。阿羅と宇羅も、それに茜まで、驚きを隠せない様子で口をぽかんと開けている。


「ちょっと、皆あの人を知って――」


 再び尋ねかけた僕の言葉はしかし、金髪が発した朗々たる声の前に、力なく立ち消えた。


「突然の来訪失礼、“サンプル”の皆さん。

 私は鳳凰騎士団第4序次、サラマンと言います」

「え……第4序次」


 この男が? TCK最大ギルド鳳凰騎士団の中において、上から4番目の実力者が、どうしてこんなところに。


 そもそも、この彼らは一般プレイヤーではないのか。それがどうして、“サンプル”しか許されないはずの店に。


 全員が注目する中、サラマンは更に声を張り上げ、並び立つ男の横で跪いた。


「そしてこちらに御座(おわ)しますは、我らが鳳凰騎士団最強の騎士、アルクト――」


 だが彼の荘厳とも言える紹介に、突如横にいる男から突っ込みが入る。


「サー君、長い。あと、ちょっと声でかいよ」

「え、あ、ちょっと長かっ」

「俺、アルクトス。皆俺のこと、アル君って呼ぶんだ。よろしく」


 童顔の男は近づいてくると、満面の笑みを浮かべたまま手を差し出してきた。

 ……握手、で良いのだろうか。2人のテンションの緩急についていけない。恐る恐る手を握り返すと、アルクトスは柔和な笑みを浮かべたままゆっくりと頷いた。


「君だな。サー君が言ってた“サンプル(チーター)”って」

「え……何言って――」

「んほ、虹色だッ」


 目の前の男が急に叫び声をあげ、僕は驚いて手を振りほどいた。

 一方のアルクトスは、まるで大好きな玩具を目の前にした子どものようにはしゃいでいる。頬はだらしなく下がりながらも、その視線は依然僕を捉えて離さない。


「初めて見たよ、こんな色ッ。凄いなぁ、いや、きっと凄いんだろうなぁ」


 こいつ、何言ってるんだ。

 それに、アルクトスと言えば……確か鳳凰騎士団最強の騎士。このTCKのゲームクリアに最も近いと噂される男。こんな訳の分からない、少し頭のネジが飛んでいそうなこいつが、TCKのピラミッドの頂点に立つプレイヤーだと?


「用件は何だ」


 阿羅がずいと前に出る。細い眉が吊り上がり、眉間に細かい皺がいくつも寄っている。

 正直、仲間の僕でも怖い。


「これは失礼。アルクト……アル君は人より好奇心が滅法(めっぽう)旺盛なもので。少し取り乱してしまったみたいです」

「私たちのことを知っているな。高名な鳳凰騎士団の高位騎士の面々が私らみたいな半端者に、一体どういう用件だと聞いている。そもそも、お前たち、どうやってこの店に入った」

「面々と言っても、2人だけですが。それに、質問を一度に沢山ぶつけないで下さい。どれからお返事すべきか考えてしまいます」


 サラマンという男の表情は崩れない。感情の波風が全く伝わってこないのが不気味だった。


「まず、お店に入った方法ですが、貴方方と同様です。主人に話を通し、入れてもらった」

「この店は『一見さん』はお断りのはずなんだがな」

「ええ。私は何度か伺ってますから。実はお得意様なんです」


 品の良い微笑をたたえたまま、サラマンは1歩距離を詰めた。


「次に我々の用件ですが、非常にシンプルです。なに、貴方方にとっても聞いておいて損はないと思います」


 それに、と彼は付け加えた。


「貴方方“サンプル(チーター)”は本来ゲームにいるべきでない存在。今は黙認されているようですが、『善良な一般プレイヤー』からの通報を受けたら、流石の運営も何もしないというわけにはいかないでしょう。

 我々にしても、下手に事を荒立てたくはない。ですから、1度お話だけでも」


 そう言って彼は、先ほどアルクトスが腰かけていたテーブルを指し示した。


******


「さて、どうしたもんか」


 “サンプル”御用達(ごようたし)の酒場「チョモランマ」からの帰り道、阿羅は珍しく思い悩んだ表情をしていた。普段思い切りの良い彼女らしからぬ表情だったが、あのサラマンの話を聞いた後では、誰だってそんな顔にならざるを得ないだろう。


 そんな彼女とは対照的に、前を歩く豪はやけに威勢が良い。


「何言ってんだ。悩むことなんてない。俺は参加するぞ」

「ちょっと、危ないよ豪君!」

「やつら、恐らくただ強いだけのプレイヤーじゃねぇ。俺たちのことを知ってたんだとすると、やつがニンジンよろしくぶら下げた情報だって、出鱈目なもんじゃないはずだ」

「あんなの、絶対出鱈目だよ! 『この世界の真理』なんて、彼らが知ってるはずない」

「だとしても、鳳凰騎士団の情報網は馬鹿にならねぇ。それこそ、人捜しするにはうってつけだ」

「絶対に怪しいってば! 丈嗣君からも何か言ってよ!」


 豪の言うことも、茜の言うことも、ともに一理ある。僕にしても、判断がつきかねていた。


 何しろ、あのサラマンの要求があれほど子どもじみているとは思わなかったのだ。

 

 要すれば、「強いやつと闘いたいから、お前ら僕と勝負だ!」ということだ。

 恐らく闘いたがっているのは横に座っていたアルクトスの方なのだろうが、あの切れ者そうなサラマンがそれに唯々諾々(いいだくだく)と付き従っているのもよく分からない。


「そんなに強いやつと闘いたいなら、魔王討伐に行ってくれば良いじゃない」


 阿羅の指摘に対しても、サラマンとアルクトスは毛ほどのまごつきも見せなかった。恐らく、今まで幾度となく同じ質問をされてきているのだろう。


「アル君は、もうAIの相手は飽き飽きしているのです」

「どうせ魔王だって、動き覚えたらパターンゲーだろ。つまんねーんだよ、そういうのはさ。俺は昔っから、対人ゲームが大好きなんだ。予想外の色を放つやつは、特に」


 何か裏があるのか。ひょっとして、“獅子旗(ししはた)”や“エムワン”の手先ではないか。


 疑心が暗鬼を生んでいるのは僕1人ではないようで、阿羅と宇羅の2人はずっと思案顔だ。茜は絶対に嫌だと明言していたが、この双子の意思はまだどちらに振れるか決まっていないらしい。


 結局拠点につくまで、彼女たちは面を上げなかったが、最後に一言だけ、宇羅が呟いた。


「このことは、一旦流王さんには黙っとこう」


 その言葉の有無を言わせぬ迫力に、先ほどまで騒いでいた豪と茜も黙って頷く他なかった。

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