第8話:御用達の店
隣町につくと、僕たちは早速聞き込みを開始した。
普通、プレイヤーは町から町へと移動しながら旅を続ける。ある特定の拠点にとどまることは稀なので、そもそも事件のことを知っているプレイヤーがいるかどうか疑問ではあった。
実際、行き交う人に尋ねてみても反応は芳しいとは言えなかった。
聞き込みの最中にそんな疑問を豪にぶつけると、彼は感心したように目を丸くした。
「丈嗣、お前ただの馬鹿ニートじゃなかったのか」
「いや、おかしいじゃないで……だろ! 人を罵倒しないと呼吸ができないのか」
「タメ口が畏れ多いなら、敬語のままでも俺は一向に構わんよ?」
「くっ、相変わらずへらず口を――」
「はい! その不毛な争い終わりッ」
止めに入る茜の仲裁も段々と雑になっている気がする。その内愛想を尽かされるんじゃないかと少々不安だが、今は黙っていることにした。
豪はわざとらしく咳払いをすると、物分かりの悪い生徒に諭す教師のような口調で語り始めた。
「確かにお前の言う通り、一般のプレイヤーが1週間近くも同じ拠点から動かないような事態は稀だ。プレイヤーが事件のことを知ってる確率は非常に低い」
「……今までのは何だったんですか。見知らぬ人に話しかけるのに、僕がどれだけなけなしの勇気を振り絞ったと――」
「お遊びだよ」
「は?」
「嫌がらせに決まってんじゃん。キョドってるお前、なかなか見物だったぜ。
さ、気持ちもスカッとしたところで、本命に話を訊きにいくぞ」
邪悪な笑みを浮かべてゲラゲラと笑いこける豪の後ろで、僕はがっくりと肩を落とした。昨晩の話を聞き、少しでも彼に同情した自分がどうかしていた。
恨みがましくねめつける僕を歯牙にもかけず、豪は通りで何やらキョロキョロと周囲を見回していたが、やがてある店の前で顔を止めた。
「よし、いくぞ」
「さっきから何してるんだ?」
「本命を探してたんだよ。今見つけたんだ」
「この店にいるんですか?」
店の外観をひとしきり眺めたが、何の変哲もない飲食店だ。何故よりによってこの店なのだろう。この通りには、他にいくらでも店が立ち並んでいる。
「豪君、だから何でこの店を――」
「ああもう、うざったいな! 茜、説明しといてやれよ」
面倒そうに首を振った豪だったが、直後に何かを察したのか恐る恐る背後を振り返る。
「まさか茜、お前も」
「ごめん豪君、何の話かさっぱりで」
「……ったく、流王さんは何を教えてたんだよ。こんなんで良く外に出そうと思ったもんだ」
「いや、茜は悪くないよ。悪いのは何も教えてくれない意地悪豪だ」
「そうよ! 意地悪豪君が教えてくれれば良いだけじゃない」
「そのあだ名やめろ! 妙に語呂が良いのも腹立つし」
しゃあねぇなぁ、とぼやきつつ、彼は話を訊きにいく「本命」の説明を始めた。
******
「つまり要約すると、僕たち以外の“サンプル”がTCKにはまだまだ沢山いて、今からその人たちに接触すると、そういうわけなんだな」
「にしても、"サンプル"御用達の店があるなんて恐れ入ったわ。それにあのマーク、どうしてさっきまで気づかなかったのかしら。あんなに不気味なのに」
「一般プレイヤーには気づかれないように、ちょっくらめくらまししてんのさ。
さてと、行く前にもう1度だけ言っとくが、言動には気をつけろよ。中には一般のプレイヤーだっている。大抵の“サンプル”は妙な噂を立てられるのを嫌がるから、余計なことはしゃべるなよ」
まるで保護者のような口ぶりに、僕はぼやいた。
「はいはい、分かってるよ。何もそんな言い方しなくても」
豪に続いて店に入る直前、僕はもう1度店の壁にうっすらと描かれたその紋章に目をやった。デフォルメされた脳味噌が電球のように光り輝くそのマークは、なぜだかくっきりと僕の脳裏に焼きついた。
どうやら飲食店というより、バーのような店らしい。店の内壁に取り付けられた棚に、色とりどりの酒瓶が備え付けられている。現実世界では見たことのないような色をしたものもあり、茜と僕は落ち着きなく左右を見回した。
まだ昼前という時間もあり、客はほとんどいない。
豪は店内を横切り、奥にあるカウンターへと足を進めた。カウンターではマスターと思しき中年男性が1人、静かにグラスを拭いている最中だった。
マスターは僕たちの姿を認めると、あからさまに怪訝そうな表情を浮かべたが、特に問いただすようなことはしなかった。
「何にしますか」
「『指』か『瞳』が良い」
「……はい?」
男はグラスを拭く手を止めると、じっと豪を見つめる。
「2度は言わない。早くしてくれ」
「見ない顔ですね」
「流れ者だからな。ちょっと探しものに立ち寄ったのさ」
「……『瞳』で大丈夫です」
マスターはじっと豪の顔を見つめていたが、やがて無表情のままぼそりとつぶやいた。
「後ろの2人は」
「まだ新人でね。良いだろ、大した話はしない」
「困るんですよね、そういうの。登録してからにしてもらえませんか」
迷惑そうな声音だったが、豪は聞く耳をもっていなかった。
「急いでるんだ。厄介事は嫌いなんだろ? グズグズ言わずに通した方が後々得だぜ」
男は悩んでいる様子だったが、やがて渋々店の奥を目で示した。
「……仕方ありませんね。1番奥の窓際の席へどうぞ」
マスターは手際良く3つのグラスに液体を注ぎ込むと、それを僕たちに寄越した。見たことのないようなコバルトブルーで、思わず見とれてしまいそうになる。
「あの、さっき何を話してたんだい」
豪にそう尋ねるが、返ってきたのは苛立ちをたたえた視線だけだった。
一番奥まで来ると、窓際の席には既に先客が腰を下ろしていた。目深にフードを被り、顔を窺い知ることはできなかったが、身体つきから女性であることだけは分かる。
「あれ、もう先に座られちゃってますよ。あのマスター、お客をどの席に通したのか覚えてないのかな」
豪は困ったようにつぶやいた茜を一瞥すると、呆れたようにため息をついた。
「いや、あの席であってる」
「え、でも……」
「俺たちがここに何しに来たのか忘れたのか? ったく、休憩に来たわけじゃねぇぞ」
「……ってことは、あの人が」
「ああ。"サンプル"だ」




