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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第2章:城塞都市「ナラキア」編
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第3話:鳳凰騎士団

 城塞都市「ナラキア」に辿り着くためには、8体のエリアボスを打ち倒さなければならない。その数を初めて聞いた際には、夢にも思わなかった。まさか、出発して数日で、その過半数を突破することになるなんて。


 どうも、戦闘に関しても僕と茜の相性は抜群らしい。遠隔系の能力者で、サポート役の面目躍如たる茜と、近接戦闘では無類の攻撃力を誇る僕のコンビは、立ちはだかる魔物を次々に切り伏せていった。


「……んだよ、もう終わったのか」

「すいません、休憩する間もなく終わらせちゃって」

「あんまりイキッてると、足元すくわれんぜ」


 以前までなら心をささくれ立たせた豪の言葉も、もう子どものやせ我慢にしか聞こえない。


 何なら、こんな豆坊主より、もう僕の方が強いんじゃないか。


 そんな(おご)りまでがわき上がるようになって初めて、僕は自分がひどく浮かれていることに気づいた。

 あれほど慢心しないよう自分を戒めていたにも関わらず、初めて味わう高揚感におぼれてしまっていた。


 そんな時、あの事件は起きたのだ。


******


 これで――


「しまいだっ」


 その寸胴(ずんどう)の首に剣をねじ込むと、拳大もある魔物の瞳がかっと見開かれた。数秒後に地の果てまで轟くほどの断末魔を残し、巨大な猪の魔物はがっくりと力尽きた。


「これで残すは、」

「あと2体ですね!」


 茜とハイタッチを交わすと、彼女は柔らかく口角を上げた。


「にしても、吉田さんどんどん動きが良くなってる! 今日なんて、敵の攻撃ほぼ見切ってたんじゃないの」

「チートの方より、剣技が磨かれてきてる気がします。布施さんこそ、あんな大技が使えたなんてびっくりしました」


 今回闘ったエリアボスは体力が多く、僕の攻撃だけではなかなか致命傷まではもっていけなかった。その上図体の割に素早く、危うくその牙に身体を貫かれそうになることが何度かあった。

 これは長期戦になりそうだと覚悟した時、突如巨獣の身体が水流に巻き上げられた。エリアボスとのバトルフィールドが森林だったこともあり、そこかしこに湖や沼が広がっていたのが幸いした。茜がエリア中の「水」を一点に集め、その水柱の中にエリアボスを閉じ込めたのだ。


「スタミナを奪える上、水生じゃない魔物なら窒息効果付与だなんて。ホントにリアル志向ですね、このゲームは」

「ま、現実とは違って、窒息状態になっても体力が徐々に削られていくだけだけどね。それから、あれ使うと比較的酔いやすいから、あんまりやりたくないんです。長くは維持できないし」


 確かに、よくよく見れば彼女の額には玉のような汗が浮いている。

 相当無理をさせたのかもしれない。自分の不甲斐なさに、歯噛みしそうになる。

 流王からも、限界を超えた(チート)の行使はやめるよう強く釘を刺されている。


 茜がリミットを超えてしまったのなら、それは――。


「私は大丈夫。さ、早く豪君に追いついちゃいましょう」


 僕が声をかける前に、茜は有無を言わさぬ口調でそう告げる。

 それが本音なのか、ただ気丈に振舞っているだけなのかは、あえて考えないことにした。


 いよいよ「ナラキア」の城塞の巨大さが、実感を伴う距離になってきた。

 あと少しで、皆のもとに追いつける。そう思うと、疲れ切った身体の奥底から、がぜんエネルギーがわいてくる。


「ちょっとお腹空いたし、寄っていきましょうよ」


 街を通りがけ、茜はそう言って飲食店の立ち並ぶ辺りを指さした。


「駄目だ。まだ昼前だろうが」

「良いじゃないですか、少しくらい」


 僕がそう反論すると、豪は面倒くさそうに顔をそむけた。

 大方、こんなくだらないことで言い争うなど馬鹿馬鹿しいとでも考えているのだろう。


 茜はあきらめきれないのか、逃がさんとばかりに豪の正面に回り込む。


「ちょっと寄るだけだから!」

「ただでさえ出遅れてんだ。道草くってる場合じゃねーんだよ」

「ご飯は道草には入らないわ」


 豪はいまいましそうにため息をついて店が立ち並ぶ辺りを一瞥(いちべつ)したが、その中のある店で視線を止めた。目を細めて何やら考えこんでいる。


「……ったく、食ったらすぐ発つぞ」


 茜と僕が顔を見合わせていると、豪は眉をつり上げたままあごをしゃくった。


 お気に入りの店なのか、迷うことなく一直線に入り口に向かっていく。


 店は質素な雰囲気だったが、調度品の類は、光沢が浮かび上がるほど磨き上げられていた。昼時ということもあり、数多くのプレイヤーが数人で固まって食事を取っていた。幸い3人席が空いていたが、腰を下ろそうとしたところで、豪が突然首を振った。


「俺はちょっとヤボ用がある。飯は2人で食ってろ」


 返答も待たず、そのまま店の奥へと消えていってしまった。


「どうしたんでしょう」

「知り合いでもいたのかもしれないですね。豪君、実は結構TCKに来て長いらしいから」

「知り合いって、一般プレイヤーの?」

「んー、どうだろ。でもありえる話じゃないですかね。向こうは“サンプル”の存在なんてそもそも知らないんだし」


 食事を取りながら2人で話していると、やがて豪が険しい顔つきで戻ってきた。眉間にしわを寄せてはいるものの、瞳の奥に熱気を漂わせている。


「どこ行ってたの、豪君」

「情報交換だ」

「え? 一体誰としてたんです?」


 僕の質問がよほど間抜けだったのか、豪は目をつむると天井を仰ぎ見た。


「一般プレイヤーとゲーム攻略の情報交換でもしてると思ってんのか? 最近レベルが上がらないんだよねーとか、そんな世間話を?」

「……そんなわけないじゃないですか。ただちょっと聞いただけで」

「ま、まぁまぁ。2人ともカリカリしちゃ駄目ですよ」


 いつものように茜がとりなし、僕と豪の間の火花は一旦収まった。


 あらかた食事を食べ終えたところで、豪はすぐ荷物をまとめるよう僕たちを急かした。その声には、珍しく若干の興奮がにじんでいる。


「とりあえず、もう出発するぞ。エムワンの手がかりを見つけた。急いで次の街に――」


 席から立ち上がったところで、店の扉が勢いよく開けられた。

 いや、正確には、()()開けられた。


 品の悪い高笑いとともに、どかどかと鎧に身を包んだ男たちが入ってきた。人数は5人で、いずれも赤い鳥の紋章があしらわれた(ヘルム)を被っている。

 先頭にいる男が、じっくりと店内を見回したかと思うと、唐突に怒鳴り声を上げた。


「悪いんだけど、この店今から俺たちが貸切るからさぁ」


 ……いきなり入ってきて何を言い出すんだ、この男は。

 それに、妙に甲高い声が無性に鼻にさわる。


 突然のことに、他のプレイヤーも困惑しているようだった。ある者は興味深そうに、またある者は敵意むき出しで、仁王立ちする男に視線を注いでいる。


 しかし、当の男はまるで動じない。肩をもみながら欠伸をかみ殺すと、面倒そうに言い放つ。


「あのさ、聞こえてる?出てけって言ってるんだけど」

「……おい、あんた」


 椅子を引く音とともに、1人のプレイヤーが立ち上がる。


「何だ、お前」

「お前こそなんだよ。いきなり入ってきたかと思えば無茶言いやがって」

「俺が誰だかわかんねぇのか? この紋章見りゃ分かるだろう」


 男はそう言って、被っている(ヘルム)をこつこつと叩く。


 それを見た途端、先ほどまで調子づいていた男の顔がみるみる青ざめた。


「……『鳳凰騎士団』!」

「分かったらとっとと失せろ。それとも、『決闘』でもするつもりかよ。その紙風船みてぇな貧弱装備で」


 男が口にした言葉の効果か、店にいた客たちが我先にと店を出ていく。突っかかっていった男も、ばつが悪そうにうつむいたまま外へと飛び出していった。


 瞬く間に店の中には、僕たち3人だけが取り残された。


「おい、何ボケっと突っ立ってんだ」


 先頭に立っていた男が、ずいと顔を近づけてくる。想像と違い、意外と線の細そうな顔をしている。だが、ぼってりとした一重まぶたの奥からは、一度かみついたら放さない凶悪さがにじみ出ていた。


 ……突然のこの絡み方、何だか、誰かさんに似てるな。


 突然の横暴な態度に、僕は柄にもなくもカチンときた。


「何ですか、急に」

「耳垢でもつまってんのか? 言ったろ。とっとと俺の視界から失せろ」


 初対面の人間相手に、この口の利き方は何だ。人付き合いが上手くない僕でさえ、もっと周りには気を遣うぞ。

 怒りがそのまま罵詈雑言へと転化されそうになるが、茜の制するような視線に口をつぐむ。


「TCK開闢(かいびゃく)より続いているギルド『鳳凰騎士団』。高レベルプレイヤーが多く所属していて、魔王討伐に最も近いと噂される、『雄騎士アルクトス』も所属しています。あの『鬼の(へそ)』と双璧をなす、超巨大ギルドです」


 茜が耳元でそう説明してくれたが、全く耳に入ってこない。頭に血が上り、眼前にいる男を思い切り殴ってやりたいという衝動が、身体の中で僕を何度も突き上げる。


「いや、全く知らないんですが」

「おいおい、お前TCKやってて、俺たちはおろか、アルクトス様も知らんのか。笑えるな」


 男は僕を指差すと、さもおかしそうに腹を揺すった。後ろにいる連中も、皆一様に大声ではやし立ててくる。


 何が、アルクトス様、だ。

 同じプレイヤーなのに、馬鹿じゃないのか。

 そもそも、ゲーム内で派閥作って何になるんだ。そんなことやってる暇あったら、現実戻って自立する方法でも考えろよ。


「んだと、てめぇ」


 男が更に顔を近づけてくる。(ヘルム)がこつんと額に当たった。


 ……しまった。口に出てたか


 脇を見ると、茜は口を押さえている。その驚きの視線を真っ向から受け止められず、僕は顔を背けざるを得なかった。


 一方の豪は、何故だか先頭の男を注視している。その顔には、普段通りの苛立ちと、わずかながらの強張りが同居していた。


「目の前に便所バエ顔の野郎がいると食欲が失せるんだよ。つか何だ、その貧相な木剣と木の盾は。チャンバラごっこでもしてんのかよ」


 先頭の男は顔に下賤(げせん)な笑みが貼りつけたまま、なおも執拗(しつよう)にあおってくる。背後に控える男たちも、皆楽しくて仕方がないといった様子だ。


「プレイヤーは千差万別。おかしな考えや嗜好をもった連中も多い。ゲームクリアなんて目もくれず、同じプレイヤーを狩ることに愉悦を感じる輩がいてもおかしくはない」


 安原の言葉が脳裏にまざまざと蘇る。


 そうか。こういう連中もいるのか。ゲームクリアなどどうでも良く、ただ派閥を作って、自分より力のないものを支配したがる下らないプレイヤーが。

 そんなこと、現実世界に戻ってやれば良いじゃないか。完全没入型とはいえ、電子計算機の演算結果が生み出したこの無味乾燥な世界で、他者を威圧して何が残るのか。


 ……下らない。


 これまでに感じたことのない闘志が、身体の内側から燃え上がる。


「我慢なりません」

「はぁ?」

「貴方のやり口です。いきなり喧嘩吹っかけてきて、何様ですか」

「テメェこそ、どの面さげて俺に口きいてんだよ」

「四の五の言っても仕方ない。決闘で、カタをつけましょうか」

「……冗談きついぜ、お前。そんな装備で何ができんだよ」

「もう一度だけ言います。この僕と、タイマン張るのかって聞いてるんです。負けたら、今すぐ目の前から消えて下さい」

「ちょっ、吉田さん! ダメです!」


 茜がローブの裾を引っ張ったが、その手を振り払う。そのまま戦闘用の鎖帷子(チェインメイル)に換装し、僕は立ち上がった。


 今思えば、やめておけば良かったのだ。あの時の僕は、興奮と驕りで周りが見えていなかった。能力と剣技があれば、多少腕が立つ相手でも何とかなると思っていた。それがただのプレイヤー相手なら、なおさら。


 立ち上がった肩に、豪の手が置かれる。


「そこまでにしとけ、丈嗣。……おい、茜、行くぞ」

「何で邪魔するんですか」


 振り返った僕に、豪は頭突きせんばかりに頭を近づけた。


「ふざけてんのか。俺たちがやってんのは遊びじゃねぇんだ。一時の感情に身を任せて決闘なんて受けるんじゃねぇよ」

「豪……さんは、それで良いんですか」

「良いよ。こんな下らんこと、付き合ってられるか。それにな、決闘モードだって、体力がゼロになれば俺たちはお陀仏なんだぞ」

「……」

「おら、分かったら行く――」

「50%ルールでどうですか」

「おまっ……話聞いてたのか!」


 豪は振り返りざま、拳を僕の顔に打ち込もうとした。左手でそれを受け流し、体さばきで距離を詰める。口を彼の耳元に近づけ、僕はささやいた。


「そんな拳、例え当たったところで、かすり傷1つつきません。それに……いつまでも新参扱いはやめてもらいたい」

「待て、馬鹿野郎。こいつは――」


 豪が言い終わらない内に、眼前の男は目をつり上げて叫んだ。


「良いぜ。そんなにやりたいならやってやる。50%ルールだと? 呼吸する間もなく膝つかせてやるよ」


 メニューを開き、男から送られた決闘の申し込みを確認する。


 相手のハンドルは、ミルゲ。レベル45。

 標準的な騎士装備だから、動きを読むのは比較的容易だろう。散々一条さんに叩きこまれ、魔物と闘い抜いて磨き上げたこの戦技。通用しないわけがない。


 僕よりも数段高レベルだが、勝算はあった。

 そう、()()()さえ決まれば。リスクは高いが、その分期待効果は高い。

 自分より格上の相手に挑むのだから、多少の危険は織り込み済みだ。


 決闘申し込みを受理すると、目前にベットフィールドが展開された。決闘モードに際しては、闘うプレイヤー同士で必ず持ち物か金銭を賭けなければならない。


「ベットはどうする」


 尋ねると、ミルゲは鼻で笑った。


「有り金全部出せ。ま、大して持ってはないだろうが」

「ちょっと! それは流王さんたちが、今回のために貯めてくれてたお金なのよ! それをベットだなんて……!」

「勝てば問題ないです。そうでしょ、布施さん」

「テメェ、わがままも大概にしとけよ! 感情に流されんなって言ってんだろ!」


 豪の怒鳴り声が腹まで響く。

 ちくりと胸が痛んだが、僕はそれを無視した。


 大丈夫だ。負けなければ良い。僕は、勝つんだ。


 ベットフィールドで互いの入金が確認できたと同時に、視界が暗転する。

 数秒で視界が戻ったかと思うと、僕とミルゲは何もない真っ白な空間に2人立っていた。現実では存在しえない超空間を前に、遠近感が狂いそうになる。


「さ、かかってこいよ便所バエ。虐めてやる」

()()()()だ」

「ああそう。俺は――鳳凰騎士団第13序次のミルゲだ」

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