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気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第2章:城塞都市「ナラキア」編
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第2話:エリアボス

 門を抜けると、その向こうには茫漠(ぼうばく)たる砂漠が広がっていた。辺りには身を隠すようなものは何もない。

 僕は屈みこむと、足元に横たわる砂塵(さじん)を手に取った。手触りは砂糖のように滑らかだ。


「あちゃー、砂漠かぁ」

「どうしたんです?」

「いや、ちょっと相性が悪そうだな、と」


 頼りはこれだけか、と独りごちて、彼女は片手に担いでいる麻袋に目をやった。


「そんなことより、あれは何でしょう……山、かな」


 茜の指差す方に顔を向けると、平坦な砂漠の一点に奇妙な盛り上がりがあった。

 だが山にしては不自然だし、そもそも――


「あれ……動いてないですか」

「動いてます、ね」


 僕と彼女が顔を見合わせているそばから、その盛り上がりは急速にこちらに近づいてくる。地響きを立て、砂埃(すなぼこり)をまき散らしながら猛然と突っ込んでくるにつれて、それが小山と呼べるほど巨大であることに気づき、僕は青ざめた。


「ちょ、近づいてきてませんか」

「近づいてきてます、ね」

「いや、そんな悠長なこと言ってる場合ですか! よけろ、布施(ふせ)さん!」


 刹那(せつな)、砂の下から巨大な影がせり上がり、陽光を遮った。足のないムカデのようなおぞましい体躯(たいく)が、塔のごとく天に伸びる。


「……デスワーム」


 ヤツメウナギのような魔物の口吻(こうふん)が、頭上から落ちてくる。顔はなく、不揃(ふぞろ)いに牙の生えた円形の口だけがぽっかりと空いている。その中に飲み込まれる前に、僕は後方に跳んで何とか距離を取った。


 魔物は僕が元いた位置に頭から突っ込んでいき、再び砂の下へと潜り込んでいく。


 でかい。今まで闘ったどんな魔物よりも大きい。こんなサイズ、相手にできるのか。

 

 というか、そもそも攻撃通るのかよ、これ。


「布施さん!」

「何ですか!」

「僕ら、早すぎたんじゃないですか! こんなビルみたいにでかいミミズ、本当に倒せるんですか!」


 怒鳴るようにして問いかけると、茜はどんと胸を叩いた。


「大丈夫です! 見た目は大きいですけど、体力はそう多くありません! 吉田さんの攻撃なら、間違いなく通ります!」


 地響きと轟音(ごうおん)の中で、茜の言葉は何よりも強く心に響いた。

 彼女は僕を信じてくれている。とにかく、倒すか死ぬかしなければここからは出られないのだ。


 しかし、想いとは裏腹にそう都合良く物事は進まない。僕は何とかしてデスワームに攻撃を当てようとしたが、やがてそれが絶望的に困難であることを思い知った。


 通常、デスワームは地中にその身を埋めている。姿を現すのは攻撃の時だけだが、それもほんの一瞬のことで、カウンターを見舞うには時間が少なすぎる。

 ならば出鼻を狙おうと、砂の中から飛び出てくるところを狙い撃ちにしようとしたが、この考えもあえなく粉砕された。飛び出してくる時に「吹き飛ばし」判定があり、近くにいると身体ごと投げ出されてしまうのだ。幸いダメージは入らないようになっていたが、これでは距離を詰めることもままならない。


 攻撃を避けるのは容易(たやす)い。予備動作が大きいため、余裕をもって対処すれば当たることはないだろう。

 だがこのままでは、時間がいたずらに過ぎるだけで何も解決しない。攻撃を当てるための糸口を探そうと頭をひねるが、妙案は出てこない。


 (あせ)りがじんわりと足元から這い上がってきて、僕は思わず舌打ちした。


 要は相性が悪いのだ。近接型の僕では、この魔物にダメージを入れられない。

 例えば阿羅(あら)のような魔術タイプなら、「吹き飛ばし」なんて関係ない。遠くから攻撃を当てていれば、そう苦労せずに倒すことができるだろう。


 その時、背後から茜の大声が響いた。


「吉田さん、あきらめないで! 次、もう一度出鼻を狙って下さい」

「え? でも、『吹き飛ばし』判定が――」

「私を信じて! 合図したら、出鼻を叩いて下さい。いきますよ!」


 僕は振り返らぬまま頷くと、木剣を強く両手で握った。

 盾は使わず、攻撃力を最大限高めた状態で相手にぶち込む。


 地中を潜行(せんこう)するデスワームが巻き上げる砂煙が、辺りに暗く染め上げる。太陽は(かげ)り、まるで夕暮れ時のような薄闇が僕と茜を取り巻く。


 木の芽が顔を出すように、砂山が盛り上がる。

 その周りで、何かがきらりときらめいた気がした。


 ――くる。


「まだ!」


 今にも飛び出そうとしたところで、茜の鋭い叫びが背後から突き刺さる。


 振り返ると、茜は目を見開いてデスワームがいる辺りを凝視(ぎょうし)していた。正面に突き出した両手が、時折ぶるぶると震えている。彼女のわきには、口の開いた麻袋が無造作に放ってあった。


 中身はどこへいったのか。


 いや、そんなことより、彼女は何を言ってるんだ。遅すぎる。

 ほら、もうあの巨大な体躯が、驚くような速さで飛び出して――


 こない。


「今! 行って、丈嗣(たけつぐ)君ッ!」


 考える間もなく、脚にためていた力を解き放ち、僕は一跳びでデスワームとの距離を詰めた。木剣にイメージを投影し魔物に突き立てようとしたところで、その光景の奇妙さに気づく。


 何だ、これ。


 デスワームは丁度地面から顔を出したところで、オブジェのように固まっている。

 そこに重なるようにして、いつの間にか巨大な透明の円柱がそびえていた。その中を、デスワームはゆっくりと、天に向かって昇っていく。


 眼前の光景は場違いなほど幻想的で、眼の奥にしかと焼き付けられた。


 これは――水の柱?


「丈嗣君、何してるの、早くッ」


 茜の声に我に返る。


 そうだ。今は、目の前の魔物を打ち倒す。それだけに集中するんだ。


 円柱はちょうど、デスワームと同じくらいの太さだった。薄皮一枚を(へだ)てたところに、おぞましい化け物の体表がうねっている。


 透明な円柱もろとも、僕は構えた剣でその身を切り裂いた。

 やはり、水のようだ。剣を引き抜くと、跳ねた水滴が(ほお)に当たる。


 茜がこいつを止めていてくれる間に、体力を出来るだけ削り取る。それが僕の役割だ。

 この力だっていつまでもつか分からない。彼女にばかり頼ってはいられないんだ。


 速く。

 もっと、速く。


 僕は叫び声をあげながら、肉体の限界まで剣を振るった。


******


「意外に早かったな」

「何言ってるんです。先に行きますか、普通」

「別に生きてりゃメッセージくれりゃあ良いし、死んだら死んだで待ってても無意味だろ」


 豪はそう言うと、目の前のジョッキに手を伸ばす。

 僕たち3人は、街の酒場の一席に腰を下ろしていた。もう日が落ちているから、今日はこの街に泊まることになるだろう。


 あろうことか、豪は僕たちを置き去りにして、次の街で一服していた。一言くらいメッセージを入れて置いてくれれば納得もできたが、そんなわずかながらの気遣いすらない。


 くつろいでいる顔が憎たらしかったのか、茜は彼のジョッキを見ながらわざとらしく尋ねた。


「そういえば、豪君お酒飲める歳なの」

「うるせぇ、関係ねぇだろ」


 良い機会だとばかりに、ちゃっかり僕も便乗する。


「味、分かるんですか」

「馬鹿にすんな! 『新入り』のくせに」

「だから、僕の名前は吉田丈嗣ですって」


 顔をしかめながら酒をあおる豪を見て、茜と僕は顔を見合わせて苦笑した。


 デスワームとの死闘を乗り越えて、僕と彼女の間には目に見えない絆ができつつあった。元来性格が似た者同士というのもあるのだろう。彼女といると、心の中のざわめきがぴたりと掻き消えて、()いだ湖面のような安らぎが全身に広がっていく。


「にしても、布施さんの力って便利ですね。水を操るチート能力だなんて、聞いただけでワクワクしてくる」


 彼女の脇に置かれた麻袋に目をやる。聞いた話では、あの中に大量の水を収納しているのだそうだ。何でも、「圧縮」して見た目よりもずっと多くの量を持ち運んでいるらしい。


「正確には、液体を操る(チート)ですね。でも、イメージの割には使い勝手が良くないんです」

「水を(やり)みたいに尖らせて、相手に突き立てるとかはできないんですか?」

「無理ね。そもそも、TCK内で定義されてる液体って、他のオブジェクトと全然違うの。今日やったくらいが精一杯」

「また、お得意のネバネバ攻撃使ったのか」


 豪の下卑(げび)た笑い声に、茜は顔を赤らめた。


「その言い方やめてッ」

「ミミズお化けもさぞかし気持ち良かったろうよ。うらやましい」

「すいません、何ですか、そのネバネバ攻撃って」

「吉田さんまで! その表現は誤解(ごかい)を招くので、以後禁止ですッ」


 彼女は咳払いをすると、改まった調子で説明を始める。


「今日私が作ったあの円柱です」

「? 別にネバネバなんてしてなかったですけど」


 首をかしげる僕に、豪がからかうような視線を向ける。


「それはなぁ、茜がお前のために気をつかってよぉ、ネバネバさせなかったからなんだなぁ」


 顔がうっすら赤らんでいるのを見るに、既に酔っ払い始めているらしい。


「チョッ、本当に怒るよ、豪君!」

「はいはぁい」

「それじゃ、気を取り直して……要は、あの円柱の粘性(ねんせい)を変化させたの。推進力が同じなら、粘性パラメータ値を引き上げてやると、そこを通るもののスピードは相対的に遅くなる。分かりやすく言えば、空気の中より水の中の方が、動きがゆっくりになるでしょう。

 デスワームには『吹き飛ばし』判定があるけど、判定が持続するのはコンマ数秒だけだから、出てくる時の動きを止めちゃえば、吉田さんでも近づくことができるかなって思ったんです」

「なるほど。そんな中で僕が攻撃できたのは、布施さんがそこだけ粘性を低めにコントロールしてくれたから、ってことですか」

「そういうこと」


 正直、今日の勝利は茜の力によるところが大きい。見たところ、彼女は僕とは異なり、液体ならば触れていなくても自由に動かすことができるようだ。

 あの円柱だって、デスワームの幅と寸分(すんぶん)たがわず同じだった。やつの姿を見ることができたのは、攻撃のために飛び出てくる一瞬だけ。その間に、あれほど正確に特徴を把握(はあく)して、操る水にフィードバックしたというのか。それも、砂から飛び出すあの一瞬の動きを狙って。


 ……まだ、全然足りない。

 僕ももっと強くならなくては皆の足を引っ張るばかりだ。


 決意を新たにしたところで、トロンとした瞳の豪と目が合う。


「なに、まじめなはしひてんだ、ほまえ」

「……呂律(ろれつ)、回ってませんよ」


 その後、飲みつぶれた豪を2人で宿屋に運びこみ、僕の冒険の最初の一日は終わりをつげたのだった。

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