表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気弱なチーターは現実世界に戻りたい  作者: origami063
第1章:異世界来訪編
1/87

プロローグ:白い棺桶

 長く続くその廊下(ろうか)を、僕はゆっくりと歩いていた。


 床も壁も天井も、一面白無垢(しろむく)だった。天井からつるされた蛍光灯(けいこうとう)の灯りもまっ白で、僕はその光に消毒されている気分になった。社会の隙間に落ち込んだ僕のようなクズには、きっと数多(あまた)の雑菌がこびりついていることだろう。


 どうしてこうも、卑屈(ひくつ)になったかな。


 顔に出かけた苦笑を押しとどめ、僕は足を動かし続ける。


「急いで。時間がないの」


 前を歩く白衣の女が振り返った。顔立ちは整っているが、どこか冷たい印象が(ぬぐ)えない。八の字につり上がった眉尻(まゆじり)がナイフのように尖っている。


「すいません」


 別に、謝る必要なんてないだろ。

 そんな心の声は、空気に触れることなく僕の内側にため込まれた。今まで幾度(いくど)もこうして言葉を飲み込んできた。そろそろ、一年前の言葉など腐り始めている頃かもしれない。


 足早に引率する女に合わせて歩きながら、僕はそれとなく、壁に沿って並ぶいくつものドアに視線を走らせた。


 ドアは両脇の壁に等間隔で並んでいた。それぞれのドアの間隔はほとんどない。恐らく、僕の住んでいる家賃4万3千円のボロアパートよりも狭い。


 まるで刑務所だ。いや、広さだけで言えばそれ以下かも。


 ドアには表札が取り付けられている。アルファベットと数字の並びらしい。右側に並んでいるドアに目を凝らすと、白地のプレートに黒く印字された文字が読み取れた。


 M-4、M-5、M-6...


 左側のプレートも確認しようと一度顔を正面に持っていくと、いつの間にか振り返っていた白衣の女と目が合った。


「急いでとさっきお願いしたはずだけど」


 言葉の裏に、これ以上の詮索(せんさく)はするなという意思を読み取り、僕は目をそらすと小さく(うなず)いた。


 それから、どれほど歩いただろうか。どこまでも続く廊下に、僕の遠近感が麻痺し始めた頃、女はようやく立ち止まった。その脇にある右側のドアを開けると、彼女は僕に入るよう(うなが)した。


 案の定、部屋の中はひどく狭かった。

 シングルベッドが一脚、その脇に見たこともないような電子機器が()え付けられている。それだけの部屋だった。


 これじゃ刑務所というより、棺桶(かんおけ)に近い。


 女に指示されるままにベッドに横たわると、意外なことに寝心地はひどく良かった。低反発素材と言うのだろうか。試しに手で押してみると、くっきりと手形の跡が残った。


 そんな他愛(たあい)ないことで緊張を(まぎ)らわせている間に、女は手際よく準備を進めていく。僕の体に様々なチューブやら何やらを取り付けて、時折モニタに映し出された数字やらグラフやらを確認している。


「怖い?」


 思いがけず優しい言葉が降ってきて、僕は女を見上げた。彼女は先ほどとは打って変わって柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべていた。


「...正直、不安です」

「でしょうね。でも大丈夫。事前に説明があった通りよ。安全だから」

「頭では分かってるつもりなんですが、身体が言うことを聞かないんです。今だって、ほら、こんなにも心臓がばくばくいってる」

「大丈夫。リラックスして。緊張してると、上手くいくものもいかなくなってしまう」


 女は何度も大丈夫とささやいたが、結局僕の心臓は最後まで鳴り止まなかった。


 そして、遂にその時がきた。


「じゃあ、いくわよ。目を閉じて、リラックスして」


 女がキーボードで何か打ち込むと、電子機器が静かに(うな)り始めた。僕は目を閉じて、大きく深呼吸をした。


 大丈夫だ。大丈夫。

 リラックスできる。落ち着いて。

 1ヶ月間、楽しい世界で遊ぶだけさ。


「それじゃ、良い旅を」


 その言葉は、果たして本当に女が漏らしたものだったのか。それとも、僕の頭が作り出した幻聴(げんちょう)だったのか。


 判然としないままに、僕の意識はふつりと途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ