第三話 ほうかごのおんなのこ 後編
外は夕焼け空が眩しく、窓から射すオレンジ色の中を歩いていく。
遠くから響き渡る穏やかなメロディが、俺の体中に溶け込んで、窓から見える、町の景色や、仲の良い友達同士で下校しているその後ろ姿や、カップルで楽しそうに会話するその姿まで、
すべての時間が、スローペースに流れていく。
俺の瞳から映し出されるその映像はまるで、映画のワンシーンのように美しい。
俺はぼんやりと物思いに耽っている間に、いつの間にか自分のクラスの前にいた。
俺は教室に入ろうとしたが、その一歩手前で足を止めた。
そこには――夕焼けに染まった教室の、一番奥の机に座って、ほおずえをつきながら窓を眺めている一人の少女がいた。
制服を着ているその少女の――ふっくらとしたほっぺ、華奢な体、サラサラな髪――まるで、どこかの童話の妖精のように、美しかった。
ガラスのように傷付きやすそうな美しさだった。
その全ての映像がオレンジ色を纏って、俺の目に焼き付いた。
しばらくの間、うっすらとした意識の中で、立ちすくんで彼女を見つめていた。
ヒュー
突然横から吹いた微風で、俺はヨロヨロふらつく。
その足音に気付いた彼女は俺の方を振り向いた。
あわてて俺は体を起こし、彼女に微笑む。
彼女はクリクリっとした目で俺の事をじっと見つめている。
窓から射す光で輝くその少女の瞳は、俺よりも遥かに研ぎ澄まされた感性を持っているような・・・そして、これ以上近付いてはいけないような・・・不思議な感覚に包まれた。
「あ・・・あのぉ・・・」
彼女の高くてか細い声が聞こえる。
俺の意識はパッと現実に戻った。
「いや、えっと・・・何眺めてたのかな?・・・と思って。」
「え・・・?私ですか?」
「うんうんそうそう。」
「その・・・綺麗だったから・・・」
「それだけ?」
「え・・?あっ、はい・・・」
彼女の声は本当に小さく、すぐに外の喧噪にかき消される。
俺は意を決して彼女の方に近付いた。
彼女の顔は一瞬強張っているようにも見えた。
「俺も一緒に見ていい?」
彼女の席の目の前まで来てそう聞く。
「えっ・・・?」
「綺麗だよね?」
俺は窓の景色を指差す。
「あ・・うん。」
彼女はかなり怯えているようにも見えたが、視線を俺から窓側へゆっくりと変えた。
彼女から感じるのは、うっすらと彼女を包んでいる不思議なオーラ――それは、サラサラした髪から香る甘いシャンプーに匂いのせいかもしれない。
「何組の子?」
「あ・・・えっと、3組です・・・。」
「へぇ〜、俺1組だから、ヨロシクね!」
「は・・・はい。」
ニコッと俺を見て微笑む彼女。
一つ一つの繊細な仕草に、俺の胸は高鳴る一方だ。
それは単純に好きになったとか一目惚れをしたといった言葉でまとめられるのとは、ちょっと違う感覚だ。そんな事を思いながら、2人でじっと窓を眺める
ふと、窓の向こうから黒くて大きな蝶々が俺達2人の近くへ飛んできた。
「あ・・・チョウ。」
「うわ〜珍しいな・・。」
「うん・・・」
窓から入ったその黒い蝶々は彼女の左手の上にゆっくりと止まり、羽を休ませる。
その鮮やかな光景に俺も彼女もびっくりしている。
「きれいだね・・。」
彼女はそう言って、右手で蝶々の羽に触れてみる。
そこには2人だけの優しくて穏やかな時間が、静かに流れていた。
俺はそっと彼女の右手を握った。
彼女はびっくりしてこっちを見る。
俺も彼女を真剣に見つめた。
すると、彼女のほっぺが少しだけ赤く色づいた。
俺はさらに彼女に顔を近づけようとした。
その時だ。
全く意識してなかった俺の左側から、いきなりドデカイ対象物が俺の体中に次々とぶち当たり、
俺はそのまま窓に飛び出しそうな勢いで、壁に全身を強打した。
その時間は一秒にも満たかった。
「イタタタタタ・・・」
頭がクラクラする。
「ミキ、大丈夫!?」
こっちへ向かってくるもう一人の少女――俺に連続で椅子やら机やらを殺人的に投げ込んだ人物に間違いない――が走ってきた。
「あ、あの・・大丈夫ですか!」
ミキ――さっきまでの幸せな時間を共有していた女の子が、机と椅子に塞がれ身動きができない俺を心配そうな顔で見ている。
「大丈夫だよ・・多分。」
そう言って微笑んだのもつかの間、殺人鬼のような顔でこっちに向かってくる女の子。
「アンタ、最っ低な男ね!無防備な女の子を襲うなんて!」
この女の勘違いもはなはなしいが、何を言っても分かってくれそうにない。
「ねぇサヤカ聞いて、そんなんじゃないの!」
サヤカ――殺人鬼にミキは必死に弁解するが、サヤカの怒りは全くおさまらないらしく、
更にそこら中の机や椅子を俺に向かって投げ込んだ。
「いい加減にしなさい!このストーカー! ミキ早く逃げるわよ!」
そう言ってミキを引っ張ってと足早に去って行った。
「お、おーい!ちょっと待てよ!」
俺はといえば・・・椅子と机に囲まれ、また体中がやられ、全く動けないままだった