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ネガティブ男子と下僕的な彼女  作者: 進撃のマシュマロ
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17話

 その日は唐突に訪れた。

 ……いや違うか。これまでそれを察する機会はいくらでもあったのだ。ただ僕は、僕達はその日を迎えるまで、遂にそれを察する事はなかったのだ。


「ええと、佐久間さんの曲はできれば七月半ば、遅くても七月中には終わらせて欲しい」

 いつもの部室。今日は花宮さんが用事があるとかで、まだその姿はない。

「えっ、そんなに早く?」

「すまない。でも声を収録す時間を考えると、このくらいが限度なんだ。もちろん声なしでもいいと言うのであれば話は別だけど?」

「う……」

 佐久間さんは言葉を詰まらせる。今佐久間さんにはBGMの作曲をやってもらっているが、彼女の本来の領分は声である。

 声を入れないままゲームが完成してしまうのは、彼女としても不本意なはずだ。

「わ……分かった。何とか間に合わせる」

「うん、よろしく頼む」

 僕と佐久間さんがそんな会話を交わしていた時の事である。

 突然部室のドアが開け放たれたかと思うと、そこには僕らオタ研メンバーと因縁浅からぬ、ある人物の姿があった。

「か……会長!?」

 そう、僕らと因縁のある相手なんて彼女くらいしかいない。

 会長は怪訝そうな顔で中の様子を窺う。会長の登場に呆気に取られていた僕ら三人、会長の背後にもう一人、僕らの良く知る人物の姿を見付けたのは、そんな時であった。

「ほらお姉ちゃん、いつまでもそんなとこに突っ立ってないで早く入って」

 後から現れた花宮さんは、そう言って会長の背中を押した。

「ちょ、ちょっとカノ!」

 押されてよろめいた会長が、そのまま敷居を跨ぐ。

 部室に片足突っ込んだ事で逆に踏ん切りがついたのか、会長は諦めたようにそこから更に進み出た。そのすぐ後に花宮さんも続く。

 会長の隣に並んだ花宮さんは、一度部室を見回すと、何か見せものでも始めるかのように丁寧に頭を下げた。

「ええと、部室の件ではお姉ちゃんが大変ご迷惑をおかけしました。お詫びにオタ研のゲーム制作を手伝ってくれるそうなので、ここに召喚しました。よろしくお願いします」

「なん……だと……?」

 会長が手伝いに来た? つまり花宮さんの言う助っ人とは会長の事だったのか?

 確かに優秀な人だが、しかしこれでは……。

 そんな僕の動揺をよそに、次は会長が、

「先の一件ではご迷惑をおかけしました。お詫びにゲーム制作を手伝わせて貰いますので、どうか宜しく願いします」

 と言って頭を下げた。

 花宮さん一人の暴走かとも思ったが、会長がはっきりそう口にする以上会長本人も合意の上なのだろう。

 しかし謝罪の言葉を口にする会長は、さっきから一度も僕に視線を合わせない。まるで見たら目が穢れるとでも言わんばかりである。

(いやでもある意味当然か。まず見た目が最悪な上に、会長に対しては花宮さんをネタにして脅したようなものだからな……)

 きっと会長は僕の事を、『最低最悪のクズ野郎』と思っているに違いない。そしてそれは、多分そう間違ってもいない。

(だ、大丈夫かな……?)

 僕らのゲーム制作が早くも暗礁に乗り上げたのは言うまでもない。

 しかしだからこそ分からない。会長は一体どういうつもりなんだろう。本当に悪かったと思っているのか、或いはなんだかんだ言って妹には弱いのか。

 状況に追いつけないのは佐久間さんと吉川さんも同様だったのか、会長が挨拶を終えた後もぽかんと口を開けていた二人。

 そんな二人をよそに、花宮さんだけが何処か楽しげにメンバーを紹介していく。

「えっと、向かって左手前にいるのが佐久間さん。制作では音楽を担当してもらっています。次に左手奥にいるのが吉川さん。このオタ研の部長で、制作ではイラストを担当してもらっています。お姉ちゃんの席はそこから更に左奥の予定です。そして――」

 花宮さんの紹介で遂に僕の番が来た訳だが、そこでようやく会長は僕に視線を合わせる事となった。

(こわっ)

 睨んでいる。物凄く睨まれている。少し間の僕なら喜んだであろう状況だが、――いや睨まれるのを喜んだと言う意味ではなく――今はもうその時とは違う。

 会長の中での僕は、妹を下僕扱いしていいように利用する極悪人なのだ。無理もない。

(あれっ、会長の中でと言うか……そのもの?)

 深く考えないようにしよう。

「そして右手奥にいるのがシュン様。カノの大切な人です。監督をやってもらっています」

 最後に僕の事をそんな風に紹介する。

(いや、大切な人の(くだり)は別にいらなかったよね?)

 花宮さんは会長が僕を嫌っている事を知らないのだろうか? 知っていればそもそも会長を助っ人として呼ばないし、今のような紹介もしないだろう。知らなさそうではある。

「えっと、お姉ちゃんにはスクリプト? って言うのをやってもらうみたい。カノには良く分からないから、詳しい説明はシュン様から聞いてね」

 そしてこれである。まあ花宮さんがスクリプトを知っている訳はないから当然なのだが。

「…………じ、じゃあ俺から作業の指示を出すよ。会長、自分用のノートPC持ってる?」

「……持っていますが」

 とりあえず無視されると言う事はなさそうだ。相変わらず敵愾心剥き出しだけど。

「それなら今日のところは俺のPCを貸すから、次から自分のPCを持って来て欲しい。いいかな」

「理解しました。ですがその前に、作るゲームの仕様書はきちんと作っていますか?」

「えっ?」

 仕様書とは何だろう。名前の通り仕様について書かれた本の事なのか?

「ええと……作ってない、な」

 僕が正直に答えると、会長はやれやれと肩をすくめる。

「作ってない? それでは話になりませんね。事前にノベルゲームとスクリプトについて調べて来ましたが、前もってどのシーンで何という名前の何のデータを使用するかが分かっていなければ、とてもスクリプトなんて組めません。もしくは二度手間三度手間になってしまいます」

 静かな口調だった。けれども会長の言葉には、確かな筋と、そして刺があった。

「生憎私も暇ではないの。そんな状態で私の手を煩わせないで」

 悔しいが会長の言っていることは正論だ。無から有を作り出す他の三人とは違って、スクリプトの内容はいわばデータ同士の橋渡しである。

 最低でもデータの名前とゲームの動きくらいは分かっていないとどうしようもない。

 僕が二の句が継げずにいると会長は、

「それじゃあカノ、今日の所は先に帰ってるわ。準備が出来たら呼んでちょうだい」

 そう言って立ち竦む僕らをよそに、さっさと部室を出ていってしまうのであった。

 その際きっちりドアを閉めていく所が会長らしいような気がしないでもない。


「な……何アレ?」

 会長の足音が遠くなったころ、不意に佐久間さんが口を開く。

「えっと、前から話してた助っ人だけど……?」

 そう返す花宮さんは、多分佐久間さんの言葉の意味を理解していない。

「そうじゃなくて! なんでよりによって会長なの!? 忘れたの? あの人はあたしらの部室を……!」

 会長に対する怒りを、佐久間さんはそのまま花宮さんに向けている。

 予想外の反応だったのか、花宮さんの表情には驚きの色があった。

「その……ごめん、そんなつもりじゃ。ただみんなとお姉ちゃんには仲直りして欲しかったし、お詫びを兼ねて一緒にゲームを作れば打ち解けられるかな、って」

 そう言えばあの時でさえ花宮さんは、会長の事は別に嫌いじゃないと言っていた。

 花宮さんにしてみれば、むしろ僕らと会長が仲良くなれない訳が無いと言った感じなのだろう。その考えも分からなくもないが……。

(事前に助っ人が会長であることくらいは言っておいて欲しかったかもなぁ)

 いきなり因縁のある相手を連れて来られたら、そりゃ佐久間さんのような反応をする人がいてもおかしくはない。

「それはいいけど、気付いてた? 会長ずっとシュン君を睨んでたよ? 会長と直接交渉したシュン君に対して一番風当たりが強くなるって想像付かなかった?」

「それは……でもそれはお互い誤解があったからで、一緒に仕事をすればきっと……」

「そのやり方が問題なの!」

 会長の登場で徐々にヒートアップしていく佐久間さん。

 佐久間さんが何に対して憤っているのかは不明だけど、僕の名前が出た以上は僕が仲裁に入るべきだろう。

 僕の事で怒ってくれているのならそれはありがたい事だけど、だからと言って二人が言い争う姿なんて見たくはない。

「まあ待て二人共。謝罪に来たはずの会長の態度は確かに気になったけど、言ってる事は正論だ。とりあえず言われた通りに仕様書とやらを作ってみるよ。それと佐久間さん、会長が俺を恨んでる事は気にするな。相応の事をしてしまったのは事実だし、覚悟もしてた」

「シュン君……」

 僕が間に入った事で、佐久間さんの怒りも空気の抜けた風船のように収まったようだ。すぐにいつもの佐久間さんの顔になった。

「全く、人がいいんだか悪いんだか分からないわね」

 そう言って諦めたように溜息をつくと、彼女は再び作業に戻っていった。

 そのタイミングを見計らっていたのだろう。背後から、

「シュン様……」

 という言葉を聞き、僕は振り返る。

「……ん?」

 僕を様付け呼びする人なんて、世界広しと言えどたった一人しかいない。僕が振り向いた先には、俯く花宮さんの姿があった。

「どうしたカノ?」

 一緒にいる理由はともかく、僕と花宮さんが一緒に行動するようになって結構経つ。

 今更僕に遠慮なんてするはずもなく、つまりは今の花宮さんの引っ込み思案な態度には相応の理由があるものと思われた。

「その……ごめんなさい!」

 そう言って花宮さんは、両手を揃えて深々と頭を下げた。

「どうしたカノ、何で謝ったんだ?」

 いや、会話の流れから何となく察してはいるが、それをアテにして動く訳にもいかない。

「カノ、シュン様の気持ちなんて何も考えてなくて、ただ一緒にゲームを作ればお互いに誤解も解けて仲良く出来るのかなって思ってて、それでシュン様に嫌な思いをさせてしまいました。今アイちゃんに言われてようやく気付きました。ごめんなさい!」

 俯いたまま彼女はそう弁明する。

 謝罪の内容は予想通り。花宮さんは謝罪したが、よく考えると花宮さんの行動もそうおかしな事でもない。

「……会長の事、みんなに知って欲しかったんだよな?」

「えっ?」

 そう、部室を取り返せたのは、偏に会長が花宮さんを大切に思っていたからに他ならない。そうでなければ会長には勝てなかった。

 加えてあの時の花宮さんでさえ、会長に対して怒ってはいても嫌ってはいなかった。つまりはそう言う事なのだろう。

「会長の発言も確かにその通りなんだよ。……まあ事前に言っておいて欲しかったって言うのも事実だけどね」

「シュン様……」

「とにかくまだ時間はある。みんな作業にも慣れてきたみたいだし、俺はその仕様書作りとやらをやってみるよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 そう、会長の登場には驚かされたが、その指摘は至極真っ当なものだ。

 仕様書とやらについてはまだ漠然としたイメージしかないが、やれるだけの事はやっておこう。


「ええと、最初に開くのがタイトル画面で、作りはオーソドックスに『初めから』『続きから』『おまけ』『終了』から選べて、画像ファイル名は『title』でいいかな。曲は当然メインテーマで…………あれっ、この曲って作曲依頼出してたっけ?」

 と言う訳で早速仕様書の作成に入った訳だが、実の所仕様書がどういうものなのか未だによく分かってはいない。

 いないが、場面やシーンごとに必要なデータをまとめた資料はスクリプト担当でなくとも必要と考え、作成に至っている。

「佐久間さん、作曲依頼のリストの中に主題曲って入ってる?」

「メインテーマの事? それなら入ってるけど?」

「そうか、それならいいんだ。ありがとう」

 作曲依頼はしていたようだ。まずは一安心。

 だけど良く考えたら、依頼した曲のファイル名までは指定していない。つまりは後でリネームが必要になると言う事だ。

「なあ佐久間さん、後で曲のファイル名を指定したリストを渡すから、一度この前渡した作曲依頼のリストを返してくれないか?」

 各ファイル名はまだ考えてないけど、曲のコンセプトから決めていった方が早いか。

「ファイル名の指定? 曲名じゃダメなの?」

「だな。作った君には曲名と中身とそのイメージが全部一致してるんだろうけど、俺達にとってはそうじゃない。どの曲名にどこで使用する曲が入ってるのかが分からない。だから最初にファイル名を決めてリスト化する。もっと言うと、ファイル名から使う場面が分かるなら更にいい」

 分かったのか分かっていないのか、納得したのかしないのか。佐久間さんの反応はどこか上の空であった。とにかく指示通りにやってくれたらそれでいいのだが、

「まあいい、とにかくリストは預かっておくよ」

「う、うん」


 さてそうして作曲依頼リストを入手してしまった訳だが、とりあえず絶対に必要になるであろう曲を数曲依頼しただけで、その数自体は決して多くない。

「最初にタイトル画面。文字だけじゃ分かり辛いし、画面のレイアウトも描いておくか」

 ノート一ページの上半分に大きな枠を描き、その中の中央上側に『タイトル』、中央下寄りに『初めから』『続きから』『おまけ』『終了』の順に書き込んでいく。

「使う曲のファイル名は『main』でいいか。そして使う画像ファイル名は『title』」

 ちなみに今吉川さんにはキャラクターの立ち絵から入ってもらっており、背景やタイトル画面は手つかずの状態である。

「タイトル画面はこんなもんか。次に遷移先。『終了』はそのまま終了でいいし、『おまけの画面は次のページから描くとして……あれっ、『設定』画面も入れた方がいいのか?」

 入れるなら当然設定画面のレイアウトも必要になる。そしてそれは僕の役目である。

(なんだかやる事がどんどん増えていってる気がするなぁ……、気のせいか?)

 単に見通しを誤ったと言えばそうなのだが。

(と、とりあえず先に作曲依頼を出してる曲のファイル名を決めてしまおう。次に背景とイベント画像のリストとファイル名。これでとりあえず二人の作業が滞る事はない)

 頭をかきむしりながらも、やるべき事に優先順位を付けていく。

 はたしてそれが正しいのかはまだ分からない。分からないが、僕らのゲーム制作が前途多難である事だけは確かなようだ。

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