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ネガティブ男子と下僕的な彼女  作者: 進撃のマシュマロ
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プロローグ

「初めて会ったときから好きでした! カノと付き合って下さい!」


 言ってその少女はぺこりと頭を下げる。

 桜も散って入学式ムードも下火となった五月の上旬。手紙で呼び出された体育館の裏で、僕は彼女にそんなことを言われた。

 目の前の少女の容姿を確認してみる。

よく知らない子だ。同じクラスだけどまだ話した事はない。身長は低めだが、セミロングの艶やかな髪質に整った容貌、そして綺麗な肌。見た目の印象は地味目だが、さながら磨くまでもなく光っているダイヤの原石といったところか。

 何気に胸も結構あるようで、正直な所、モロにタイプだ。付き合えるものなら正直こちらからお願いしたいくらいである。

 でもここまで読んでリア充爆発しろとか思った人もいるだろうが、世の中そんなに甘くないんだ、残念ながら。何を隠そう僕は超絶ブサイクなのである。おまけに根暗でオタクだ。

 じゃあこの状況は一体何なのかと言うと、僕があまりにもブサイクすぎて、いつの頃からか女子の間で罰ゲームと称して僕に告白させる遊び……というかイジメが流行し出したのである。

 現にほら、あまりの嫌悪感に目の前の少女も少し震えているじゃないか。

 明るくて社交的な印象の子だったのに、僕に告白させられるくらいイジメられていたなんて、正直意外と言うか可哀想と言うか……。とにかくもしここで僕がOKでもしようものなら、却って彼女を苦しめてしまうのは明白である。名残惜しいけど、こんなに可愛い子に告白された経験が出来ただけでも良しとしないと。

 そう考えた僕は、意を決して告白に応えた。


「悪いな。俺、もっと背が高くて筋肉がある子がタイプなんだ」


 僕みたいなブサイクに告白したあげくにフられるなんて可哀想ではあるが、それでもOKされるよりはマシなハズである。

 少々心が痛んだが、ここは心を鬼にして、僕は彼女の反応を窺った。

 きっとフられた事で、これ幸いとすぐに去っていくものとばかり思っていたけど、っていうか実際に過去に告白して来た子はみんなそうだったけど、今回のこの子は違っていた。

 停止、その表現が最も的確だろう。事実少女の表情からは何の感情も読み取れない。

 沈黙が流れた。

 逃げるでも手の平を返すでもなく、ただ停止していた少女だったが、時間の経過と共に少しずつ瞳に涙を滲ませ始めた。

(えっ、うそ、何で泣くんだ!?)

 涙の理由が理解できない。とは言えフった手前優しい言葉をかけてあげる訳にもいかず、僕はその場から逃げだそうと踵を返す。

 背後から制服を引っ張られる感覚に気付いたのは、その直後の事である。

 言わずもがな、今この場でそんな事が出来るのは、背後にいる少女しかいない。


「……待って」

 少女は左手で上着の裾を掴みながら、右手で自身の涙を拭う。

「まだ何かあるのか?」

 振り返りつつ、僕はそう尋ねた。

「伸ばすから。福山君の理想の女の子になれるように頑張るから。体だって鍛えるから。だからそれまで時間をちょうだい。……お願い」

 ムチャクチャである。筋肉はともかく身長なんて、そんなに簡単に伸ばせたら苦労はしない。

 しかし裏を返せば、それだけ少女は必死と言う事でもあり……。

(どう言う事だよ、僕に告白する事自体が目的だったんじゃないのか? でもここまで喰い下がるって事は多分、僕と本当に付き合う事が目的……なのか?)

 彼女の行動から察するに、それしか考えられない。

(高校生にもなればイジメも多少はマシになるかと思ってたけど、むしろ中学の時より酷いなこれ。僕みたいなブサイクと本当に交際させるなんて、陰湿どころの話じゃないぞ?)

 とは言え現状、彼女にとってどちらに転んでも地獄でしかない。こんなに可愛い子が必死でお願いしているのだから、叶えてあげたいとは思うのだが……。

(結局僕と付き合うのと、それに失敗して余計にイジメられるのとどっちがマシかって話だよな。それならいっそ彼女自身に判断させるのが妥当かもしれないな)

 そう考えた僕は、少女の真意を問う為に、ゆっくりと右足を前に出した。


「……舐めろ」


「えっ!?」


「二度言わせるな。舐めろ」


 僕は重ねて少女にそう要求する。

(ああ、やっぱりドン引きされてる……)

 靴を舐める屈辱に耐えられるのであれば、僕と付き合う屈辱にも多分耐えられる。そう考えての要求であった。しかし改めて考えてみると、もう少しマイルドな要求でもよかったような気がしないでもない。

 とは言えやってしまったものは仕方が無い。僕としてはこれで少女が諦めてくれる事を期待していたのだが。

「じ……冗談、ですよね……?」

 恐る恐る、少女が問う。

「そう思うんならやめておけ。俺は別にどっちでも構わないぞ」

 引き下がってくれる事を期待していたのだが、何故だか少女は考え込むように静止する。

 再び沈黙が続いた。

 そしてしばらくの後、少女が口を開く。

「舐めれば……カノと付き合ってくれるんですね?」

 と。

(えっ、もしかして舐める気なの? イジメどんだけ酷いんだよ)

 今度は僕がドン引きする番であった。

 しかし自分で言っておいて何だが、こんな子に靴を舐めさせるわけにはいかない。僕は高速で頭を回転させ、とあるアイデアに辿り着く。

「誰がそんな事を言った? キレイに舐められればお前の要求通りに猶予をやろうと言っているだけだ。期間は……そうだな、一年としておこう。そしてその間、お前は下僕として俺に仕えろ」

「そ、そんな……!?」

「俺の貴重な一年をお前に貸してやろうと言っているんだ。妥当な提案だと思うがな」

 表面的にはそんな事を言いつつ、内心は、

(そうだよ、こんな要求全然割に合わないだろ。イジメがよっぽど酷いものでもない限りこんな要求飲む意味が無い。だから頼む、断わってくれ!)

 と、必死で願っていたのは言うまでもない。

 三度沈黙。逡巡の末に口を開いた少女は、


「……わかり……ました」


 躊躇いながらもそう言うと、その場で静かに両膝を突く。

(…………まじで?)

 一体何が彼女をそうさせるのか。少女はゆっくりと僕の靴に顔を近付け、学校指定の茶色い革靴に舌を這わせ始めた。

「……んっ…………ぐっ……」

 かすかに吐息を漏らしながら、少女は丹念に靴の表面をなぞっていく。

 靴下越しに、吐息の熱が僕の足をくすぐった。

(なんか、エロいな……)

 再び瞳に涙を滲ませながらも、僕のふくらはぎに手を回して懸命に舐め取っていく少女。

 その後、やがて靴を舐め終えた少女は、そこからゆらりと立ち上がる。

「これで……いいですか?」

 行為の後なだけに正面から僕の顔を見れないのか、わずかに視線を逸らしながら言う。

(ホントに舐めちゃったよ……)

 自分から言い出しておいて何だけど、少女のそんな行動にドン引きする。とはいえ約束は約束である。

 というか超絶ブサイクな僕の下僕という立場ではあるが、僕と一緒に行動する事によって少女をイジメから守ってあげる事も出来るかもしれない。考えようによってはそんなに悪い話でもない、ような気がした。

「……いいだろう。これから一年、お前を下僕としてこき使ってやる」

「やった!!」

 下僕としてこき使われる事の一体何がそんなにうれしいのか。少女は未だ涙の残る笑顔でガッツポーズをした。

「そういえば自己紹介がまだだったな。既に知っているだろうが、俺は福山瞬。お前の名前は?」

 僕が尋ねると、

「ええと、カノは花宮香乃って言います。不束者ですが、これからよろしくお願いします」

 花宮香乃と名乗った少女は、両手を揃えて深々と頭を下げた。

(あれっ、何でこんな事になったんだっけ?)

 分からない。分からないけど、花宮さんは喜んでいるみたいだし、これでよかったんだろう、多分。

 一つだけ確実に言える事は、これまで全く女の子に縁のなかった僕の人生に、一筋の光が射したという事だろうか。この際理由や経緯や実情には目をつぶるとして。



 高校一年の春、僕と花宮さんの奇妙な関係は、こうして始まったのであった。

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