大切なフタ
作:影峰柚子
卒業式ということで、短いエッセイを書いてみました。
基本的に過去は忘れるようにしているので、ざっくりとした感じのエッセイになっています。
先日、卒業式を迎えた。
卒業式を特別素晴らしい日だと思ったことはないが、大切な日であるとは思っている。
例えるなら、蓋。そう、フタ。
入学式でもらった容器に思い出を詰め、最後に蓋をする。
中身はそれぞれ違うが、最初と最後は同じものを得て去って行く。
だから大切な日であると思えるのだ。
つい最近の思い出を語るのもいいが、少し時を遡って、数年前の卒業式について話そうと思う。
この時期になると、ニュースや新聞でよく目にするようになった東日本大震災。
それが起きたのは2011年の3月11日。
今から6年前に起こった震災だ。
ちょうど卒業式シーズンに起こったわけだが、その時私が何をしていたのか、少し思い出してみようと思う。
その日は学校に行っていて、卒業式を一週間前に控えていた。
いつも通り登校して、いつも通り授業を受けて、いつも通り遊んで、いや、
いつも通りであったかどうかを正確に覚えているわけではない。
ただ、震災以外に事件がなかったということは覚えている。
帰りの仕度をしていたとき、揺れを感じて、ふざけながらも机の下へと潜り込んだ。
最近地震が多かったから、特に気にしていなかったのだ。
ことの大きさを知ったのは校庭に避難し終わってからだったが、それでもまだ
あんな恐ろしいことが起きているだなんて思いもしなかった。
私は比較的落ち着いていたと思う。友達に上着を貸したり、先生の元へ行って
傘の配布を手伝ったり(その日は雪が降った)と動き回っていたことを覚えている。
そのあと、親が来た子から帰って行ったり、残された子は別の場所へ避難したりした。
私は後者だった。先生と一緒に町の大きなスポーツセンターに避難して親を待った。
徐々に日が落ちて、暗くなってくると、明るく考えていた脳裏に嫌な考えが浮かび出し
不安がこみ上げ、ただひたすらに願うことしかできなくなっていた。
親が来てやっと、安心することができたが、そのあと聞かされた事実は
数年後に実際自分で見るまでは実感が湧かないことだった。
自分の家が流された。
そのこと自体が悲しかったわけではないのだが、家がなくなるほどの津波が来たということが怖かった。
そのあとは無事に避難し、まあ、色々と大変なことはあったが、今は裕福に暮らすに至っている。
胸を張って幸せだと言える生活を送っている。
幸せを自覚できるのは素晴らしいことだと思う。
6年経った今でも、あの日のことを引きずっている人だっているのかもしれない。
私はただ、運が良かった、それだけなのだ。
話を卒業式へと戻そう。
話した通り、震災は卒業式の前にやって来た。
つまり、卒業できなかったのだ。思い出にフタをすることができなかった。
だからずっと、私はその過去にしがみつき、前に中々進めなかったのだと思う。
今ではもう町のこともよく思い出せないが、それでもたまに帰りたいと思う。
だが、私は前に進めている。新しい自分を求めている。
人生は思ったより早く過ぎて行くのだと、この間の卒業式で実感した。
ならば、今この瞬間こそを生きて行くしかないのだと今は思っている。
こうした全ての経験を振り返ってみると、やはりあのつまらなく長い
堅苦しい卒業式という式は、素晴らしいものなのだと言える。
いつかこの人生を卒業するその日まで、私は前に進もうと思う。