其の4 第六天魔王
「一益、老体に鞭打ったろう。ご苦労だった」
「殿、須佐の大体の全容は掴めましてございます」
「話を聞こう」
一益は、多羅尾光俊から聞いたこと、甲賀の立場などを得々と説明した。
「うぅ~~~ん・・・」信長は考え込んだ。
「現人の軍団・・・多羅尾光俊はそんな情報をよく知っているな。伊賀の秘密主義は徹底していたと云うぞ」
「其処が衆を預かる光俊殿なのだと思います。常に神経を尖らせているのでしょう。私なぞは、まるで知りませんでした」
一益は、屋敷で家臣と大名の違いを解いたりもした。「鶴と雀の講釈」である。
「殿、どうされます?」
「無論、須佐など殲滅させるさ。一益、儂は天皇を畏れているか?」
「殿は仏教も神道も畏れてなどいないでしょう」
「そうだ。何が宗教だ。何が王侯だ!一益、儂は何だ?」
「第六天魔王・・・・」
「そうだ。わははっっは」
一益は気付いた。心で思った。「殿は自らを魔だと称しているではないか!」
○第六天魔王=第六天魔王波旬(はじゅん=悪魔)
仏道修行を妨げる魔のことである。釈迦の涅槃時に表れたとされる。
「弥助、酒を持って来い!」
弥助とは、信長に常に付き従う黒人の家来だ。
「一益、儂は世界を視ているぞ。上野國など小さい、小さい。お前には将来、亜細亜の國一つをやる」
「亜細亜?!殿は毛唐をも平定しますか?」
「猿めは、近々明に派遣するぞ」
「み!明(現中国)?!!」
「お前は南が善かろう。暖かいそうだからな」
「はは!」
「其の前に須佐一族とやらを片付けよう」
「殿!須佐を侮ってはいけませんぞ!奴らの術は人間業では無い!」
「わかっておる。饗談を集めて、出雲の須佐部落に向かわせる」
「饗談は何人程ですか?」
「百人程を考えている、小さな部落だと云うではないか」
「わたしめも行きます」
「一益、お前は甲賀から帰ったばかりだ。無理をするな」
「須佐を此の眼で視てみたいのです」
「やめろ、饗談だけで善い。儂はお前の身体を気遣って云っている」
「其のお言葉、有り難き幸せ。・・・ですが、行きます」
「お前には他に頼みがある。残れ」
「御意」
「本能寺の変」の数ヶ月前、一益が上野國主に選ばれた時、彼は五十八歳だった。信長は草深い遠国に送るを気に病み、秘蔵の名馬を贈って「此の馬で入国せよ」と気遣った。側近さえ信用しない信長から厚く信頼された、数少ない人物の一人である。
「出雲か・・・遠いな」
饗談は体力が豪気だ。山道でも昼夜走り通す。一益が居ては足手まといだ。ましてや出雲への遠路。
一益は思った。
「情報活動屋・・・と、云うより忍びの殺し屋集団だ。あまり近づかない方が善いか。殿は一気に邪魔者を粉砕する気だ・・・しかし・・・」一抹の不安も持った。
其の後、饗談が出雲に向かったと知らせが入った。
「部落ごと焼き討ち、皆殺しだろう。殿はやることが早い。決断が早いし、次に思いも寄らない事を考えている。一種の天才だ。・・・南蛮の征服、そんなことも考えているのか?・・・まてよ・・・」一益は考えている。
「織田一派が異國に出兵すると云うことは、此の國は織田が統一せねばなるまい。同盟大名はどうだ?世迷い言と取るだろうし、兵が分散されるのを視るだろう。其処を突いて来る輩が出る。特に家康だ!奴は何を仕出かすか?殿は家康は邪魔だ・・・とするに違いない。もしかしたら猿(羽柴秀吉)も危ういか?」
信長の後は家康か秀吉・・・時代がそんな噂を流していた。
「そんなことがあれば、誰に命(めい~命令)を出す?・・・光秀か?・・・家康を光秀に殺らせるだろう、其の先は御門さえも・・・」
一益は信長が恐ろしくなって来た。
「仏教も神道も粉砕する気か?其の代わりに西洋の基督教を崇める?・・・・」
信長が基督教を奨励したのは、政からである。其の裏では西洋人が宗教を蔓延させてから、軍隊を派遣して日本を属国扱いにすることなど読んでいた。信長は読めない。仏教粉砕などと云うが寺を建立したりもしている。
1週間程で饗談の一人が安土城に帰って来た。全身傷だらけ、ふらふらである。
「伝令!で、伝令ーーー!」
「どうした?!お前一人か?」
「全滅!饗談・・・全滅なり!」と、云い、其の場に倒れ伏した。
「誰か!誰かーーー!此の者を城内に運べ!手当を!」
其のことは直ぐさま信長に知らせが入った。
「饗談が全滅だと!」
一変、空が俄にかき曇り始め、雷鳴が鳴り響いて来た。風も吹いて来た。
ごろごろ・・・・
「おい、あれは何だ?」
見張りたちが空を見上げた。黒いものが固まりで落ちて来る。
ヒューーーン、ヒューーーン、ばらばらばら。
「うわああああ!矢だ!でかい手裏剣も混ざってるぞ!」
安土城は山城である。目賀田山(現安土山)と云う小山に建てた。其の目賀田山一体だけを狙って真上から大量の矢と槍、手裏剣が降って来た。
「うわああああ!」「ぎゃああああああ!!」
ヒューーーン、ズシーーーーン!ばりばりばり!ズン!ズン!ズン!
外に居た者たちは一溜まりも無い。皆、串刺し、あるいは手裏剣に当たった者は身体をバラバラにされた。
手裏剣は石垣をも砕いた。素志て城をも崩した。崩れた石垣の下敷きになる者も居る。
「うわああああ!」「ぎゃああああああ!!」
ヒューーーン、ズシーーーーン!ズン!ズン!ズン!
一通り降ると静寂が戻った。
城は襤褸襤褸、石垣は砕けて崩れた。至る所に弓と手裏剣で射抜かれた屍体の山だ。血塗れである。城内はパニックに陥った。
「何が起きた?!」
信長は城内に居たから助かったが、何が何だかわからない。
「あああ!あれを視ろ!」
信長も窓から視た。
「何だ?あれは?!」
大きな鴉が三羽、安土城の回りを低空で飛んでいた。
「視ろ!足が三本あるぞ!」
「あれは、八咫烏だ!」
神武天皇の道案内をしたと謂う伝説の神鳥が上空から睨みを利かせていた。
視ると人が乗っている。
其の大鴉三羽は目賀田山麓に降りて、人を降ろした。忍者らしき格好の幼気な少女達である。
「おんな?くの一か?童子じゃないか!」
「信長!我らは須佐一族!此れは挨拶代わりだ。抗戦の準備をせい!兵を集めろ!無駄な死を増やしてやる。然らば、命乞いをしたければ、今、しても善いぞ!」
「こ、小娘が小癪な!殺せ!あの餓鬼共を殺せーーー!」
生き残った兵が山間から駆け下りると、彼女らに飛んで行った。
「わーーーーーー!殺せーーー!」
少女達は背中の刀を抜いた。其の刀はうっすらと燃えている。
ズバーーーーン!大きな音と共に刀から炎が立ち昇った。
「それーーーー!」
一振りすると兵達に炎が弾丸のごとく発射された。
ズン!あっと云う間に兵達は黒焦げになった。
素志て少女達は空間に消えた・・・。
雷鳴が獣の咆哮のように聞こえた。
城回りの屋敷から家臣たちが視て居た。なす術も無い。
「殿は・・・殿は、屯でも無い化物を敵に回した・・・」




