其の2 滝川一益
信長は安土城に戻ると直ぐさま、家臣達を呼んだ。
「御館様!襲われたと聞きました。ご無事で何よりで御座います」
家臣たちが集まった。北畠信意(織田信長次男・織田信雄)も居た。
織田四天王は筆頭家老・柴田勝家から丹羽長秀、滝川一益、明智光秀。羽柴秀吉の姿も視得る。
「猿(秀吉)。播磨の別所、ご苦労だった」
「は!家臣・竹中や古田を失いましたが・・・」
「うむ」
信長は滝川一益に聞いた。
○滝川一益
織田四天王の一人。一益は近江甲賀の出身と云われる。六角氏の配下だった甲賀衆は六角氏が信長に滅ぼされてから、微妙な立場だった。信長は伊賀も甲賀も滅ぼす腹だったが、甲賀存続を信長に説得したのが滝川一益と丹羽長秀である。甲賀は織田に従属し、天正伊賀の乱では織田側に兵を派遣した。元元、伊賀と甲賀の関係は悪く無かったが、生き抜く術として甲賀衆は伊賀に刃を向けたのである。
「一益、須佐一族を知っているか?」
「須佐一族?存じ上げません」
「其の者に警告を受けた。伊賀と関係が深いのだろう。手裏剣を使った処を視ると忍だと思う。知らぬか?」
「わたしめも元忍ですが、御館様の家臣となってから情報に疎いのです」
「一益、御館様とはもう呼ぶな」
「は?」
「御館とは郎党の頭領のことぞ。皆の者、我らはそうか?」
「違います」
「では、此れからは殿と呼べ」
「御意」
一益が述べた、「殿、須佐のことはわたしめに御任せを」
「頼んだぞ。先ず、何者なのか?あたれ。事と次第では饗談と甲賀衆を使う」
「尾張の饗談を?」
饗談とは、信長の尾張時代から付き添う情報活動と武を心得た集団である。云わば、信長の忍者である。
「護衛を連れた儂を襲った。信雄もおった。豪気な奴らよ」
「紀伊には大きく甲賀と伊賀しかおりませんが・・・伊賀に組した小さな集団ではないかと」
「相当の使い手だ」
「殿の力を持ってすれば・・・今や勝てる者はおりません」
「うむ。忍には忍だ。善いか?」
「御意」
「信雄、総括をした伊賀上忍達の行方が未だ解らなかったな」
「服部は一時、目撃されましたが、後は未だ行方知れずです」
「ままよ。既に彼等には何も出来ぬわ。山中にでも潜んでいるか?他に逃げたか?」
「須佐一族の処に?」
「そうかも知れぬ。一益、其れも調べよ。見付けたら直ちに殺せ!」
解散後、柴田が滝川を呼び止めて聞いた。
「一益、須佐とは何者だ?殿は随分と気にしてたな。自らお前に聞くとわな」
「知らんのです。伊賀の関連だとしても伊賀は徹底した秘密主義で、甲賀衆も知らぬかもしれません」
「お前は甲賀で善かったな。甲賀は柔軟だ」
「以前、忍の始祖について聞いたことはありますが」
「始祖?鎌倉辺りの郎党共だろう?」
「いえ、可成り高貴な者たちなのだそうです」
「高貴?」
「聖徳太子に仕えて諜報していたとか・・・」
「聖徳太子?厩戸皇子か?!九百年前ではないか!」
「其の者たちと伊賀が繋がっているとか・・・」
「其れが・・・須佐かも・・・か?」
「わかりませんが・・・須佐と云う名が気になりまして。伊賀は只の元郎党ですよ。何故?聖徳太子の諜報たちと繋がるのか?」
「聖徳太子・・・須佐・・・」
「どう思います?」
「どう?って・・・わからんわい!饗談も動かすと云うし、甲賀との連携をうまくやれよ」
其の晩、空が貪(どん」)よりと曇ってゴロゴロと雷鳴がした。
「今夜は厭な天気だな。雨も降るぞ。こりゃ」
門番たちが語り合っていた。
そう云う内に本丸に雷が落ちた。バリバリ、バシャーーーーン!
「何事だ!」
本丸が焼失した。本丸には誰も居なかった。安土城の本丸は天皇を迎える部屋だったと云われている。
落雷事件はルイス・フロイス(ポルトガル出身、カトリック司祭、宣教師。戦国時代の日本で宣教し、織田信長、豊臣秀吉らと会見した)著「日本史」に記してある。
落雷時を門番が視て居た。
「天から捩れて、イカヅチが落ちて来た!」
「雷が捩れるか?」
俄に掻き曇った北東(鬼門)の空が風と雷音とが相まって唸り声の様に響いた。
グオォォォォォーーーーン。ゴロゴロゴロ・・・・。
「獣の遠吠えの様だ。不鬼魅な・・・・・」
次の朝、滝川一益は従者を連れて甲賀の郷に赴いた。




