case1:中村女史は見た-1
夏休みを間近に控え、茹だる様な暑さと肌に張り付くような嫌悪感さえ感じさせる陽気の中、私はその日も部室へと足を向けていました。
日々のニュースでも今年は猛暑である、水分の摂取を十分にして熱中症へ注意を払うようにと耳にタコができるほど繰り返して報じられていました。
なるほどと、私は内心で得心いたしました。確かに、これは気を付けないと倒れることも十分にあるのだろうと思い直します。
そうして、云々唸りながら、なんとか当高校の端といっていい場所に位置する部室棟へとたどり着きました。
あついねー。そうだねー。と、友人と二三言別段意味のない戯言を交わして、それぞれ別々の部活へと向かう為、部室棟の前で分かれます。
そうして部室棟へと足を踏み入れると、出迎えてくれたのはじっとりとした濡れるような湿気を孕んだ空気と絵具や機械油の混ざったこの建物特有の匂いでございました。
悪臭にムッと顔を顰めている学友たちの間を縫って私も自らの部室へと向かいます。
文芸部の部室は最上階である3階の最東、一回の西寄りに位置する部室棟の最も遠い場所なのです。
悪戦苦闘しつつ、狭苦しい部室棟の廊下をかき分けながらなんとかして進み、私は今日も無事に「文芸部」と表札の掛かった部室へと到着することが出来ました。
全く、虚弱な文学少女を毎日こんな場所まで足を運ばせるなんて神様は何と残酷な試練を与えるのでしょう。
それとも虚弱体質に一計を案じて、このような試練をお与えになっているのでしょうか。
しかし、大いなるものの考えるようなことなんて、私のような若輩者にはいくら考えようと見当も付きません。
私はこの夏はそういった難しい題材のものにも挑戦してみようと心に決めると、悪路を進んで乱れた身嗜みを軽く確認して軽く整えると、部室のドアノブへ手を掛けました。
お疲れ様です。
ノックをして、いつも通りの挨拶をしながら、ドアノブを回すと抵抗なく回り扉を開きます。
鍵は掛かっていないようで、誰かすでにいらっしゃっているようでした。
しかし、いつもは誰かがいればすぐに返ってくる返事がありません。
少し不思議に思いながら、部室の開いた窓から射す日差しに目を細めて部室をぐるりと見まわします。
すると、部室の床に倒れる男女一組、計二人の事件現場を発見してしまいました。
大ショックでございます。
その時ばかりは、普段は冷静なアンドロイド中村ちゃんこと私も大いに取り乱しました。
あまりに焦って、その時ナニカ世間一般には汚いといわれるスラングを口走っていたらしいのですが、クールで知的な私全く覚えていません。……本当ですよ?
兎に角、慌てながらも二人に駆け寄ると、どちらも息があることが分かりました。
そして、二人とも仕切りに何か同じ言葉を呟いていたようでした。
ですので、私、耳を寄せてその言葉をどうにか拾おうと耳を澄ませます。
「「―――、み、水―――」」
結論から申し上げますと、お二人は軽度の熱中症でございました。
導入から1,000文字足らずで見事に回収して見せたお二人、本当なら救急車を呼ぶなどするのが正しい対処なのでしょうが本人たちが大丈夫だと何度も訴えてくるので、一先ず自販機からスポーツドリンクを購入して二人にお渡しします。
お二人は一気にそれを飲み干すと、大きなため息と共に一心地ついたように顔を緩めいました。
「いやー、助かったよ、中村ー。死ぬかと思った」
「すみません、中村先輩。代金は後で」
私にタメ口で礼を言うのは同級生の少女、サッと髪を掻き上げる仕草には妖艶さが漂い同性の私でも少しドキッとしてしまうものがあります。
対照的に両手を重ねて丁寧に礼をしてくるのは後輩の少年、そのメガネは薄っすらと曇っており如何に暑さにやられていたかを物語っています。
そう、聡明な皆々様ならお気づきのことでしょう。
この二人が前口上で申し上げさせていただきました、件の「百合豚少年」と「腐女子先輩」でございます。