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序章3

 街全体が騒然としていた。車のブレーキ音やクラクション、衝突音、ガラスの割れる音、怒号や悲鳴、絶叫が柵の向こうから聞こえてくる。


「一体何が起こってるんだ」


 斎賀が怪訝を通り越した不安な顔色を浮かべて呟く。


「こりゃただごとじゃないぞ」


 駐屯地への侵入事案、錯乱し、人に襲いかかる男。そして駐屯地の周りで起きている騒乱。これは無関係では無いということを那智は直感的に感じていた。


「那智班長!」


 そこへ坂田陸士長が駆け寄ってくる。


「どうした?」


「都内で暴動です!」


「暴動?」


 那智はおうむ返しに聞き返す。


「とにかく車を隊舎前に持ってこいと。今、他の者も来ますから」


 那智は困惑しながらも普段使う軽装甲機動車(LAV)の鍵を坂田に開けさせて助手席(車長席)に座る。坂田はすぐにイグニッションを回した。


 斎賀もぼやきながら軽装甲機動車(LAV)に乗り込んで自ら運転して隊舎に向かう。那智と斎賀、坂田は隊舎前に車輛を並べると事務室に急いだ。


 隊舎も騒然となっていた。無線が引っ張り出されて並べられ、災害派遣に持っていく物資が廊下に広げられている。


「小隊長」


 すれ違った那智の所属する第1小隊の小隊長である(あずま)2等陸尉を掴まえて那智は聞く。


「何事です?」


「災害派遣要請だ。よく分からん」


 幹部──旧軍でいう士官や将校のような指揮官クラス──も事情を理解していないことに那智は焦りを覚える。偵察隊は情報が命だ。情報を収集する任務だが、求められている情報を理解しなくては任務の達成は困難だ。


「小隊長、何かまずいことが起きているんでしょうか……。さっき薬物か何かで錯乱した民間人が駐屯地内に侵入して……目の前で通信隊の隊員が襲われて噛みつかれました」


 急ぎのようだったが、那智の話を東は立ち止まって聞いてくれた。部下の相談も真面目に聞いてくれる指揮官は好まれる。ただ話を聞くだけなら誰にでも出来るが、真剣にその内容を考え、些細なことでも忘れないでいてくれる指揮官は頼もしい。東はそういう男だ。


「那智」


 東が恐いほど真剣な表情の顔を寄せる。


「武器が必要になるかもしれない。その時は俺に責任を押し付けていいから全力で対処しろ」


 小声で那智に囁いた東は他の幹部の後を追って司令部に向かった。


 事務室では東京都内の地図が広げられ、幹部たちが口論していた。事務室の情報収集用のテレビはニュースを伝えている。


『──都内各所で暴動が発生しています。市民の皆さんは外出を控え、行政府及び警察・消防の指示に従ってください』


 テレビを見ても緊急特別番組が組まれたようでしきりに都心で起きている異常を伝えていた。


 上空を飛ぶヘリからの映像には渋滞になった首都高速道路が映し出されている。事故渋滞のようで怪我人が担架に乗せられ、救急隊員の手当てを受けていた。


『──怪我人が発生しているようです。首都高環状線で発生した事故渋滞は今なお復旧する見込みは立っておらず……』


 そのリポートの合間に救急隊員が担架に乗せられた負傷者に抱き付かれていた。救急隊員がもがいている姿を捉えたカメラマンの『あれは……』という呟きも放送に乗る。


 幹部たちも口論をやめてテレビを見た。


 救急隊員の白い衣服の首もとから服が赤く染まり、救急隊員の動きが次第に緩慢になっていくところまで映して、映像がスタジオに戻った。


 先程と同様の現状を淡々と知らせるアナウンサーの様子にしびれを切らした幹部の一人がチャンネルを変える。


『こちらは新宿駅前です!暴徒化した市民が暴れ、死傷者が出ています!皆様、屋内に避難し、決して出ないで──』


 そのリポーターの背後で乾いた破裂音が鳴る。盾を持った警察官や機動隊員が走り回っていた。


『今、警官が発砲しました!三発、いえ……十発以上、続けざまに発砲しています!スタジオも聞こえますか!?』


 都心の混乱を伝えるリポーターの表情も必死だ。


 背後では拳銃を握った機動隊員が一斉に走り、画面の右端へと移動している。悲鳴や怒号が飛び交っていて拡声器を使ったひび割れた声が何かを呼び掛けているが、マイクの向きが悪いらしく聞き取れなかった。


「おいおい……」


「これ……災害派遣じゃなくて治安出動じゃないですか?」


「武器が必要ですよ!」


 若手の幹部たちが口々に叫ぶ。


「馬鹿言うな!災害派遣だぞ!」


「大体、弾が無いだろ、弾が」


「せめて装甲車(殻付き)で行きましょう!」


 隊員たちが騒ぐ中、那智は街の様子を見ようと隊舎の端の外壁に取り付けられた階段を登った。三階まで来れば見渡すことが出来る。しかしそこには予想もしない光景が広がっていた。


 駐屯地内に民間人がなだれ込んでいる。助けを求めて押し寄せる人々を営門の隊員は止められずにいる。中にはけが人の姿もあった。


 皆パニックになっているようだ。営門付近で市民同士が揉み合いになっている。走っていた女に横から体当たりした男が襲いかかっていた。さらには営門を突破した数名が立っていた隊員までも襲っていて阿鼻叫喚の図になっている。すでに複数の暴徒に侵入されていた。


「やばいやばいやばい!武器出せ武器!」


 那智は慌てて隊舎に戻り叫ぶ。


「どうした?」


 廊下を走る那智に尋ねてきたのは同じ第1小隊の山科1曹で、危機感など微塵もない表情をしていた。


「駐屯地に市民と暴徒が!隊員も市民も暴徒に襲われてます!」


 那智の叫びに隊員たちは騒然となった。


「暴徒!?共産党系の活動家か?」


「上は何も言ってこないぞ!」


「幕僚は司令部に!」


「どうするんだ!」


 悲鳴に近い声が錯綜する中、那智は無視して武器係の金子2曹に武器庫を開けさせていた。教室ほどの広さの打放しのコンクリートの壁の部屋には所狭しと武器やそれに関連する道具が並んでいる。那智は鍵を取ると武器庫を開けてさらに銃を収める銃架の鍵を開けていく。


「どうするつもりだ!」


 那智を追ってきた斎賀が叫ぶ。坂田も困惑した様子で木銃を握っていた。金子は那智たちの切羽詰まった様子に、銃架を開けている。


「お前も銃を取れ!弾がないなら白兵戦だ。中林たちを助けないと!」


 那智は銃剣を取り出して怒鳴る。


「白兵戦って……お前、暴徒とはいえ市民と殺し合いする気かよ」


 その言葉に那智は手を止めた。


「……出来るのかよ」


 斎賀に再度聞かれたが、那智は答えずに手を動かした。


「他に仲間を守る手段が無いなら……やる」


 那智は斎賀に銃剣を放った。斎賀がそれを受け取る。そこへ同じ小隊の寺居1士が駆け込んできた。


「ヤバイですよ、那智班長!」


『駐屯地全隊員に達する。非常事態につき、施設等警護を根拠に武器使用を許可する!繰り返す、武器使用を許可する!緊急避難、正当防衛に基づく各員の判断で市民を守れ!』


 駐屯地放送に驚いている暇はない。武器の使用といっても弾薬は厳正な管理を受けて駐屯地の弾薬庫に保管されている。搬出には所定の手続きが必要で、弾薬庫の扉は金庫並みに厳重だ。今すぐ弾が配られることなど期待できない。


軽装甲機動車(LAV)に積めるものを積んどけ!俺は営門に行ってくる」


「危ないぞ」


 斎賀の制止を振り切り、那智は弾の無い89式小銃と銃剣を持って走り出した。

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