誓いの成就
第三章 誓いの成就
望月に誓った恋の花
憂いを帯びて藍の花
悲しみを産む枯れる蕾
掬いに来るは太陽の手
咲き誇るは水蓮の花
かなう望みは天上花
それから三年、スサが帰ってくる気配はなく。 便りも入ってこないまま大事件が起きた。
ヌイの父親が友人の借金を背負い、その借金のカタにヌイが遊郭に売られていくことになった。
もう幾日となく売られていく日が近づいていく。 ヌイの不幸をみなが悲しんだ。
しかしとうのヌイは平然としていた。 まるでそんなことなど、歯牙にもかけぬように。 なにごともないかのようにしていた。
あと三日で迎えが来る日、このことを聞きつけてスサが町からやっと帰ってきた。 そしてヌイの両親に話をつけに家に上がった。
「スサ、すまねえ。 お前うちの娘を嫁にもらってくれるって。 約束したんだってな。 ヌイから聞いた。
だが、この通り、家財道具も売り払って、なけなしの金を作っても、借金を全部払えなかった。 スサ、諦めてくれ。
うちの娘はもう死んだと、あれはもうすぐ死ぬ気だ。
金と引き換えに、大門をくぐったら川に流れて死ぬつもりだと抜かしよった。 わし等に迷惑をかけんためじゃろうて。
しかしそんなことをしても、だれも救われん。
けんど聞かん、あれは水神様と望月に誓ったから、誓いを破れんというて聞かん。 誰かの物になるくらいなら、綺麗なまま地獄に堕ちるというて聞かんのじゃ」
ヌイの両親は髪をきちんと結うこともできないほどで、ところどころ歯抜けに毛が飛び出している。
身なりも擦り切れすぎた着物を、継を当てて何とか保たせているような状態だった。
スサは髪が少し伸びてヒモでくくり成りのいい着物を着て帰ってきた。すっかり日に焼け顔もたくましくなっている。
「そんなことさせねえ。 ヌイのおとう、今すぐヌイを俺にくれ。
これを結納金として収めるから、なんとか女衒からヌイを買い戻してほしい」
そう言って一両金を何枚か渡した。
「おっおい! スサ、これ。 どうした! こんな大金お前じゃ、まだ稼げねえ」
「ああ、その通りさ。 親方に無理言って、遊郭で使う金をそっくり借り受けた。
その代りもしかしたら一生ただ働きかもしれねえ。
ヌイもきっと俺についてきたら苦労する。 けど、俺はヌイを死なせたくねえ」
「お前……、そこまで。ただ働きで苦労しても。 遊郭に出されて心が死んでいくよりはマシだろう。 わかった、スサ、本当にすまねえ。 恩に着る。 この金ありがたく使わせてもらうよ」
スサはニカッと白い歯を見せて笑った。
「ヌイは?」
「水神様の祠だ。 いつにも増してあそこに熱心にお参りするようになった」
「わかった。 迎えに行ってくる」
スサは小高い丘にある水神様の祠に、かがんで手を合わせるヌイの姿を見つけて、ほっと胸をなでおろした。
「ヌイ、ここにいたのか?」
振り返った顔に驚きがあふれている。
「スサ、どうしたの? 大工仕事は?」
「約束したろ? ヌイを迎えに来るって」
そう言ってスサは小柄で、自分より背の低いヌイをすっぽり包むように抱きしめた。
「ヌイ、迎えに来た。 金のことも心配しなくていい。 お前を遊女になんかしないし、ならなくていい。 俺がヌイを娶る。
親方に無理言って、金を都合してもらった。 だからヌイは、苦労するかもしれないけど、俺のそばにいてくれないか?」
思わない告白に、矢継ぎ早の告白に、ヌイの瞳からは一筋涙が伝った。
「いいの? 私、売られなくていいの? 生きていけるの?
スサと一緒に生きてもいいの?」
信じられないと言いたげなヌイの濡れた瞳。 そのおでこに安心させるように口づけて、太陽のように明るい笑顔でスサは笑った。
つられてヌイも泣き笑いの顔になる。
こうしてスサの持ってきた金で借金を払いきった両親は、スサとヌイの結婚を認め。 婚儀を行った。
もちろん金はほとんどない、参列者もなく。
宮司殿と、お神酒と、とっておきの晴れ着を着たヌイと、貸衣装の袴をはいたスサと、お互いの両親だけのささやかな婚姻だった。
二人は幸せに暮らした。
その後、スサは立派な大工になり、棟梁として一家を構えるほどになった。 その背中を支えたのは風車を持った子供をあやす綺麗な女将さんだったという。
それはのちの人々の目に映った、ヌイとスサの物語。
どうもお後がよろしいようで、これにて仕舞にいたします。
完