村祭りは見合い祭り?
第二章 村祭りは見合い祭り
狐になった女の子
追って追われて森の中
山の麓の男の子
狐になった子追いかけて
追って追って鬼ごっこ
狐になった女の子
満月のそばでつかまった
あれから二年がたち、思春期の子供たちはあれやこれやと、己の性別や、異性を気にする年ごろとなった。
二年前の肝試し以来、組になった子とは話さずとも、気に掛ける一番の相手として上がるようにはなっていた。
もちろんそのための肝試しであるが、当人たちがそれを知るのはずっと後のことだし、今はまだ、実感すらないだろう。
さて、ヌイもこの頃にはすっかり大人びてきて、落ち着きが出てきた。 ただの怖がりではなく、家のことも手伝うよい娘に変わってきた。
一方、スサは村の荒くれ者をまとめ上げて、自警団を作ったり、イノシシやシカを狩っては、町に売りに行く頼もしい少年へと成長していた。
お互いにすれ違っても、挨拶もしない間柄ではあったが、意識しているのは間違いなかった。
そしてさらに月日がゆるりと流れていき、やがてまた夏が来た。
その年の夏も十歳の子供たちは肝試しへ。 大人たちは夏祭りへとくりだしていた。
屋台をだし、山車を引き村を練り歩き、先祖霊への感謝とこれから迎える秋への豊作祈願を交えて祭りは行われた。
年ごろの女子供は意中の男に声をかけられ、盆踊りの輪に加わっていく。 そしてここでも奇妙な風習があった。
男に声をかけられたくないものは、狐のお面を被ると、それが「拒否します」という意思表示になるという。
ヌイはその祭りの間中、朝顔の浴衣を着て、狐面を被っていた。
ヌイの心中は複雑だった。
自分が家事手伝いをすればするほど、村での評価は高まり、器量よしの孝行娘としてはやされる。
そのお蔭でスサ以外の男子からも、声をかけられるようになった。
自分の心はスサにしか傾いていないことを、ヌイは知っていた。
それはきっと肝試しの夜。 乱暴者の悪がきのスサが、珍しくヌイの前をぐいぐい手を引っ張って、お化けを蹴散らしてくれたことに起因している。
きっとヌイは、その時にスサの勇敢でじつは面倒見のよいところに惹かれたのだと思った。
自分には好きな人がいる。
だから、他の人に声をかけられたくない。 たとえスサにも声をかけられなくとも。
スサも女子に人気だった。 スサの行動力や顔つきは男ぶりを増した。 もはや年ごろの女子でスサに目を奪われない子はいないだろう。 それを思うとヌイの心は締めあげられた。
盆踊りも輪が一重から二重、三重とそれぞれの想い人を誘って増えていく。
やりきれなくなってヌイはその場から離れ、一人、家の方面に駈け出していた。
「どこいくんだよ。 ヌイ」
よく知った低めの声が聞こえた。 かすれていて、まだ高かった少年から成年へと声変わりする声。
「スサ……」
狐面をずらして振り向くと、麻の甚平を着たスサが立っていた。
日に焼けた太い腕がヌイの細腕を掴んで、頑として動かない。
「やるよ。 ちょっといいだろ、話があるんだ。 とっても大事な話しがさ」
スサにしては歯切れが悪く、空いた手で、赤い千代紙で作られた風車を差し出してきた。
「うん。 いいよ」
そうしてスサの後をついてヌイはどこへとも知れずついていく。
ついた場所は水神様の祠の前だった。 肝試しも終わり、だれもいなくなりしんとした小高い丘。
満月がいやに大きく川面に映ってキラキラしていた。
「ヌイ、俺、町に大工の見習いとして入ることになった。 だからこの村からしばらく離れる」
「え……?」
突然のことにヌイは頭がおっつかない。 ぽかんと口をあけたまま間抜けな顔をしていた。
「なんで? どうして、そんなこと。 私に言うの?」
「俺がヌイのこと好きだから。 大事だから。 立派な大工になって、いや、三年。 三年たったら迎えに来る。
今、俺はヌイをすぐにでも自分の物にしたいけど。
大事だから、だから俺は堂々と正面から嫁にもらいに行く」
その時キラキラとした川面の月光が、二人の表情を輝かしく照らしていた。 ヌイは信じられないという顔で、スサは幸せそうな顔で。 そしてスサはヌイの頬を両手で包むと、触れるだけの軽い口づけをした。
「これは約束な。 俺は必ず帰ってくる。 だから、ヌイも。
誰の物にもならずに、俺を待っててくれるか?」
「うん、待ってる。 今日の望月と水神様に誓う」
もらった風車を大事そうに胸に抱え、ヌイはそう言った。
「まいったな。 本当は簪でも贈れればよかったのに。 風車なんて恰好つかないよな」
「そんなことないよ。 スサがくれたものなら、私どんなものでも嬉しい。 たからものだよ。 恰好なんてつけなくていい。
ありのままのスサでいいよ」
「くすっ、ヌイにゃ、かなわねえな。 じゃあ、今日が約束の誓いの日だ。 明日には俺は発っちまう。 絶対に迎えにくるからな、辛抱しろよ?」
「うん、スサこそ約束忘れないでね?」
「ああ」
そうして二人は誓い、翌朝、スサは町に出立していった。