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嫁選びの肝試し  作者: 和久井暁
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肝試しの夜

† 嫁選びの肝試し



第一章 嫁選びの肝試し


水神すいじんさぁまのほこらにて

 あなたと手と手をとりああって

 今宵こよい逢瀬おうせを重ねます


 次の一度望月ひとたびもちづき

 あの人と一緒になれるよにぃ

 私一人で願掛けに

 そなえを持ってまいります』



 それは村に古くから伝わる手毬歌てまりうた

 いつの頃かわからない、女の子に伝わる手毬歌。

 よく意味はわからないが、この歌とまるで合わせるように、不思議ふしぎな風習があった。

 十歳の歳に行われる、『嫁選びの肝試し』。

 十歳の男の子と、女の子を集めて、川の小高い丘の上にある『水神様』の祠まで肝試しさせるというもの。

 不思議なことにその組み合わせになった者は、大人になって夫婦になると、言い伝えがあった。

 でも、そんなこと。 大人たち以外、子供はみんな信じちゃいなかった。

 だって離縁りえんされたり、女衒ぜげんに売られて遊郭ゆうかくに入るじゃないか、して三年子なきは去ると言うじゃないかと、生意気にも反発する。

 しかし大人たちは、なぜかこのときばかりは童心に返ったように、この肝試しを楽しみにしているのだ。

 やれ、うちの子はあの子が欲しい。 うちの子はあの子に嫁がしたい。 大人の願望や、縁続えんつづきになりたい家と組めますように。

大人たちはたいてい白酒やお神酒などでやりとりしながら、嬉々として子供たちを脅かすのだ。

 そして夏の八朔はっさくの時期。 子供たちは集められるのだ。

 麻でできた浴衣を着た女の子から、粗末な作務衣のままの男の子まで、古めかしい木の箱のくじを引いてそれぞれの子たちはそれぞれ、順番に近くの古寺から水神様の祠に行って、それぞれ名前を書いてお札を持ってくる。

 ずる賢い真似ができないように大人の一人が明かり番をしている。

「ほら、ヌイ、とスサの番が来たぞ」

 ヌイは引っ込み事案でおどおどした女の子。

 そしてスサは村一番のあくたれで、ガキ大将という呼び方じゃあ収まりきらないほどの悪がきだった。 じつはこの二人、大人たちのなかでも一番の心配の種だった。

 誰が来ても親の後ろに隠れて着物のすそを離さないヌイと、悪がきで擦り傷を作っては、村人が迷惑するようないたずらを繰り返すスサ。

「スサ、ヌイに意地悪いじわるするんじゃねえぞ? したらおっとうに言いつけるからな」

 大人が凄んでも、スサはフンッと鼻で笑って。

「おっとうなんか怖かねぇよ。 こんなちんちくりんなんかほっぽって、置き去りにして泣かしてやる」

 提灯ちょうちんをひったくるようにして、スサは寺の階段から水神の祠を目指し始めた。

「まっ、待って」

 髪を二つにお下げにしたヌイが、あわてて草履ぞうりで走っていく。



 真っ暗な夜道を青白い人魂や、不気味なうめき声が二人を怯え察せる。 しかしスサは意地っ張りで、こんな時でも背筋を伸ばして、まっすぐ歩いている。 一方ヌイは、キョロキョロと声がするたびに落ち着きなくスサの着物の裾をこっそり握っていた。

「おい、ヌイ。 着物引っ張んなよ。 それとキョロキョロするのやめろ。 お前がよそ見するたびに引っ張られるんだよ!」

 スサは不機嫌に乱暴な言い方をすると、ヌイの目にじわっと涙がにじんだ。

「……めんなさい」

消え入りそうな声で、うつむき加減に言ったヌイに、さすがに言い過ぎたかとスサも反省した。

「めそめそすんな。 置いてくぞ! まったくなんで俺がヌイなんかの世話しなきゃなんねんだ。 ヌイ、お前遅れんなよ!」

 なんだかんだ言いながらスサは、ヌイの面倒を見ていた。

 泣き虫で、甘えん坊で、怖がりで……まったく役に立ちゃしない。

 こんな女を嫁にするとか、絶対にない。

 スサはそう思いながら、ずんずん前を進んでいく。

 大人が化けているお化けに会うたびにヌイは、「ひゃあ」とか「ううっ」とか言ってスサの着物の裾を引っ張る。

 これには流石にスサもイライラが収まらなかった。

「あれは醤油屋しょうゆやの女将さん、あっちのは酒屋の若手衆わかてしゅう、あそこのお化けは麹谷こうじたに婆様ばあさまだよ」

 スサは一つ一つお化けを指さしながら、そういった。

「これなら怖くないだろ? 見知った人がお化け役やってるんだからさ」

 ぶすっと、ぶっきらぼうに言ったスサの優しさに、不思議とヌイは「うん」と素直に頷いて、スサの手を握った。

「な、なにしてんだよ。 俺は女となんか手はつながねぇぞ!」

「早く行こ? そしたら手を繋いでる時間も短くてすむよ」

 ほっとしたような顔のヌイは強かに、しなやかな強さがあった。

 一瞬でもドキッとした自分が悔しかったスサは、照れ隠しに手を握り返して脇目も振らず、ほこらへの道を急いだ。

 そして祠に来ると大人が一人待っていた。

 この祠の管理をしている宮司さんだった。

「おお、ヌイ、スサはちゃんと連れてきてくれたか。

 実はお前たちが一番心配だったんだぞ? スサの悪ぶりは有名だからな」

 ハハハと、乾いた笑いを上げて宮司さんは一枚の紙にヌイとスサは名前を書いた。 そしてそれを持ってきた道を戻っていく。

古寺に戻ってきたヌイとスサを見た人々は安堵あんどの息を漏らし、スサの健闘を称え、ヌイの勇気を褒めた。

二人はすぐさま手を放して、ぱっと離れたが、のちに今回の肝試しがエニシとなって二人を結ぶとは、まだ誰も予見していなかった。

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