TSSS ~多重存在~ 4章 第1編完結章
行動は、早い方がいい。善は急げだ。
HRが終わるや否や、俺は颯爽と教室を去ろうとする先生を呼び止めた。
話がある。その一言で何かを察してくれたらしい。
着いて来い。とだけ言って、俺に背を向け歩き出した。
俺の考えた解決策。それは極めて単純なことだ。
それは、2人の天城を、引き離すこと。
俺や先生以外の人物が2人を同時に認識下に置いたとき、記憶障害が起きる。
それが、これに関する問題だった。
ならば、2人を物理的に離してしまえば、その問題は解決する。
俺がそう話すと、先生は険しい表情を見せた。
「つまり君は、彼女たちのうちどちらかを、どこかへ追いやってしまえと、そう言う訳だ」
「いえ、そういうことでは・・・いや、そうですね。追いやると言うと聞こえが良くないですけど・・・。
でも、これがもっとも単純で、人道的な処置だと思いませんか?」
「そうは言うが・・・。じゃあ追いやった方の彼女はどうするというんだ?まさか「天城奏美」を2つの学校に所属させるわけにはいくまいに。」
「そ、それはそうですけど・・・」
それは確かにそうだ。
同じ人物を2つの学校に所属させることなどできないし、かと言って同じ人物が2人いるので所属させてください、なんて誰かに頼むわけにもいかない。
しかし、そうしないと2人はずっと窮屈な生活を強いられてしまう。
...クソっ。自分の無力さが情けない。雰囲気に任せて何でもできる気になっていた昨日の自分が恥ずかしい。
「焦らなくていいんだ。天乃谷」
思い詰める俺に、先生は優しく諭すように語り掛ける。
「こんなことが理解できない君じゃないだろう。冷静になるんだ。今すぐ、どうにかできるものじゃない」
「分かってます・・・。でも、可哀想じゃないですか?自分として、生活できないなんて・・・」
「そんなこと、ない」
「・・・えっ?」
急に、予想だにしなかった人物の声が聞こえたため、思わず声を上げる。
声の聞こえた方を見ると、銀髪ショートの少女が壁際に立っていた。
「い、いつからそこに・・・?」
「最初からだよ。私が呼んでいたからね」
先生はそう言うと立ち上がり、俺の頭をポンポン、と叩いた。
「それに気が付かないくらい、君は焦ってたってことだ」
ぐうの音も出ない。
俺が話している途中にドアが開けば見えるため、彼女は初めからここにいたということになるからだ。
「私は、可哀想じゃないよ?」
そして銀髪の「天城」が俺に、語りかけるように話し始める。
「私は学校に来ないときもあの子の学校生活を見てるし、授業もそうやって受けてる。
それに昨日、天乃谷玲次と話してるとき、すっごく楽しかった。だから私は、可哀想じゃないよ?」
(そっか・・・。そう・・・だよな・・・。)
本人が辛い、なんて言ってないのに、可哀想だと決めつける。こんな失礼なことって、ないよな。
「2人とも、もう1人の学校生活はそれぞれが持ってる特殊なカメラで撮影されたものを見てるんだよ。
不自由はあるかもしれないけど、2人とも今の生活をそれなりに楽しんでいると思う。
けど、やっぱり家に帰れないとなると、寂しいかもしれないね」
そうして先生は、俺の「義務」を、言い渡したのだった。
「だから、天乃谷。そこはお前が、紛らわせてやらないとな」
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朝。けたたましい目覚ましの音で覚醒し、重い体を起こすと目覚ましを止める。
かなり疲れていたのか、余計な夢を見ることもなくぐっすりと眠ることができ、その点気は楽だ。
今日は土曜日。世の高校生たちは今頃まだ家でゆっくりと寝ているんだろうが、残念ながらほとんどの私立高校は土曜日にも学校がある。もちろん俺の通う学校も例外ではなく、いつも通りの8:30登校だ。
制服に着替えながら、今日もいつも通りであろう学校へと、思いを馳せる。
今日は、どちらが来るんだろう。真っ先に考えたのはそのことだ。
ここまでは火、水が天城(黒髪)、木、金は天城(銀髪)だった。
(この呼び方も、早くどうにかしないとな・・・)
それぞれ特徴的な髪を持った2人のことを思い浮かべつつ、俺は支度を済ませると階段を下りた。
リビングのドアを開ける。しかし、人気はない。
平日はたいてい妹こと由香が先に起きているのだが、今日は土曜日。
残念ながら由香は少しアホの子なので、うちの高校の付属中を受けてはいるが見事に落ちている。
そのため由香は土曜日に学校がなく、俺は毎朝孤独に自宅を後にすることになるわけだ。
よって俺の中では土曜日は軽くその辺にある食い物を掴んで出発することが習慣となっており、今朝は食卓に置いてあった菓子パンを食べながら登校することにした。
・・・ちなみに、その菓子パンの裏に、「由香のなので、食うべからず。」と書いた紙が貼られていたことに気が付いたのは、通学路でパンを取り出した時であった。
グースカ寝ているであろう家族を起こさぬよう、音を立てないようにそっとドアを閉めた俺は、少し歩いてから足を止めた。
別に誰かの背中が見えたわけでもない、ただどちらの道から行くか迷ったからである。
先生にああして義務を言い渡された今、あいつを避ける意味は最早無いだろう。
俺達の関係についていろいろと尾ヒレを付けられ噂されることは、俺はともかくとして天城はいい気分ではないかもしれない。
が、それでも天城の立場から言えば俺はある程度は重要な存在なのだろうし、他の誰かとの噂が立つよりはいいだろう。そう、思いたい。
そんな願望のような思考を巡らせている間にも、時は刻々と過ぎていく。
天城の事だからもう先に来て待っているだろう。
まだ寒い季節だ。長いこと動かずに待っていれば風邪をひいてしまうかもしれない。
一緒に登校するつもりでありながら連絡を怠ったことは悔やまれるが、済んだことをいつまでも言っていても仕方がないだろう。
逡巡の末、俺は川沿いの道へと歩き出した。
理由はない。ただ、不思議とそこにいるような気がしたのである。
川沿いの道へと出ると、顔を出したばかりの日の光が顔に突き刺さるようにして降り注ぐ。
1/2の確率でそこにいるであろう人影を探すと------やっぱり、いた。
道の端、柵のそばに、両手を後ろに回して鞄を持った少女が、その長い黒髪を風になびかせている。
やがて距離は縮まり、顔が見えてくる。向こうもこちらに気が付いたようだ。
バッグを片手に持ち替えて、走り寄ってくる。
「おはよっ、れい・・・天乃谷っ」
会うたびに毎回毎回、何故か「玲次」と呼びかけて言い直す彼女に苦笑いしながら、俺は言う。
「もう玲次でいいよ。2日ぶり、天城」
俺にしかできない、その挨拶を。




