TSSS 7章 (上)
同じ名前の2人を主人公のモノローグで呼び分けさせるのが酷く難しい。
「おーい、天乃谷も来いよ。なんか面白いことになってるみたいだぜ」
体育の授業中。体力測定で、ソフトボール投げを終えた俺にクラスメート(名前は覚えてない)が声をかけ、こいこいと手をこまねいていた。
「どうした?」
肩を軽く回しながら近づくと、彼は人工芝グラウンドの反対側で50m走の測定をしている女子を指さした。
「お前の彼女が、なんかすげえ記録打ち立てたみたいだぜ。ほら、今2回目走るぞ」
彼女・・・?
こなれてきた反応を返しながら徒競走のスタート地点を見ると、髪色の目立つ少女が立っている。
「位置についてー、よーい」
どん!見学の子がそう言って腕を振り下ろすと同時に、その横を銀の流星が走り抜けた。
軽く髪をなびかせながら姿勢を低くして、なんとも美しいフォームで走る天城。
隣で走る子との差はぐんぐんと広がり、隣の子が半分を過ぎたあたりですでにゴールラインを踏んでいた。
天城が待機地点に戻り、待ち受けていた女子が「何秒!?」と尋ねる。
天城の口が動き、周りの女子にどよめきが起こった。
「何秒だろうな?さっきは7秒だってよ。余裕の学校記録だったらしいぜ。測定ミスならここでわかるけどな…」
女子一人がこちらに走ってきて、大声でその結果を言う。
「6秒9だって!!やばくない!?」
マジかよ・・・。俺負けたんだけどw そんな声が男子全体から巻き起こった。
「天乃谷。お前は?勝った?負けた?」
隣の男子がそう尋ねてくる。
「無理だよ・・・短距離走は苦手なんだ」
「負けたのかよーw俺は一応勝ったぜ。まあ何の自慢にもならねえけど。いやハンパねえな…天城って」
何が点なのかよくわからないが、俺と天城は同タイムらしい。
決して、俺も特別足が遅いわけではない。短距離走は得意ではないが、平均的なタイムだ。
ただ天城が速いのだ。学校記録というところからも分かるが、女子で7秒2は速すぎる・・・。
底知れぬ天城(銀髪)の才能に多少の期待と少々の恐怖を感じながら、俺は女子たちにもみくちゃにされている無表情の天城を眺めていた。
しかしこの時、俺は気が付き始めていた。能力、性格に差のある2人が同じ人として学校に通っていることでの、一つの弊害に。
その日以来。天城(黒髪)は体育のある日、学校へ来なくなった。
それだけではない。テストの日は決まって天城(銀髪)を学校へ行かせるようにもなった。
入試の際もそうしたらしいが、この頃目に見えて、登校日数比が偏っている。
けれど俺は責める気にはならなかった。入学試験や入学の翌日行われたテストなどで好成績を取った天城は各教師からも優等生とみなされ、テストの成績が悪いといぶかしみの言葉を掛けられるようになっていたし、体育の授業では学校記録を打ち立てた天城には期待の視線が集まっていた。
だが彼女は普通の女の子だ。超人的な身体能力も頭の良さも、持ち合わせてはいない。
過剰な期待を裏切り続けるという彼女の高校生活が、そう長く続くはずがなかったのだ。
やがて天城が、朝川沿いの道へと姿を見せることは、なくなったのだった。