我々の業界では……ふふふ
それから三日後……
ハルトは上野のビジネスホテルに仮住まいしていた。
今日から軍属になって寮暮らしの予定だ。
そんなわけで大翔は朝から忘れ物がないか点検の最中だ。
そんな大翔を邪魔する連中がいた。
「溝口殿。ささ、座ってたもれ」
なぜか磯矢が四つん這いになって言った。
そしてなぜか顔を紅くしている。
自分の背中に座れと言うことだろう。
大翔は貼り付いた笑顔でバカ用スリッパを取り出す。
上野の100円ショップで買ったものだ。
スパーン!
容赦なく頭をヒット。
「て、テイスティ♪」
なぜか磯矢は嬉しそうな声を出した。
(最近女の子に攻撃を加えるのに馴れてきた自分がいる。まずい傾向だ。つうかお馬さんプレイとか上級者過ぎるだろ!)
磯矢は大翔の悩みを知ってか知らずかスリッパアタックで満足して荷物の確認に入る。
「縄にロウソクに手錠に鎖に……」
スパーン!
「テメエいつそんなもの手に入れた!」
「フフフ。溝口殿。女子には秘密が多いのでゴザルよ」
スパーン!
「あん♪」
「だめだ! 完全にツッコミ地獄に陥っている!」
しかも磯矢は喜んでいる。
大翔はなぜか圧倒的敗北感に打ちのめされる。
しかもそれだけでは終わらない。
大翔が朝から血圧を上げていると、もう一人が騒ぎ出した。
「おやーつー!」
ウィンデーネ林が足をバタバタさせた。
「おま、オヤツは昨日買ってきただろ。もう全部食べたのか! オヤツは一日一個にしろとあれほど言っただろが!」
「だってー美味しかったんだもん!」
「だからって食料袋を食い尽くすな!」
スパーン!
「みゃああああああッ!」
「もうスライムじゃないんだから太るし虫歯になるでしょ!」
「だってー美味しいんだもん!」
大翔の口調はまるでお母さんのようになっている。
「もう今日はおやつ抜き!」
「しょんなー!」
ぶーぶーと林が文句を言う。
すでに毎朝の光景である。
そしてまたドMが問題を起こす。
「林ー。パソコンは持ってくの?」
「持ってくー。それは私物でゴザル」
「んじゃシャットダウンしないとな……これ読んだら消すから待って」
「承知したー」
すっかりデジタル生活に馴れた二人。
どこからともなく端末を手に入れネットまでしている。
ブックマークもたくさん。
機械音痴の大翔よりスキルあるなと大翔が画面をのぞき込む。
「ちょっと待て。なんだそのブックマーク。ちょ、『ソフトリョナ入門』って……答えろ磯矢!」
対象が痛めつけられている描写による自慰行為をリョナと言う。
はっきり言ってグロである。
異常性癖である。
「お前なあ、さすがに引くわ!」
「頭にソフトがついているのだからもう少しはマシなのだ!」
「わけわからんわ!」
「私は思うのだよ。ご主人さ……溝口殿は新たなステージに旅立つべきだと」
「絶対にそんなステージには旅立たないでゴザル。ていうか今、『ご主人様』って言おうとしたよな」
「ふふふ。鬼●先生の作品を読んで早く覚醒するのだ!」
「貴様は何を望んでいやがる! この歩く18禁め!」
「ふふふ。おっと鼻血が」
「今のどこにそこまで興奮する箇所があった!」
「ふふふふ」
最近、精霊の自分を見る獣のような目が怖い。
誰かコイツら止めてください。
大翔は本気で思った。
大翔が焦っていると林が話しかけた。
「磯矢どのー。アニメアニメ! せっかく会員になったのに!」
「おおー、林よ! 深夜アニメも配信されてるでゴザルな」
「お前らお侍だよな……なんでネットばっかりやってるんだよ」
「ネットでアニメ見られなければ死ぬでゴザル」
林がつぶやいた。
その瞳には光がなかった。
「お前ら、現代社会に毒されすぎ」
「ネットがないとご主人様……じゃなくて溝口殿とのプレイ……じゃなくて拷問用具が手に入らないでゴザル」
スパーン!
つうかさりげなく『ご主人様』言うな!
「あん♪ ありがとうございましたー!」
喜ぶな!
こうして無駄に時間を浪費していると目覚まし時計が鳴った。
出発時間寸前じゃねえか!
「うおお! 時間がない。早く用意しろ!」
「まだアニメがー!」
「この縛りをマスターするまでは一歩も動かないでゴザル!」
「とっとと荷物まとめやがれ!」
スパーン!
スパーン!
「ぎゃぴー!」
「ああん♪」
大翔はこの生活が始まる前は女の子に囲まれたハーレム生活に漠然とした憧れがあった。
可愛い女の子に世話を焼かれる。
それは素晴らしいもののように思えた。
だが実際はこれだった。
世話焼いてるのは大翔なのだ。
「俺の憧れと胸のときめきを返せー!」
それが大翔の心の叫びだった。
◇
寮の名札を見る。
『溝口獅子』
ハルトの新しい名前である。
ハルトが好きでつけた名前ではない
異世界の自分の双子の弟という設定なので改名をしたのだ。
あのあとスターリンみたいな顔をした水島大佐にハルトは占い師の所に連れて行かれた。
そしてレオに強制的に改名されたのである。
家庭運と社会運を度外視して、戦闘力運に全てを振った名前とのことである。
戦闘力運ってなんだそのでたらめ。
恥ずかしいので引きこもっていいですか?
かなり真面目に。
そうレオはブツブツと文句を言っていた。
部屋に入ると荷物を置く。
レオの部屋は四人部屋。
二人同居人がいるので空きは一人……ってちょっと待て!
「なんでお前らがいる……」
同居人は林と磯矢だった。
「なぜ女と同居なんだよ。いろいろマズイだろが!」
確かに同じホテルに泊まっていた。
だが部屋は分けていたのだ。
女子と同室なんて頭がおかしいとしか思えなかった。
「それは拙者が身の心もご主人様のものだからでゴザル。薄暗い部屋。縛られた拙者。ご主人様はそれがしの顔を踏みつけながらツバを顔に吐く。はあはあ。そして嬲りながら無理矢理拙者の純潔を……はあはあはあはあ」
磯矢が興奮しすぎて鼻血をブシャーと吹き出す。
「はーい、怖いのでド変態はこの線から先に来ないでくださいねー」
レオは磯矢を無視して床にビニールテープを貼る。
「しょ、しょんなー! その線ではご主人様の脱ぎたて下着をくんかくんかできないではないか!」
スパーン!
「そんなことしてたんか!」
「しないとでも!」
するのが当たり前なのか!
「ご主人様はご自身の価値をわかっておられない」
くわっと磯矢の目が開く。
「ご主人様と拳を交わしたあの日。それがしは思ったのです。『少年に殴られ征服されるそれがし。なにこれヤバい、超気持ちイイ!』と!」
スパーン!
スパーン!
スパーン!
反射的に三回叩いてしまった。
だが磯矢は嬉しそうな顔をする。
「ふふふ。その天性のドSっぷり……我々の業界ではまさに天恵!」
「その業界とは一生関わらねえからな!」
レオが怒鳴り散らす。
その横で林はベッドに横になる。
完全に行動が引きこもりのものである。
「お前、コミュニケーション能力高いのに基本無気力だよなあ……ホントダメな子」
「放っておけ! スライムは無駄なエネルギーを使わないのだ」
「もうスライムじゃねえだろ!」
「うるしゃーい! あ、そうそう溝口殿」
「うん、なんだ?」
「たぶん我らは溝口殿の備品扱いなのではないだろうか?」
(なるほど俺の使う道具扱い……)
「道具!」
歩く18禁が反応した。
「道具扱い……なにそれ凄い……」
「磯矢! 言っておくが俺はドSじゃないからな!」
「俺、ド変態、違う。俺、ノーマル」
「ふっ、『相手を屈服させると強制的に契約完了』というドS条件のサモナーがなにを今さら」
「え?」
「林はお菓子に屈服し、物理耐性のあるそれがしはご主人様との殴り合いで真の痛みを! 愛を知ったのだ!」
「そんな嫌な愛はいらねえ!」
「くくく、なあに。そのうち『ぐへへ』言いながらゴミを見るような目でそれがしに焼き印を押すように」
そう言いながら磯矢は興奮のあまり鼻血を吹き出した。
「今のどこに鼻血を流すほど興奮する箇所があった!?」
「全部」
磯矢の眼が……眼が……瞳孔が開いてらっしゃる!
ダメだ!
磯矢ワールドに引き込まれてはダメだ!
「屈服ってなんだよ!」
「ご主人様の所有物になる奴隷契約の条件ですが!」
「いやな表現をするなああああああ!」
ヤンキー漫画のように喧嘩で勝てば相手を仲間にできるという便利な能力なのだが、表現を間違うと犯罪臭がしてくる。
そして一通り言い争うと獅子は本館へ向かう。
初手からぐだぐだではあるがそれが冒険のはじまりだった。