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くっ殺せ!

 ハルトは元のダンジョン前の基地に戻ってきた。

 これから受け取らなくてはならない人物がいるのだ。

 ハルトが大佐の秘書をやってるお姉様に連れられて取調室に来ると声が聞こえた。


「くっ……殺せ!」


 どこか色素の薄い清涼感のあるロングヘアーの美形。

 豊満な胸。

 サムライ言葉に無駄な「くっ(ころ)」。

 非常に遺憾なことにスライム林がそこにはいた。

 今はウィンデーネである。


「くっ……殺せ! 拙者はこれでも幕臣、侍としての誇りがあるのだ!」


「おーい林」


「はーい♪ じゃなくて、くっ殺せ!」


「はーやーしー」


「はーい♪ じゃなくて、くっ……殺せ! あとごはんマダァ?」


 ハルトは無言で履いてた来客用スリッパを手に握る。


「それがしは例え100人のオークに(検閲)されようとも侍としての誇りを……できればお米がいいな♪」


 スパーン!!!

 ハルトの容赦ないスリッパアタックが林のドタマを襲う。


「みぎゃー! にゃ、にゃにをする!」


「林いー。身柄を引き受けに来たぞー」


「お、おう! 溝口殿!」


 涙目の林がハルトに気づいた。


「身柄って?」


「俺がお前を引き受けることになった」


「左様でござるか……これは新たな主君への仕官? 報酬はご飯?」


 そんな林をスルーしてハルトは林の身柄引き受け書類にサインをした。

 この世界の自分との約束の後、水島大佐はハルトに約束した。

 精霊はハルトの管理下に置くと。

 つまり林は書類上、ハルトの備品となったのである。

 ハルトは林を無視して廊下へ出る。


「あ、ちょっと待ってー!」


 林が慌てて後を追ってくる。

 実はハルトが林を無視したのには事情があった。

 スライムの時はオスかメスかすらわからない姿だったが、今の林は完全に女性型である。

 しかも実に扇情的な格好をしている。


(なんというか……服の面積が少ない……)


 変に意識してしまって声をかけづらくなっていたのだ。

 ハルトは林を肩越しにチラ見する。


(なんというか……その……でかい)


 ハルトもお年頃なのだ。

 意識するなと言う方が無理だろう。

 例え中身が残念な生き物だったとしても。

 それに今までハルトは異性にモテたことがない。

 妙に女子に怖がられるのだ。

 たとえ人外であってもまともに会話ができる女子は初めてなのだ。

 それにこれから一緒に仕事をする仲間なのだ。

 会話の一つもできないのは問題だ。


(よし、ちゃんと話しかけよう)


 ハルトは思い切って話しかけた。


「お前、女だったんだな……」


「見ればわかるだろうが!」


「お客様の中にスライムの性別が一目でお分かりになる方はいらっしゃいますかー? ってなにその無理ゲー!」


「まったく! 女子が侍でなにが悪い!」


 プンスカと林が怒った。

 論点が激しくズレている。

 とりあえずハルトはそこをスルーすることにした。

 なぜ女子が侍になることができないのか?

 それを答えられないからだ。


「フフフ。どうやら人間は拙者を拷問する気がない様子。フッ……恐れをなしたか人間! お菓子を持てい!」


 スパーン!

 流れるようなスリッパでの一撃。


「みぎゃあああああッ! な、なにをする。あ、あんまり叩くとバカになるぞ!」


「おうスマン。つい反射的にツッコミを入れてしまった」


「後でお菓子を所望する」


「わかったよ!」


 どうやら思ったよりコミュニケーションは簡単だったようだ。

 林はコミュニケーション能力が高い。

 そう身構えることはなかったのだ。


「そうそう、とりあえずお前らが言うところの新政府側につくことになった。一緒に来い」


「そうか……もう磯矢殿が負けたことは幕府にも伝わっておろう。もう拙者も戻れんだろうな。あいわかった」


「ずいぶん素直だな」


「まあなんだ……責任取りやがれ溝口殿」


 笑顔。

 だがそれは凄まじい迫力だった。

 『責任』にどういった意味がこめられているかが問題なのだがハルトはわざとスルーする。

 考えると恐ろしいからだ。


「も、もう一人連れてくぞ」


「え? 誰?」


「それは……」



「くっ……殺せ!」


 またもや「くっ……殺せ!」だ。

 絶壁。

 茶色い髪。

 胸はないがまるでモデルのような美形だ。

 林は全く拘束されてなかったのに、なぜか女性は縄で拘束されている。


「つうか誰?」


 ハルトは指をさす。

 林は渋い顔をしていた。


「うーん磯矢様?」


(……はい?)


「おおう林! コイツらに言ってやれ! 我らは人間の手には堕ちぬ! 例えオーク100人に(略)されようとも武士の誇りだけは失わぬ!」


 ハルトはあんぐりと口を開けたまま固まった。

 あの磯矢が、ミノタウルスの磯矢がこんな可憐な生き物に変わってしまったのだ。


「林さん。林さん」


「なんだ?」


「これが磯矢? ミノタウルスの?」


「今は精霊に戻ったから地の精霊ノームかな?」


「ちょっ、精霊化。いつそんな事した! しかもなんで二人とも女の子になってるんだよ!」


「最初から我々は女子だが?」


「マジで?」


「だから、見ればわかるだろうと言っておる」


(お前らは名前詐欺じゃねえか!!!)


 そういう文化だとしてもこれはあまりにも巧妙な罠である。

 一応確認のためにハルトは磯矢に話しかける。


「磯矢さん。磯矢さん」


「おう溝口殿!」


「なんでその姿になってるんよ!」


 これでは『磯矢殿』ではなく『磯矢たん』である。


「知らぬわ!? 目が覚めたらこのざまよ!」


「つうか磯矢さんは女子でありましたか?」


 ハルトはもう一度確認する。

 どうしても信じられないのだ。


「見ればわかるだろ?」


「ミノタウルスの雌雄が判別出来る方はお客様の中にいらっしゃいますかー!?」


 マッチョな胸筋でどうやって女子判定しろと?

 いやマジで。

 あ、絶壁で筋肉だからわからなかったのか……

 いやいやいや。

 そうじゃねえ!

 いろいろおかしいだろ!


 ハルトはあまりにメチャクチャな展開の前でツッコミが追いつかない。

 そんなポンコツ気味のハルトの代わりにコミュニケーション能力の高い林が質問をする。


「ところで磯矢殿なぜ縛られているので?」


(林、ナイスアシスト! よし話を誤魔化そう!)


「自主的に縛られているそうです」


 秘書のお姉様が代わりに答えた。


「……自主的に?」


「なぜか……縛られてると胸がざわつくのだ……なんだろうか? この胸のときめきは」


 磯矢はそう呟くと目がとろんとさせた。

 その表情はまさに恍惚だった。


「ああん♪ 溝口殿と殴り合ってから拙者の中でなにかが目覚めそうに……ああん♪ なにかが目覚めちゃうー!」


 スパコーン!

 ハルトのスリッパが磯矢の頭を襲う。


「落ち着け」


 だがなぜか磯矢は目を輝かせる。


「胸がざわついた! もっと……もっと叩いてー!」


「うああああああああああああああああッ! なんか変な属性に目覚めたー!」


 ハルトは頭をかきむしる。


「林だけでも手一杯なのになぜこうなった!」


 そんなハルトの裾を林が引っ張る。

 林もそろそろ限界だったのだ。


「あのね。ご飯マダァ!?」


 くださいのポーズ。


「もっとー♪ もっとー♪」


 ド変態のおねだり。


「うわあああああああああああ!」


「カオスですね……」


 秘書のお姉様が呆れた声を出した。


「なんでこうなった!!!」


 ハルトの叫びが室内に木霊した。

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