異世界のハルト
ハルトは兵士に連行されてしまった。
磯矢や林も別々に連行される。
ハルトは大人しく捕まったのか?
それはだけない。
銃口を向けた隊員を問答無用で鉄拳制裁。
途中発砲されたが精霊格斗術でガード。
陣の中にあった本部のテントにボコボコにした兵士を投げ込んだ。
人様に安易に銃を向けるのはよくない。
特にハルトのような危険生物の前では。
ダンジョンの1、2階の階段付近は林の言うとおり基地のようになっていた。
林が言っていた陣というヤツだろう。
ハルトは手を差し出し、兵士はその手に手錠をかける。
次の瞬間、ハルトは鎖を引きちぎる。
「おいお前ら。仲間に失礼があったらこんな風に首を引きちぎるぞ」
ハルトがにっこり笑うと兵士たちは必死になって首を縦に振った。
兵士たちもどうすればいいかわからなかった。
目の前の少年は人斬り磯矢を素手で倒した化け物なのだ。
多数の負傷者を出しながらグレネードの多重攻撃をすることでようやく追い払えるほどの化け物を素手で倒したのだ。
暴れられでもしたら兵士たちにどれだけ犠牲が出るかわかったものではない。
結局、兵士たちはハルトを丁重に地上へ案内することにしたのである。
地上、そこはハルトの知っている寛永寺とは違う光景が広がっていた。
美術館や博物館があった上野公園は有刺鉄線が張り巡らされ、軍用車両が行き交っていた。
バリケードには機関銃までもが取り付けられている。
(これが前戦というヤツか。本当に異世界にやって来てしまったようだな)
ハルトからすればそれは異様な光景だった。
だがこの世界では当たり前のことのようだった。
そのままハルトはトラックで運ばれた。
これから何が待ち受けているのだろうか?
ハルトは期待に胸を膨らませた。
◇
ダンジョンは元の世界では国立博物館があった場所に存在していた。
そして、国立博物館の前の広場がハルトの連行されたビルである。
今、ハルトは尋問を受けている。
ハルトの目の前には30代くらいのハルトから見ればオジサンという年齢の男がいた。
兵士なのだろうがハルトには階級などはわからない。
だがとにかく偉そうだった。
「つまり君は『気がついたらダンジョンにいた』と主張するわけだな?」
「まあそうっスね」
それ以上のことは知らない。
それは事実だ。
それだけの事をわざと感じ悪くハルトは言った。
押しつけがましい人間にはとりあえず反抗するのがハルトという人間である。
「嘘をつくなー!!!」
兵士が机を叩いた。
「あの磯矢に素手で勝っただと! 人斬り磯矢が何人を再起不能にしたかわかっているのか?!」
「シラネ」
「キサマー! なんだその態度はー!!!」
「キレてもダメ。俺はなんもわからねえ」
兵士は顔を真っ赤にしている。
ハルトを殴ってやろうと考えているに違いない。
実に煽り耐性というものが低い。
ネット掲示板だったら炎上したまま鎮火出来ないタイプである。
警察とは違い、取り調べの経験がないからなのかもしれない。
(恫喝もヘタ。雑談もしない。腹芸もできない。地元の警察署と比べたらまるで素人だな)
喧嘩で何度も補導されていて取り調べには少しうるさいハルトはそう思った。
そんなぎこちない取り調べを受け続けているとだんだんとフラストレーションが溜まってくる。
(めんどくせえな。この野郎一発殴ってやろうか)
とハルトが考えていると取調室のドアが開いた。
現れたのは女性だった。
「伍長、水島大佐が被疑者にお会いしたいと仰せです」
「なんの被疑者だよ?」
「軍事境界線の近くを一般人がウロウロしていたらそれだけで罪になるのだよ。もっとも君はそれを知らないだろうがね。溝口大翔君」
女性の後から40代くらいの男性が現れた。
威厳のあるヒゲに精悍な顔。
きっとカーネルとか、クラウザーとかセバスチャンという名前に違いない。
一言で言えばスター●ンである。
名字は水島だが。
水島はハルトを見て驚嘆した。
「ほう……これは驚いた。聞いてはいたが顔がそっくりだ」
「はあ?」
「おいお前! この方を誰だと思ってるんだ」
「伍長。彼は知らないのだよ。どうだろうか? 私に預けてもらえないかね?」
温厚そうな顔だがそれは有無を言わせぬプレッシャーだった。
(このオッサン……やりおる)
「は、はいッ!」
伍長はそのばで本人の意思とは関係なくハルトを差し出すことになった。
結局、ハルトは言われるまま外に連れだされたのである。
◇
ハルトが連れてこられたのは病院。
場所はお茶の水だとハルトは推定していた。
ハルトは移動中にこの水島を質問攻めにしたが上手くはぐらかされた。
これそこそが年を経たオッサンの恐ろしさなのだろう。
「ここに君を呼び出した人物がいる」
病室の前で水島が言った。
「どういうことだ?」
「入ればわかるよ」
ハルトは半ば納得してないながらも言われるままに病室へ入る。
中に入るとそこには……
ハルトがいた。
いやハルトではない。
だが、少年は紛れもなくハルトだった。
確かに体格も雰囲気も違う。
だがなぜかわかった。
彼はハルトなのだ。
少年は痩せて頬がこけ頭にニット帽を被っていた。
「やあ。異世界の僕……初めまして」
「お、おう」
「あはは。ごめんね。突然呼び出してしまって。時間がなかったんだ」
ハルトは「なんの時間か?」などという質問をする気はなかった。
答えは一つだからだ。
「骨肉腫だってさ。せっかく勇者になるために頑張ってきたんだけどね」
どこか寂しそうに異世界のハルトは言った。
「でもね、それは無駄じゃなかったんだ。最後の魔法でこうして数多の多次元世界で最強の僕を呼び出したんだから」
「最強? どこが? 俺が最強のはずはない」
ハルトは自分の立ち位置というのは理解している。
ハルトは頭も悪くスポーツに秀でているわけでもない。
ただ喧嘩が強いだけだ。
それもプロの格闘家や武闘派ヤクザには及ばない程度のはずだ。
ただ一つ気になるとすれば磯矢との戦闘で見せた力だ。
「そうだね。そこから説明しようか。まず君は勉強出来ないよね?」
「お、おう」
悔しいが本当のことだ。
ハルトは勉強ができない。
宿題や提出物はちゃんとこなすし、予習復習もちゃんとしている。
だがどうしても点数に結びつかない。
最底辺の工業高校でも落ちこぼれるほどなのである。
努力をしても無駄なタイプのバカなのである。
「だろうねえ。だって君の脳みその脳神経回路の大部分は魔導回路だもの。そして君は全並行世界のハルトの中で最強の能力者だ」
「魔導回路?」
「魔法を使うための神経回路のことだ。魔導回路は脳の神経回路の活動にエラーを引き起こすんだ。特に勉強にね」
「はいいいいい?」
これまでの努力は何だったのだろうか?
ハルトの中でバカだバカだと周りにバカにされ続けたつらい記憶がよみがえる。
覚えられない漢字。
覚えられない地理。
覚えられない化学記号。
暗記科目はまさに拷問だった。
なぜか過程は正しいのに答えになると間違う数学。
爆発するオシロスコープ(75万円)。
簡単な六石ラジオの作成のはずなのに9V電池が爆発。
実習で触ったUNIXサーバーはエラー吐きまくり、なぜか消滅するテスト問題。
頼むから電気関係には就職しないでと泣きつく教師。
思い出すたびにハルトの目に涙がにじんだ。
「なんかごめん……」
「いやいいって事よ」
「あはは。僕も同じだから胸に来るものがあるよね。これも全部異能のせいなんだ」
「異能?」
「うん。まずね、この世界には魔法があるんだ。ダンジョンを作ったのも当時最高の魔道士天野八郎だ」
(天野八郎? 聞いたことのない名前だ……というか歴史は顔と名前が一致しない)
と、知識のなさから軽くスルーする。
元の世界にもいた人物である。
「慶応4年5月15日、上野戦争で当時国内最高の魔道士だった天野八郎が彰義隊全員の命と引き替えに上野の寛永寺に地獄の門を開いた。これが僕らの世界の歴史だ」
「狂ってるな」
「農民でありながら能力一本で仕官するほどの天才。それがこの世界の天野八郎だ。天才を追い詰めたのが運の尽きってことだね。そして君は天野と別のベクトルの才能の持ち主だ」
「才能?」
「ああ。地獄の門のせいか、この世界では異能持ちの能力を全て引き出せるんだ。君はモンスターを精霊に戻すことができ、しかも契約した精霊の力を使うことができる」
「ムチャクチャだな……おい」
「そうだね。ムチャクチャだ。だからお願いだ。異世界の僕」
「なんだ?」
「僕はもう長くない。元気そうに見えるが魔法でムリヤリ体を動かしているだけなんだ」
「お、おい。林にヒールをかけてもらうか? すっげー効くぞ」
「ありがとう。でもガンは細胞のエラーだからヒールは効かないよ。気持ちだけ貰っておくよ」
この世界のハルトはニコリと笑うと、急に真剣な表情になった。
「……お願いだ。僕の代わりにダンジョンを攻略して欲しい」
「……どういう意味だ?」
「水島大佐が君の後見人になってくれる。身分は僕の双子の弟ということになる。同じ人間が二人いたらいろいろ面倒だけどね……」
「お前……俺に大翔を捨てろと?」
「僕は知ってるんだ……両親は死亡。高校は中退予定。赤羽のボロアパートも出なきゃいけない。友人もいない。小学生から通ってた道場も辞めた。人間関係が切れてしまった。辛いよね。よくわかるよ。なんたって少し前の僕がそうだから……」
「……そうだな」
それがハルトたちの現状だ。
「勝手に呼び出してメチャクチャな事を頼んでいるのはわかっている。だけど人生を変えることはできる。それだけは保証する」
ハルトはため息をついた。
「確かに……」
確かにハルトの前途は多難だ。
何をすればいいのかわからない。
明らかに困難な道が待っている。
そこに光が差したのかもしれない。
別の人生が与えられるのだ。
「わかった。で、具体的にはどうする?」
「学校に通ってもらう。あ、大丈夫、授業とか学園生活とかはないよ。やることは迷宮の探索。仕事を請け負って戦闘をしてマップを作って……ゲームで言うところの冒険者ギルドってのに近いんだ。異能者隔離施設とも言えるかな。国立松下村塾上野校。あはは、ふざけた名前だよね。でも我慢してそこで僕の弟としてダンジョン攻略をしてくれ」
「報酬は?」
当然報酬は発生するだろう。
そのくらいは聞いてもいいはずだ。
ハルトは思った。
「今の僕が払えるのは僕の命。少々の金。それに住むところに食事に……あとは国から給与が月給11万円+歩合で支払われるくらいかな。卒業後はフリーで潜っても軍に所属しても結構稼げるよ」
「ヤルでゴザル!」
ハルトは次の瞬間二つ返事でOKを出してしまった。
金に困るというのは思ったよりキツいものである。
金がないのは命がないのと同じ。
ハルトにはそれを身にしみてわかっていた。
こうしてハルトは16年間愛用した名前を捨て異世界で第一歩を踏み出したのである。
次回、ドM「くっ殺」登場!
というかあの人です。