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最終話 ダンジョン兄貴

 5年後。


 あれからも世界はそれほど大きくは変わらなかった。

 人間を必要とする生態のモンスターたちはレオによる精霊化で日本国民として社会に溶け込んだ。

 少子化に悩んでいた日本国は彼らを無条件で受け入れた。

 今では何度目かのベビーブームである。

 女性ばかりの精霊を受け入れたことで、一時的に人口比が女性に偏ったが、それもオークやフェアリーたちによって徐々に修正されている。

 土木、建築、教育産業が盛り返し、技術革新による輸出産業も好調である。


 ハルトはダンジョンの奥へ行ってしまった。

 ハルトの計画、それは幕府などという小さいものではなかった。

 ハルトは自らを魔王と名乗った。

 そして人と相容れないモンスターを率い、地獄へ進攻した。

 今では地獄の盟主である。


 それこそが二人の計画だった。


 ハルトは地獄の盟主として君臨。

 レオは魔王を倒す勇者として形だけのダンジョン攻略をしていた。

 世界を滅ぼすと言ったハルトの言葉の真意。

 それは自分が悪役を引き受けるという意味だった。

 世界には、人類には常に敵が必要だ。

 それも強力で倒すことのできない存在が。

 三国志やソ連の例を持ち出すまでもなく、膠着状態と緊張関係こそが世界に安定をもたらしてきたのだ。

 あくまで必要なのは戦っているという演出だった。

 レオの世界の悲劇である二度の大戦もモンスターという敵がいたからこそ、ハルトの世界ではウヤムヤになった。

 このままモンスター側が滅んでしまえば、人類はレオの世界と同じように殺し合いをはじめるだろう。

 モンスターもまた同じだ。

 もともとまとまりのない生き物だ。

 しかも一部の種族ではベルルスコーニのような愚かなリーダーが定期的に誕生するのだ。

 彼らにも小競り合いや戦闘が必要だ。

 ガス抜きは双方に必要なのだ。

 敵ではあるが、全面戦争はしない。

 そのラインを保つ。

 それが二人の目的だった。

 だからこそ逆に人類の抹殺を標榜する魔王が必要だった。

 彼らは小競り合いで民意をコントロールしながらお互いが発展する道を選んだのだ。



 レオは結局薄汚い親父どもの意向に沿って暮らしていた。

 種馬扱いである。

 今では子どもまでいる。

 だがレオはその生活を受け入れていた。

 不満はない。

 金には困っていない。

 妻もいる。

 それでいいのだ。

 それ以上望むものはないのだ。


「おとーちゃん!」


 20人ほどのウィンデーネの幼児たちがレオを囲んだ。

 ほとんどが林の子だが、いつの間にか増えたウィンデーネもいる。


「おうよ」


 レオは気にしない。

 というよりかなり前に考えるのをやめた。

 考えたら負けなのである。

 レオの顔をのぞき込みながら子どもたちが両手を差し出した。


「おとーちゃん。おかしくださーい!」


 やはり全員食いしん坊である。


「ととさまー」


 今度はノームの女の子がレオに抱きつく。

 磯矢の子どもである。

 一番最初の子の一人である。


「ととさま。今日ね。今日ね。幼稚園で滑り台から落ちたのー」


「おい、大丈夫なのか」


 レオは心配になる。


「えへへー大丈夫。でもね! なんかね! なんかね! なんか頭打ったら……ときめいたの!」


 目が輝いている。

 レオは今度は急激に子どもの将来が不安になった。

 余計なところまで母親そっくりである。


「あのな。滑り台から落ちてときめくのはいけないことなの! めーッよ」


「えー! でも、早く走って思いっきり壁にぶつかるの楽しいよ?」


 すでに手遅れだった。

 子育てとは難しいもの。

 レオはここ数年で身にしみていた。


「お父様」


 羽の生えた女の子がパタパタと飛んできた。


「あのねーご本読んでー」


「おう、どれどれ……」


 『先輩! 俺の子を産んでくれ』

 なぜか男同士が半裸で抱き合っている薄いマンガだ。

 それを見た瞬間、レオはブチ切れた。


「こんなの読んじゃいけません!!! って、ヒナアアアアアアッ! 薄い本は手が届かないとこに置けって言っただろー!!!」


 レオは薄い本を引ったくる。


「ふえ、だってー、それはふぁんたじーなんだもん! 薄汚い恋愛じゃないもん!」


 もはや手遅れである。

 ここにも将来が不安な子がいた。


 思うにレオは5年前に夢見た5年後の自分。

 その理想の姿にはほど遠かった。

 女にだらしなく頭は良くならなかった。

 喧嘩にも必ず勝てるわけではない。

 相性の悪い相手は必ずいる。

 正義の味方からはほど遠い。

 しかたないといえどもハルトと二人で汚い手を使った。

 筋を通すことにも失敗した。

 だが人生とはそんなものなのかもしれない。


 完全、それは人間にはほど遠いものだ。

 理想、それは現実の前には儚い。

 あるのはひたすら続く消耗戦。

 年を取って衰えたらどうするか?

 5年はあっというまにすぎたのだ。

 15年、20年、いや40年もあっという間だろう。

 そこまでこの布陣が持つだろうか?

 それが目下の心配だった。

 いや今、考えてもしかたないのかもしれない。


 なぜ自分はこの世界に呼ばれたのだろう?

 この疑問も解消していない。

 おそらく、そもそも意味などないのだろう。

 それが20歳を過ぎてようやく理解できた。

 自分は特別な存在ではない。

 それほど偉大な人物ではない。

 たまたま宝くじに当っただけだ。

 だが責任だけは重大だ。

 世界のあり方を決めてしまった責任がある。

 レオにしては難しいことを考えながら、玄関を開ける。


「おう、レオ殿。帰ったか」


 エプロンを着けた林がレオを出迎えた。

 子ども好きの林は子育て係である。

 ちなみに男の名前で面倒くさいので家で名前を呼ぶときはお互い旧姓で呼んでいる。


「おう……なあ、林」


「うん、なに?」


「今幸せか?」


 林は少し考える。


「うーん。増えまくる子どもと、家のローンと将来が心配な子どもがいるけど……」


「……いるけど?」


「わりと幸せー」


 林がレオの腕に手を回し、腕を組んだ。


「そっか」


 レオは満面の笑みで言った。

 こうして全員幸せに……


「兄貴ぃーッ!!!」


 ドスのきいた声が響いた。

 なだれ込んできたのはフェアリーヤクザたちだった。


「天界が! 天界が!!!」


「はい?」


「天界が攻め込んできやしたー!!!」


 幸せをぶち壊すものが現れたとき、兄貴は何をするのだろうか?

 それは簡単だ。


「全員ぶん殴る!!!」


 ダンジョン兄貴 完

11/11より「魔王はリア充を滅ぼしたい」のリメイク版を投稿します。

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