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最終章 第二話 好色一代男

 何人もの裸の女たちが畳に横たわっていた。

 その隣には男がいた。

 眼光凄まじい精悍な顔つきである。

 男はハルト。

 レオとは違い、命は有限であることと絶望をよく知っているせいか欲望に忠実な男である。

 さんざんやり尽くした男は、どこでもない虚空を見つめながらつぶやいた。


「さすがに……飽きたな。そろそろ遊びに行くかな」



 さて一方レオは……


「本当に俺はやったのか……」


 うつむきながら愚痴っていた。

 心の童貞を捨てきっていなかったのである。

 思えばレオは高校生になれば自動的に彼女ができると思っていた。

 放課後にたわいない会話を楽しんだり、手を繋いだり映画に行ったり、ファミレスで食事したりするものだと思っていた。

 あまりにもモテなさすぎて発想が中学生レベルである。

 そのくらいモテなかったのだ。

 圧倒的なまでに女子に相手にされなかったのだ。

 レオは基本的に小綺麗にしている。

 小綺麗にしているのに臭いとか陰口を叩かれていた。

 道着のせいに違いない。

 だが道着も三着をちゃんと洗濯して使っていた。

 そこまで言われる筋合いはない。

 人間用のフェロモンのないレオはそのくらい女子に縁がなかった。

 いや、むしろ女子に虐げられすぎて軽い女性恐怖症であると言ってもいい。


 そんなレオに想像の二段階ほど先のアダルティな展開が待っていた。

 まさかの初体験がトリプルプレイ。

 しかもヤクをキメてである。

 爛れすぎてコメントすらできない状態である。

 なにこのエロゲである。


 さらに言えば記憶が全くない。

 複数の意味で残念だった。

 それが本音である。

 さて、そんなレオだが現在いるのは寮ではない。

 ダンジョンの中である。


「新しいオークキングに敬礼!!!」


 オークたちがレオに敬礼をした。

 なんでやねん。

 レオは心の中で激しくツッコんだ。

 レオたち一行はダンジョン探索に来ていた。

 林だけ途中から別行動である。

 一行は地下10階の探索を中心にしている。

 この階にはオークがいるということである。

 とりあえず殴ればいいやと、レオは思っていた。

 ところが実際に10階に辿り着くとそこにはオークたちが待ち構えていた。

 全員敵意はなかった。


 オークたちはなぜかレオを見るなり、


「あ、あの伝説のオークキングが降臨なされた!」


 と、レオに絶対服従を誓った。

 まるでアステカに辿り着いたスペイン人の気分である。


「伝説のド変態(オークキング)に敬礼!」


 オークたちはレオの前に立つ長老の号令でもう一度敬礼をする。

 明らかに褒められていない。


「したたる童貞力! エロいことしか考えていない中学生のような頭の中! まさにオークキング!」


 長老がレオに言った。

 明らかにバカにされている。


「喧嘩売ってんのか?」


「いいえ! 我が種族はあまりにも性欲が強すぎるせいで多種族から嫌悪され絶滅の危機にありました。そこで性欲をコントロールする術を生み出しました。名付けて『だって童貞だもの』! ところが一転、今度は少子化で絶滅寸前に……そして我々は思い出したのです。オーク族の神話にあるド変態(オークキング)の伝説を」


 どうやらオークは極端から極端にしか移行できないらしい。


「ちょっと待て……童貞?」


「全員童貞ですがなにか?」


「いえ、なんでもありません」


 なぜかレオは敬語になった。

 それを見て長老は語りはじめた。


「では聞いてくだされオークの偉大なる王の話を……」


 人外の種族の神話は聞いたことがない。

 レオは少しだけ興味をそそられた。


「まず最初に生涯で女性3742人と少年725人と関係を持ったオーク王がいました」


 レオは全くわからなかったが、井原西鶴の『好色一代男』である。


「7歳で童貞を捨て……」


 好色一代男である。


「男女構わず関係を持ち19歳の時に父王から勘当され放浪の旅に……」


 魔改造された好色一代男である。


「遺産25000両を手に入れやりたい放題生きたあと、最後は女性しかいないというオークの約束の地である女護島に向かい消息を絶ち……」


 すべてが好色一代男である。


「最後に偉大な王は申された。我は童貞として復活すると」


 最後だけ少し違った。


「お、おう……」


 そりゃ復活すれば童貞だろ。

 レオは素直に思った。

 オークの長老の目がくわっと開く。


「それがオークの童帝伝説!」


「いやな帝王だなおい!!!」


 童貞の帝王だから童帝である。

 長く外界と接触がなかった部族などは、洗練された文化に触れたときに自身の生み出した文化であると言うことがある。

 「そんなに素晴らしい文化は何よりも優れた自分たちの先祖が産みだしたに違いない」というわけである。

 これはすべて無知から来るものだが、オークたちも同じだった。

 江戸文学の最高峰の一つ、それに触れたときオークたちは思ったのだ。

 「こんな素晴らしい物語は我が祖先の神話に違いない」と。

 そしてオーク王の伝説として魔改造されて今日に至るというわけである。


「それで、どうする?」


 レオは仲間たちの方を見た。


「しゅごいですー! ごしゅじんさまー!」


 脳みそとろとろな磯矢はスルーである。


「こ、こっち見ないでよ! このエロ魔人!」


 ヒナの無駄ツンデレが炸裂する。

 ちなみにこの場で一番エロいのはヒナである。

 完全にレオへの名誉毀損である。


「まあいいや。長老、部下に会わせるから来てくれ」


 レオは長老を連れて行く。

 部下とは元ゴブリンのフェアリーたちである。


「長老、独り占めは許しませんぜ! 俺らも女護島に向かわせてもらいます」


 盛大になにかを勘違いしたオークたちはそう言いながらレオの後ろをついていく。

 すでにレオはツッコミ疲れてコメントする気力もない。

 集団が一つ上の階に行くと元スライムの精霊たちが出迎えた。


「おだいかんさまー♪」


 地下10階に辿り着くころには解放したスライムの集落はすでに20を越えていた。

 精霊化したウェインデーネの数はすでに数百を超える。

 総数はかなりの勢力である。

 しかも集落はダンジョン中に点在する。

 いくらレオに忠誠を誓ったと言えど、一人では管理しきれなくないほどになっていた。

 そしてそれを見たオークたちから歓声が上がった。


「女護島は存在したのか……」


「なんということだ……伝説のオーク王は我らを約束の地に導いてくれたのか!」


「お、俺知ってる……バ●スって言ったらすべてがなくなるって人間が言ってた」


「なぜお前ら人間の文化に無駄に詳しいんだよ」


 ツッコまざるをえない。

 レオがあきれ果てていると聞き慣れた声がかけられる。


「レオどのー」


 林である。

 もはやレオだけでは管理しきれないウィンデーネの集落。

 そのすべての集落の総責任者に就任したのだ。

 ちなみに日本政府から暫定的に代官の地位をもらっている。

 代官は林なのである。


「おう、林。どうだ? 集落の調子は?」


「人口が増えたよー」


「うん? 男いないんだろ?」


「スライムもウィンデーネも食料が安定するといつの間にか増えるんだよねー」


「スライムもウィンデーネも謎に包まれているのう」


 玉藻がつぶやいた。

 レオも苦笑いをした。

 もはや笑うしかない。

 ゆるい空間。

 いつもの光景。

 レオはそれがいつまでも続くと思っていた。

 あとは消えたハルトを探し出すだけだ。

 そう思っていたのだ。


 だがそのときだった。

 それが突如一変したのだ。


 コツコツコツ。

 靴の音がダンジョンの回廊から響いてくる。

 同時にレオのうなじの毛が逆立つ。

 危険が迫っている。

 レオは構える。


「誰だ……」


「酷いな……僕と君の仲じゃないか」


 回廊に現れた人影。

 それを見た瞬間、レオは息を呑んだ。


「は、ハルト……?」


「ああ、レオ。久しぶりだね」


 目の前の男はハルトである。

 わかってはいたが、なぜかレオはそれを確信できなかった。

 抗がん剤で抜けた頭髪が生え揃っていた。

 ただし色は白い。

 痩せて青白かった顔には生気が戻っている。

 体型的には痩せ形だが力強い。

 そして目は赤かった。


「え、江戸柳生の反魂術か!」


 玉藻が叫んだ。


「ああ。生まれ変わらせてもらったんだ」


 そう言ってハルトは人なつっこく笑った。


「あ、そうそう。レオに言うことがあるんだ」


「なんだ?」


「徳川は滅んだ」


 もう一度ハルトは笑う。

 今度は底意地の悪い邪悪な笑みで。

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