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覚醒(複数の意味で) ※反社会的内容につき注意

 魔法が炸裂した。

 爆発そして静寂。

 煙と粉塵の眺めながら坂上はその骨が見えた顔を歪めた。


極道(アンデッド)舐め腐りやがって、こんボケがぁ!」


 坂上が楽しそうに笑う中、粉塵の中で影が蠢いた。


「あ?」


 坂上がねめつけながらつばを吐いた。

 粉塵の中の影から独特の呼吸音がする。


「オイコラてめえ! なんじゃそりゃあッ!」


 坂上が怒鳴った。

 だが、それも無理はなかった。

 影の正体はレオである。

 レオは胸の前で手を大きく回し爆風を全て払っていた。


「昔、マンガで見たことがある……廻し受けは火炎放射器相手でもガードできるってな!」


 あの超有名格闘マンガである。


「ざけんなてめえ! デスバースト!」


 坂上の爆発呪文がレオを襲う。

 まるでグレネードのような爆発がレオを襲う。

 だがレオはその爆風の中でも立っていた。

 内股の特徴的な立ち方。

 それは空手の三戦(サンチン)だった。


 レオは純粋な空手家ではない。

 どちらかと言えば道場はドマイナーな古武道系に属する。

 レオの通っていた道場は常設の道場である。

 家賃、修理費、光熱費……常設の道場は金がかかる。

 一般部の月謝平均1万円。

 レオは学生なので5000円。

 一説には最低で50人は生徒がいないと経営が成り立たないと言われている。

 経営ノウハウやイメージ戦略がしっかりしている大手の武道や総帥がテレビに出るような流派ならいざ知らず、一般への認知度が低い古武道系は複数の武道を教えているところが多い。

 特に現代流派の空手や合気道は少年部での人気が高く、経営を考えるなら外すことができないのだ。

 (柔道剣道や伝統派空手は公民館で教えているのでそちらに通わせる親が多い)

 道場の経営とはかくも厳しいものなのだ。

 レオの通っている道場も空手を教えていた。

 ただしグローブ制の現代空手に属する流派のため型は教えていない。

 三戦すら知らない。

 ゆえにレオも型に愛着を持っていないため流派ごとの握拳と開掌の違いや、中国武術の白鶴拳に同じものがあることなどは知らないし細部はテキトーである。

 だがそれで充分だった。

 林が近くにおらず魔法が使えない状態であってもチートで強化された肉体は爆風を凌いだのである。


 レオはゆらりゆらりと坂上に近づく。

 それを見た坂上は内心恐怖していた。

 魔法無効、いや魔法防御力が高すぎて攻撃が通らない。

 普段物理無効の恩恵を受けている坂上はその恐ろしさを味わっていた。


 坂上は焦った。

 論理的には物理無効という切り札があるので倒されることはない。

 お互い切り札に欠ける状態だ。

 だが死線をくぐり抜けてきた極道(アンデッド)の勘が訴えかけてきた。死者なのに。

 そこで坂上は太古の昔からある戦術を使用することを選択した。

 坂上は壁をすり抜ける。

 実体のない坂上ならではの技である。

 レオは壁を壊し追った。


「ぎゃはははは! 女の命を助けたきゃあ大人しくしやがれい」


 ヒナを抱えた坂上が下品な顔で笑った。

 人質。

 おそらく人類の発祥と共に生まれた戦術である。

 髪の毛をつかんで殴るのと同様にその有効性は明らかである。

 「従わねば女を殺す」その単純かつわかりやすいメッセージの訴求力はキングオブバカであるレオにも通じるほどである。


「てめえ……男じゃねえな」


「くっくっく。てめえなに言ってんだよ。極道(アンデッド)てのはよう、人間すらやめた亡八のことだぜ!」


 亡八とは儒教における仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌の八徳を忘れた人でなしという意味である。

 正確には遊女屋などの人身売買産業に従事している人間のことであるが、「そのくらい怖いんだよ」と言いたいのだろう。

 日本人は少なくとも江戸時代には人身売買を薄汚い仕事であると認識していた。

 実際、法的にも地方では凶作などの自然災害以外での人身売買は固く禁止されていたほどである。

 奴隷制度なども現代人ほど洗練されてはいないものの、おおむね「野蛮」であるとみなされていた。

 これが日本人と西洋人との奴隷観の違いである。


「おい。ヒナを離しやがれ」


 レオは憤慨した。

 ヒナを心配する気持ちもある。

 それと同時にせっかく気持ちよく戦えていたにも関わらず、相手は卑怯な手段を使った。

 それがレオの中のなにか純粋なものを汚されたような気がしたのだ。

 レオの中でなにかが噴き出した。

 怒りとも言えない原始的なものが噴き出した。


「はわわはわわ……」


 一方ヒナは……きゅんきゅんしていた。

 「俺の女」発言。

 もちろん壮大な勘違いである。

 だがサキュバスの本能を抑えていたヒナの理性に蟻の一穴を与えるにはそれで充分だった。

 レオの一言は、今まで男を避けてきたヒナに男を求める理由を与えた。

 そして激しい脳内妄想だけで消費してきた性欲に火がついたのである。


「(検閲)!!!」


 その一言だけで軽くノクターンノベルズ行きになる叫び。

 それこそサキュバスとしての心の叫びだった。

 欲しい。

 ヒナは思った。

 なにが欲しいのか?

 それを書いてしまうとノクターン行きになるので省略する。


「だ、ダメだ先輩、なに言ってるんだ俺の子を妊娠しろ!!!」


 ちなみに男どうしという設定である。

 たまりにたまった脳内妄想が口から流れ出ていくハーモニー。

 ドン引きするレオ。

 よくわかっていない坂上を遙か後方に置いてきぼりにしながら。

 なぜか男どうしのネタが多いのは仕方がない。

 だって腐っているもの。

 なにが?

 妄想が。


 庶民の花開いた江戸時代。

 それは同時に日本人のド変態が花開いた時代だった。

 そのDNAは薄い本に脈々と受け継がれている。

 そう、葛飾北斎「蛸と海女」はそのまま触手モノの薄い本なのだ。

 そしてここにそのド変態のDNAを受け継ぐ勇者が現れたのである。


 ヒナの口から猥雑な単語が漏れるたびに禍々しい魔力がフロアを覆って行った。

 坂上の顔が歪む。

 リッチである坂上とて魔法のスペシャリスト。

 サキュバスといえども戦えない相手ではない。

 だが、その禍々しい魔力はサキュバスのものではない。


「な、なんじゃ……てめえ……」


「土とコンクリートのカップリング……」


 どくん。

 ヒナの妄想の対象が物に移ったときそれは起こった。


「な、なんじゃこりゃあ!」


 突如、レオが100人に増えた。

 坂上は焦った。


「な、なにが起こった。オイコラてめえ!」


 坂上は抱えていたヒナに怒鳴る。

 だがあれほど細かったはずのヒナの体が妙にゴツイ。

 焦って坂上はヒナを見る。

 筋肉。

 それは筋肉だった。

 なぜか坂上が抱えていたのは全裸のレオだった。


「うわあああああああああ!」


 坂上は思わず悲鳴を上げた。


「おう、坂上」


 レオが何事もなかったかのように坂上に声をかけた。


「お、おう」


 坂上の心臓がバクバクと鳴る。アンデッドなのに。

 坂上は極めて冷静に振る舞うことに努めた。

 ビビったら負け。

 喧嘩の不文律である。

 だからこそこの異常事態の前でも動じてないように必死に見せたのである。

 だが、次の一言は坂上の耐久限界を軽く超えるものだった。


「坂上、一目見たときからお前のことが……お前と(検閲)したい!」


「っちょオメエな、なに言ってんだよ!!!」


 逃げたい。

 始めて坂上は敗北の味を知った。

 目の前の男は意味不明だ。

 いや自分の器で計りきれるような人間ではない。

 いや人間かどうかすらもわからない。


「ああ、俺たちが貴様をかわいがってやる!」


 100人のレオが坂上に襲いかかる。


「い、いや、やめ! 触るな! やめ、らめえええええええええええ!!!」


 坂上の悲鳴がダンジョンに響いた。



 静寂。

 息を呑むレオたち。

 そしてその静寂を打ち消すヒナの声。


「サキュバス幻影拳」


 そう。

 当然のように100人のレオは幻覚である。

 サキュバスとして覚醒したヒナは坂上の脳に魔拳を撃ち込んだ。

 ヒナのその極限まで鍛え上げられた妄想力が坂上の脳を支配する。

 坂上はすでに幻覚により心を打ち砕かれ廃人と化していたのだ。


「えへへ……らめえ……」


 なんとも哀れな姿である。


「さあレオ、トドメをさして」


 すでに呼び捨てである。

 自分の男アピールである。


「お、おう」


 ドン引きするレオが坂上にトドメをさし、一件落着となったのである。


「……で、親分これどうしましょうか?」


 レオたちが戦う中、器用に坂上から逃げ回っていたゴブリンたちが指をさす。

 その先には麻薬の入った袋が積まれていた。

 なにせ時価数億とか数百億とかの代物である。

 勿体ないからどうしましょうという意味である。

 だがレオの態度は一貫していた。


「焼け」


 麻薬が流行るところには政治システムの構造的な閉塞感という問題があり、それを解決できねば麻薬の問題はいつまでも続く。

 だがレオはそんなことは知らない。

 麻薬を焼いてしまうのが一番だと思っていた。

 いや、全ての人間がレオくらい単純であれば幸せになることができるかもしれないのだ。

 だが、残念なのは手段であった。

 レオはハリウッド映画のように麻薬を燃やすその目の前で、陰の権力者のように足を組みながら椅子に座り、悪い顔で葉巻を吹かそうと思っていた。

 レオに喫煙の習慣はないが、そこは演出として抑えておきたかった。

 なのでレオは玉藻を後からやって来た林に寮へ連れて行ってもらい、自分は悪い顔で燃え上がる麻薬を見物するつもりだった。

 このたいへん頭の悪そうなイベントに参加したのは、ドM一筋変態磯矢、きゅきゅん妄想狂ヒナである。

 もちろん飲みもしない高いワインを用意してである。

 ゴブリンがたいまつを麻薬の山に投げ込む。


「下がれ」


「へい」


 ゴブリンたちは組へ帰って行く。


「くくく、くわーはっはっは!」


 レオは陰の権力者笑いをした。

 そしてそのときだった……

 煙がレオたちを包み込んだのだ。


 かつて東南アジアの某国で麻薬撲滅キャンペーンがあった。

 そこで陸軍は今回と同じように麻薬を火にくべたのである。

 そしてそれは起こった。

 麻薬の山の前にいた兵士たちが一斉に笑い始めたのである。

 そう、その原因は燃やされた麻薬の煙。

 その中には麻薬の成分が大量に含まれており、それを吸い込んだ兵士たちがラリってしまったのである。

 そしてそれはレオたちにも起こった。

 レオが異変に気づいたときにはサイケデリックなアメーバ柄が七色に光っていた。

 素っ裸の磯矢とヒナが笑っている。

 それを見たレオはどうでもよくなった。

 ぐわんぐわんと脳内から音がしながら、なぜかレオは笑っていた。

 レオ自身もなぜ笑っていたのか全くわからなかった。


「うん……なにがあった……」


 数時間後、レオは意識を取り戻した。

 そしてレオがそこで見たものは……


「うん……? なんか凄いことをしたような……」


「うーん……ものすげえエロいことをしたような……」


 素っ裸で転がる二人がメスの顔をしながら起き上がる姿だった。

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