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スライムさんは子ども優先

 そのころ林は……


「ままあああああああああ!」


 ゴブリンの幼児が泣き叫んでいた。

 ギャン泣きである。

 どうやら地下2階に迷い込んだらしい。


「大丈夫。お姉さんが家に帰してあげるから」


「うんぎゃあああああああああ!」


 元々、林は迷子担当である。

 当然のように迷宮では迷子が頻繁に発生する。

 迷宮で迷わないようにするにはいくつかの方法がある。

 レオのように壁を壊して進む。

 磯谷のように野生の勘で進む。

 この二つはほぼ固有スキルなので真似ができる方法ではない。

 正攻法はヒナのようにマッピングをしたり、構造を覚えることである。

 そしてもう一つはスライムを仲間にすることである。

 迷宮の構造は複雑である。

 外部の敵を招き入れないためのものなのであるから当然である。

 だが寛永寺地下は複雑かつ広大すぎる。

 マップがあっても迷うほど広いのだ。

 そこで役に立つのがスライムである。

 スライムのはるか祖先と考えられている粘菌。

 粘菌が迷路全体に広がった後に入り口と出口に餌を置くと、無駄なルートには粘菌は残らず、迷路の入り口と出口を最短距離で結ぶのである。

 スライムは粘菌と同じように迷路を解くのが得意である。

 菌類なのかはたいへん疑問ではあるが、迷路における方向感覚は驚愕の一言である。

 おそらく本能に組み込まれているのだろう。

 天然のマッパーなのである。

 林はすでにスライムではない。

 だがウィンデーネになった今でもこのダンジョンにおける方向感覚は失っていない。

 レオと最初に出会ったとき、磯谷以外の敵に遭遇することはなかった。

 それは林の能力によるものである。

 磯谷は存在自体がイレギュラーのため避けることはできなかっただけである。

 そんな林は迷子の保護に精を出していたのであった。

 子ども優先。

 これはスライムの本能みたいなものである。


「はーい。よしよし」


 林は幼児を抱っこする。

 レオや仲間よりも子どもを優先するという本能に逆らえなかったのだ。

 こうして『優しい婦警さん』林は今回の戦闘に参加できずにいたのである。



 一方、レオは……


「婿殿、エレベーターに乗るぞ」


「タマちゃん。エレベーターあるんだな……」


「ないと不便じゃろが。30階じゃぞ」


 案外いいかげんである。

 案内された場所には魔方陣が存在した。

 魔方陣の横には入力端末がある。

 妙に技術が進んでいる。


「エレベーター?」


「エレベーターじゃ」


「どうやって使うんだ?」


「うむ。階数と座標をそこにある端末に入力するのじゃ。座標は間違えると壁の中に出てしまうのでいじらない方がいいのじゃ」


 リアル「壁の中にいる」である。

 怖いもの知らずのレオもさすがにそれは避けたい。


「座標入力しないとどこに出るんだ?」


「エレベーターが設置されている隠し部屋じゃ」


「ところでこれさ、エレベーターじゃなくて転送陣……」


「エレベーターじゃ!!!」


 濁った目で否定する玉藻。

 大人の事情があるに違いない。


「さて行こうかの! あのな、結婚式はウエディングドレスというものを着たいのじゃ!」


 案外俗である。

 しかも結婚するのはすでに決定しているらしい。


「あのなタマちゃん」


「なんじゃ」


「男は18歳、女は16歳にならないと結婚できないぞ。ちなみに俺も18歳になってない!」


「なんじゃと!」


 このとき、二人とも勘違いをしていた。

 そもそも玉藻は幕府側の人間である。

 この場合、婚姻を新政府に認められる必要は全くないのである。

 磯谷は幕府を裏切った立場だし、ヒナは新政府の市民であり戸籍も持っている。

 立場がまるで違う。

 だがそのことを二人は知らない。

 確かに未成年に法律を理解しろというのはかなり無理があるだろう。

 あやふやな知識しか持ち合わせていない。

 そもそも大人でも自国の民法を理解しているとは限らないのだ。

 結婚した大人であっても民法第4編親族を読むのは離婚と相続の時だけである。

 いや、離婚や相続の時であっても誰も読まない。

 幕府側の法律も同じである。

 高度に複雑化された法律などその程度の扱いなのである。

 そんな法律を若い二人が知るはずがない。


「うにゅう……おじいさまに申し訳が立たないのじゃー……」


 玉藻は落ち込んでしょぼーんと肩を落とした。

 尻尾も下がっている。


「まあなんだ……生きてりゃいいことあるさ」


「そうかのう……」


 玉藻をなだめすかしながらレオは魔方陣に数字を入力した。



「ぬふふふふふ! 弱い! 弱いぞ!」


 マフィア風のリッチが勝ち誇った声で叫んだ。


「く、それがしではダメージが通らん……ヒナ! 魔法を撃ってくれ!」


「い、今詠唱してるんだって!」


 ヒナは後悔していた。

 こんなことなら魔法を覚えておけばよかった。

 ダンジョンの鉄板職種はレンジャーである。

 ひたすら隠れ、戦闘を避ける。

 武器はアサルトライフル一本と弾薬、それにナイフがあればいい。

 もし物理無効の敵に見つかったとしてもたいていは知能の高いモンスターだ。

 荷物の何割かを差し出せば穏便に通行できる。

 一人で潜って、一人で出てくる。

 これがダンジョンの鉄則である。

 魔法など必要ない。


 ところが今は討伐ミッションだ。

 敵を倒さなければならない。

 急ぐ必要がある。

 だがヒナはモタモタと魔法を詠唱していた。

 ヒナには魔法の才能はある。

 だが訓練などしていない。

 林のように精霊という反則キャラでもない。

 モタモタしているのは仕方がなかった。

 その後もさんざん失敗をしながらもついに魔法が完成した。


「磯谷さん! できた!」


「は、速く撃て!」


 すでに磯谷も疲労困憊だった。

 肩で息をしている。


「ファイアボルト!」


 魔法の矢がリッチに炸裂する。

 だが……


「ほう……今なにかしましたか?」


 坂上は無傷だった。

 付け焼き刃の魔法が本職の魔道士に通じるわけがない。


「くっくっく……これで私が組も柳生一門の庇護を受けられるのです。さあ、死になさい!!!」


 坂上が魔力を発生させる。

 一瞬で魔方陣を描き、詠唱も完了させる。


「喰らえ! ヘルファイアじゃああああ!」


 その時だった。

 問答無用の飛び蹴りが坂上の後頭部に炸裂した。


「うぎゃあああああああああああっ!」


 壁を突き破りながら坂上が吹き飛んでいく。


「うわー。婿殿容赦ないのう」


 小さい女の子がつぶやいた。

 女の子は玉藻。

 そう坂上に蹴りを浴びせたのはレオだったのだ。


「おい、金髪ゾンビ。そこの二人は俺の(友達(ダチ))だ!」


「お、お、お、お、お、俺の(カノジョ)!?」


「お、俺の(性奴隷)!?」


 もちろん、前者の若干まともな方がヒナで、後者の心が薄汚れたピンク色の方が磯谷である。


「レオしゃまー! だいしゅきー!」


 磯谷は鼻血を出し、


「はにゃにゃ。お、お、お、お、俺の!」


 ヒナは顔を赤らめた。

 嗚呼、盛大な勘違い。

 しかもうらやましくない。


「タマちゃん! 援護頼む!」


「うむ?」


「どうした?」


「援護ってなんじゃ?」


「いやだから人とか雷とか」


「無理じゃ」


「へ?」


「妾はそういう荒事は習っておらぬ。琴とか鼓なら得意じゃぞ!」


 役立たずはえっへんと真っ平らな胸を張った。

 磯谷が言ったとしたらスリッパが飛んでくるところだが、幸いレオは子どもと動物には優しい。


「仕方ねえ! いつも通りぶん殴ってやらあ!」


 レオは両の拳を顔の前に構えた。

 レオは知らなかった。

 坂上は物理無効なのだ。

 そうとは知らないレオへ粉塵の中から声がかけられる。


「おどれボケェッ! いくらワシがアンデッドじゃからって痛いもんは痛いんじゃボケ!!! 死なないからって好き勝手しやがって! あ、ゴラァ! ぶっ殺してやんよ!」


 オールバックをグチャグチャにした坂上が、どこの方言か定かではないインチキ臭い訛りの言葉で叫んだ。

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