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殴り込み

「なんじゃわりゃ……ぎゃああああああ!」


 正拳がねじ込まれたスケルトンがバラバラになる。

 打撃の主はレオである。

 なぜ彼が2階にいたのか。

 話は少し時を遡る。


「あ、兄貴! ていへんでやす!」


 あやしい江戸言葉でまくし立てながらフェアリーの若い衆が玄関に駆け込んできた。


「なんでい」


「坂上組にサブが拐かされやした!」


「な、なんだと!」


「坂上?」


 レオが聞く。

 全く話しについて行けなかったのだ。


「坂上は2階のマフィアです。幻覚キノコのしのぎで急拡大してるあくどい連中でさあ」


「幻覚キノコ?」


「乾燥させたものを煮て樹脂状に固めたアイテムでさあ。それに火をつけてタバコにしたり、飲んだり、注射したりするととてつもない幸福感が押し寄せるって代物です」


「ヤバいな」


「ええ、だから1階では出回らないように気をつけてたんですがとうとう野郎が攻め込んで来やがったようです」


 明らかにそれは麻薬だ。

 麻薬に違いない。

 ここでレオのヤンキー回路がフル回転する。


 麻薬ダメ絶対。


 麻薬悪い。

 売るやつぶっ殺す。


 レオの脳内は実に単純だった。


「よしぶっ潰そう」


「あ、兄貴! そこまで俺たちのことを……」


「おう、油用意しろ。全部焼き払うぞ」


「へ、へい! 兄貴。この大鳥逸平。地獄の果てまでも兄貴についていきやす!」


 これが事件の発端である。



 一時間後。

 レオ、林と組員たちが地下2階になだれ込む。

 2階はアンデッドの巣くうフロアである。

 とは言ってもドイツ軍を滅ぼしたアンデッドとは違い物理無効を持っているものはいない。

 レオの圧倒的暴力の前ではアンデッドはただの気持ち悪いだけの雑魚だったのである。


「なんじゃわりゃ……ぎゃああああああああ!」


「おどれ……ぎゃあああああああ!」


 一方的な暴力の前に次々と駆逐されるアンデッドたち。

 拳をねじ込まれ、蹴りを浴びせられ、本来は死なないはずのアンデッドも物理的に破壊され行動不能になっていった。


「ふむ。アンデッドてのもたいしたことないな」


「それは兄貴が無敵すぎるだけかと」


「そうか?」


「ええ。兄貴は恐ろしいものなんてないでしょう?」


「いやあるぜ」


「え……本当ですかい?」


「おう。借金だろ。テストだろ……」


 レオは青ざめた顔でつぶやいた。

 暴力で解決出来ない問題にはとことん弱いのだ。


「人間の社会ってのは無駄が多いッスね」


「そうかねえ」


「まあこのダンジョン内には兄貴の恐ろしいものなんてありませんや」


「まあな。ゾンビだろうが骸骨だろうが殴ればいいだけだしな」


「普通の人間はそうでもないんでさあ。アンデッドは骸骨とか半分腐った肉ですから最初はその面構えだけで兵士が恐れて逃げ回ったらしいですぜ」


「へぇー。なるほどな。メンチがうまいと喧嘩も有利だからなあ。ビビらせて一方的にボコか。喧嘩の9割は演出、よくわかってるじゃねえか!」


 バカはバカなりに自身の価値観から世界を理解しているのである。


「メンチと大声は喧嘩の基礎。さすが兄貴! よくわかってらっしゃる!」


 もう一人のバカも同じ論理で世界を理解していた。


「おい野郎ども! 勢いがあるうちに全員叩きのめすぞ!」


「おー!」


 喧嘩は格闘技ではない。

 ただ倒せばいいわけではない。

 ただ倒しただけでは遺恨が残るのだ。

 そのために格闘技では重視されない相手の心を折る技術が必要になる。

 心を折るのには相手にとても敵わないと認識させることが重要である。

 そこで有効なのが演出である。

 相手に敵わないと自覚させるのだ。

 強面のファッション、睨み、防御を無視した技術。

 倒れても起き上がるなどの不死身と思わせることを重視する文化。

 威嚇に使う殺傷性の武器。

 全てが相手の心を折るのに最適化されている。

 殺すだけなら鉄砲の方が早くて確実なのである。

 極道である組員たちはその道のプロだった。

 持っていったハンマーでスケルトンやゾンビの手足の骨を折っていく。

 回復力の高いゾンビもしばらくは動けない。

 知能のない相手は作業的に行動不能にする。

 知能が高い相手に出会ったら喧嘩で心を折って仲間にする。

 実に単純な作戦である。

 『いつも通りなにも考えていない』とも言う。


「ぎゃはははは!」


 レオは高笑いをしながらアンデッド軍団を殴り倒す。

 その時だった。


 ぱかっ。


「はい?」


 突如、レオが立っていた床に穴が開く。

 レオはリアクション芸人のように間抜け面をさらしながら穴に消えて行ったのだ。


「あ、あにきいいいいいいいいい!!!」


 子分たちの叫びがむなしく響き渡った。



 粉塵に光が当りキラキラと輝いていた。


「どうしてこうなった……」


 瓦礫の山でレオはつぶやいた。

 それは見事な落とし穴であった。

 レオは地下二階から転落した。

 だが単純に地下三階と言うことはないだろう。

 それなら罠にはならない。

 林ともはぐれてしまった。

 精霊格斗術が使えないのである。

 幸いなことに最大の危険生物である磯矢はレオの軍門に降っている。

 だが中ボスに相当するヤクザや民兵はこのフロアにも存在するのだ。


「うーん……まあなんとかなるだろ」


 根拠など無い。

 この非論理的な楽観こそDQN特有の心理なのである。

 もしこれが異世界でなければ、ゲリラに捕まって処刑シーンを動画投稿サイトに流されるバットエンドだっただろう。


「まあ考えても仕方ねえなあ」


 考えなければ生き残れないのだが、考えるという機能はレオにはついていない。

 レオは普通の人間のように経験や歴史から学ぶことはない。

 レオにとって時間とは過去から続く大いなる川ではない。

 レオにとって時間とは瞬間の連続なのである。

 つまりなにかあったらその時考えればいいだろうという世の中を舐めきった思考なのである。

 レオの名誉のために述べるとするなら、世の中の10代の男子はたいていそんなものである。

 ただレオは突出して酷いだけである。


「……さて、じゃあ出口探しますかね。組員も助けねえとな」


 レオは独り言を言うと立ち上がる。


「うはははは! 地下30階によく来た」


 立ち上がったレオに突然声がかけられる。

 その声は甲高い。

 まるで子ども。

 それも女の子の声だった。

 光が差し声の主の全身が顕わになった。

 巫女服。

 複数の狐の尻尾。

 狐のお面。

 狐のお面の幼女がその薄い胸を張っていた。


「哀れな童貞(むこどの)よ! 柳生の柳生家下屋敷にようこそ!」


「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!!!」


 レオの必死すぎる叫びがダンジョンに木霊した。

 もはや柳生やらなんやらにはツッコミを入れない。

 レオのSAN値-50。

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