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軟泥流柔術奥義ローリングレボリューション

 起きるとそこはダンジョンだった。

 大翔(ハルト)は必死になって考えた。


 おかしい。

 俺は図書室で寝てたはずだ。

 だがそこは四方壁に囲まれてモンスターが出てきそうな迷宮。

 ……うん。

 夢だな。

 夢に違いない。

 そうだ夢なんだ。

 うん寝よう。

 ふて寝しよう。


 ハルトは現実から逃避することを決断した。


 ところがそれは叶わなかった。

 目の前の変な生き物、ゼリー状の生き物が跳ねながら抗議した。


「無視するな人間! ええい、この同心である林喜一郎が成敗してくれる!」


 「ぽよんぽよんぽよん」と、間の抜けた音を出しながらサッカーボールサイズのゼリー状の生き物が跳ねながら怒鳴っていた。

 真ん中に顔があり、まさにプンスカという表現が適当である表情をしていた。

 そうそれはどう考えてもファンタジーにありがちなスライムであった。

 そんなファンシーな造形のスライムが怒鳴っていたのだ。


 なにこの可愛い生き物。

 しかも林喜一郎って……なにそのふざけた名前。

 ツッコミが間に合わねえ。

 うんこれは夢だ。

 夢に違いない。

 我は現実など見ぬ!

 故に無敵!!!


 と、ハルトは現実からまたもや逃げ出した。


「無ー視ーすーるーなー!」


「聞ーこーえーまーせーん!」


「……」


「……」


 低レベルの言い合いからの妙な沈黙。

 まずい!

 目が合ってしまった。

 ハルトは現実に回り込まれた。

 そんなハルトを見てスライムはプーッとむくれている。


「……人間のくしぇにー! 喰りゃえ! 軟泥(スライム)流柔術奥義ジェットサンダーアタック!」


 よほど悔しかったのか噛みながらスライムが叫ぶ。

 どうやらこのスライムは残念な星の下に生まれた生き物のようだ。

 ハルトの予想通り、それはただの体当たりだった。

 もちろん容赦なくはたきおとす。

 スパーン!

 ハルトは動体視力だけは抜群なのだ。


「あふん!」


 ハルトにはたき落とされて床に激突する林。

 ピクピクと痙攣をする。

 スライムはしばらくピクピクするとむくりと起き上がった。

 どうやら痛かったらしい。


「ふ、ふえぇ……」


 涙目である。

 スライムは涙をゴシゴシと拭く。


「ふふふ! 人間めがやりおるな……喰らえ軟泥(スライム)流柔術奥義ローリングレボリューション!!!」


 やはり予想通り、それは回転しながらの体当たりだった。

 もちろんハルトは容赦なくはたきおとす。

 スパコーン!


「ぎゃん! ううううううう。なぜだ……なぜ我が必殺技が通じぬ……拙者の16年が無駄だというのか……」


 しくしくとスライムが泣いている。


 なんだか虐めているみたいになってきたぞ。

 俺が悪いことしたみたいじゃないか。


 ハルトは根拠のない罪悪感にさいなまれた。


「な、泣くな。な? 生きてればいいことあるさ」


 ハルトは幼児を泣かせたかのように中途半端な慰めの声をかけた。

 するとスライムはさらに涙目になる。

 ハルトの言葉でプライドを酷く傷つけられたのだ。

 完全に幼児と同じである。


「くっ……殺せ!」


 お約束の「くっ殺」の台詞を口にしながらスライムはゴシゴシと涙を拭いた。

 なんで俺がエルフの王国に攻め込んだオークみたいな扱いなんだよ!

 俺が何をした!

 襲ってきたのはお前だろが!

 なにこの理不尽。

 ハルトは内心毒づいた。


 だがとりあえず話し合おう。

 ハルトの理性がそれを選択させた。

 決して、幼児を相手にすると壊しそうな気がして恐ろしいからではない。

 細くてふにゃふにゃしててすぐに折れそうで怖いので道場で指導するのを断っていたからではないのだ。

 と、ハルトは自分を納得させた。


 な、なに小動物相手に怒るのは大人げない。

 それに話は通じるようだ。

 もしかすると現状について情報を得られるかもしれない。

 現状は目の前のコイツしか情報源がないのだ。

 うんそうだ。

 そうに違いない。


「おいお前」


「な、なんだこの人間が!」


「なんでお前襲ってくるんだ?」


「……はあ? 貴様新政府の回し者だろ!」


「新政府?」


「ふはははは! 例え私が死のうとも幕府軍は滅びぬ! 磯矢頼母(いそやたのも)様もこちらに向かっておる! 貴様ら人間が恐れる人斬り頼母じゃ!」


「誰? なんとなく凄いのはわかったが具体的な凄さが全くわからん」


「にゃ! にゃにお! 人斬り頼母を知らぬのか!?」


「知らない。つうかここどこだ?」


「まさか……このようなたわけ者がいるとは……」


「なんでここまでバカにされなきゃならんの? 人をバカにしないと死ぬ病気なの?」


 さすがのハルトもこの少し苛立ってくる。


「まったく……寛永寺地下。江戸迷宮じゃ!」


 寛永寺。

 東京都台東区上野にある天台宗関東総本山の歴史のある寺院である。

 その元々の敷地は広く、博物館や美術館が多く存在する上野公園全域がかつての敷地であったといわれている。


 とりあえずここは東京のようだ。

 とりあえず脱出すればいいな。

 上野からだったら赤羽のアパートまでは京浜東北線で一本だ。

 だが問題はここからの脱出だ。

 と、ハルトは考えをまとめた。

 外がまともな世界でなかったときのことが一瞬頭によぎったが、それは保留する。

 とりあえずは外に出ることの方が優先なのだ。


 そのためにハルトはまずスライムと交渉することにした。

 ハルトは真っ直ぐスライムを見据えた。


「にゃ、にゃんだ!」


 スライムはまだプンスカと怒っている。

 目も少し潤んでいる。

 ハルトは小動物や子どもを虐めたような妙な罪悪感を感じながら要求を突きつけた。


「出口まで案内しろ」


「断る! 拙者は腐っても御家人! 人間などに使われてたまるか!」


「ほう……くくく」


 ハルトは邪悪な笑みを顔に貼り付けていた。

 たとえ本意ではなくともここまで悪役っぽくなってしまったのだ。

 最後まで悪役を貫いてくれる!


「いつまで『くっ……殺せ』が続くかな!」


 完全にエルフの村に攻めこんだオークのノリでハルトは笑った。

 ハルトには秘策があった。

 ハルトは学ランのポケットに手を突っ込む。

 アレが入っているはずだ。

 お、やっぱりあった。

 ハルトの顔がさらに邪悪に歪む。


「これをやる」


 ハルトが差し出したのは栄養補助食品。

 あの栄養満点のブロックビスケットである。


「お、お、お、おおおおおおお。いやいやいやいや。これでも拙者は同心。不浄役人と言えど侍の意地がゴザル!」


 と、言いながらも林の目がキラキラと輝いている。

 口からはヨダレが出ている。


「くくく、体は正直なようだな」


 シチュエーションこそだいぶ違うが、台詞までエルフの村を襲撃したオークになってしまったハルトがお約束の台詞を吐く。

 そのまま邪悪な顔をしたハルトはビスケットを食べやすい大きさに割るとスライムへ差し出す。


「くくく、味見してみろ。もし出口まで案内してくれれば全部やる」


 ぱくん。

 我慢出来なくなった林がハルトの手までかじる。

 ハルトはムリヤリ林の口から手を引き抜く。


「うお、べちゃべちゃじゃねえか! お前は待てのできないわんこか!」


 そんな抗議など聞いていなかったのようにスライムの瞳が輝く。


「おおおおおお! この脂っこくて濃厚な味。実にテイスティ! に、人間は毎日こんなうまいものを食っているのか!」


 林と名乗ったスライムがピコピコと小型犬のように跳ね回る。


 「それはうまい方の食い物じゃないぞ。」喉まで出かかったがハルトはそれを飲み込んだ。

 余計なことは言っても仕方がない。


「出口まで案内してくれるか?」


「えへへへへ。し、仕方ないなあ。もう! 其処許(そこもと)は侍の魂をお持ちのようだ。ささ、出口までご一緒致しましょうぞ。えへへへへー♪」


 こうしてスライム林は完全に手の平を返した。

 自称サムライが物で釣られたのである。


(くくく、体は正直なようだな!)


 もはや完全にオークのようになったハルトが邪悪に笑った。


「さて自己紹介だ。俺は溝口大翔だ」


 ハルトは親指で自分を指さす。


(はやし)喜一郎きいちろうだ。同心だ」


「同心?」


「うむ」


 なぜチョンマゲ設定なのだろうか?

 実に不思議だ。

 ハルトは首を傾げる。

 だがその答えを待っている暇はない。

 こんな変な生き物がいるダンジョンだ。

 危険かもしれない。

 さっさとダンジョンを出だ方がいいだろう。

 そう判断したハルトは林と出口を目指した。

 当たり前だが……そのときはまだハルトは気づいていなかった。


 後にこれがダンジョン兄貴と呼ばれる伝説のはじまりだとは。

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