磯矢の野望~ダンジョン版~
レオはダンジョンへ逃げ出した。
決してエッチなことに興味がないわけではない。
だがレオは夢追い人だった。
ヤンキー特有のラブコメのような恋への憧れがレオを支配していたのだ。
そう彼は乙女のようにピュアだったのだ。
「うわあああああああん!」
「溝口殿……パニックになって逃げ出すってどこの乙女だ……」
「う、うるさい! 俺にも理想というのがあってだな!」
貞操的な意味で比較的安全な生き物である林を連れてダンジョンへ逃げ出したレオ。
一見無計画に見えたその行動だが、レオには計画があった。
全員叩きのめしたゴブリンヤクザの事務所である。
あれからゴブリンたちは人間への絶対服従を宣言。
軍の庇護下に入った。
ただし犯罪傾向のある組織のメンバーであるため彼らへの国籍付与に関しては留保されている。
組にはオスしかいなかった。
レオに迫ってくるやつはいないはずだ。
レオはゴブリン組へ逃げ込む。
今度は壁を破らない。
普通に正面から入る。
レオは味方には普通に接するのだ。
「お、お前ら! し、しばらく……と、泊めてくれ!」
レオが玄関に逃げ込む。
彼らの処遇についてはレオの意見も取り入れられた。
感謝しているはずだ。
それに頼めるのは彼らしかいなかったのだ。
レオが玄関で息を切らせていると見たこともないような美男子が出てくる。
「あ、兄貴! どうしやした!」
この世界に連れてこられたレオの知り合いは少ない。
しかも相手は圧倒的イケメンオーラを出す生き物である。
覚えていないはずがない。
だがレオには覚えがあった。
「もしかして……大鳥逸平?」
「へい。兄貴、どうかしやしたか?」
美形はゴブリン組の組長だった。
「えっとお前ら……今の種族は?」
「ピクシーですが」
妖精ヤクザ。
風の精霊ということだろうか。
ワニ皮の革靴、金のネックレスにダブルのスーツ。
メーカー不明のやたら下品なサングラス。
そこに蝶の羽。
まさにビジュアルの暴力である。
「今日から兄貴は俺たちの親分じゃ! 文句あるやつはこの大鳥逸平が相手じゃ!」
「いや俺はヤクザじゃな……」
「俺たちみんなで兄貴の伝説を支えるんじゃ! わかったな!」
「へい!」
誰一人としてレオの話を聞いていない。
レオは頭痛が止まらない。
こうしてレオはゴブリン組組長の兄貴分として会長職に就任したのである。
「林……」
「うん……なんだ……がんばれ」
◇
上野駅近くの安居酒屋。
そこに磯矢と水島がいた。
周りの席は全てサラリーマンが埋め尽くし、あちこちから笑い声が聞こえていた。
ちなみに背と胸がないため少女に思われがちだが、磯矢の実年齢は20歳である。
精霊の年齢に意味があるかはたいへん疑問ではあるが、飲酒は許される年齢なのである。
「大奥構想……なるほど」
水島が感心したとばかりにヒゲを撫でた。
「左様。そちらは最強の血を今のうちに囲い込みたい。各国のダンジョンを制圧したあとに待ち受けるのは世界を巻き込んでの対人戦ですからな。だが現状ではこちらは権力者を取り込んでレオ様による覇業の手助けをしたい。100年後を見据えればどちらにとっても得な話かと」
「ですなあ。磯矢さんが最初の奥様ということですかな?」
「まさか。私のような身分の低いものが(チラ)どこかの高貴な家の養子にでもならなければ無理でしょうな(チラチラ)」
明らかに挙動不審である。
「いえいえ、あなたのようにこちらの事情まで考慮していただける方にレオくんをサポートしてもらえれば助かりますよ。そうですね、会のメンバーの中から子どもがいない家を探しておきます」
露骨なゲス顔。
「くくく。とりあえず5階の攻略までには一年はかかるでしょう。その前には堀を埋めていただきたい」
「がはは。もちろんですともこれから世界を制するのは我が日本! そのために労力は惜しみませんよ!」
クズと変態によるやけに長期を見据えたスーパーソルジャー計画という陰謀が巡らされていた。
だがこれは決してバカげた計画ではない。
遙か昔から伝わる各種神話では神やモンスターなど人外の生物との混血は珍しくない。
実際、混血が可能な種はかなり多い。
そこから神がかり的な力を得た例も多数ある。
更に言えばレオはその神がかり的な力を得た英雄に近い存在である。
異世界から召喚されて一ヶ月もしないうちに1階を制圧したのである。
今のうち身内にしてしまえばレオが産み出す利益にフリーライドすることも可能である。
しかも子どもができその力を受け継げば、子々孫々に渡って金、名誉、権力と言った利益を生み出し続けるのだ。
まさに金の卵である。
「くくくくく」
「がはははは」
「ところで水島様。赤城雛はどうしていますか?」
「レオ君に見つからないように逃げ回っているそうですよ。せっかく二人が出会うように工作をしたのに勿体ない」
「ほう、それは残念。せっかくここまでお膳立てをしたのに。拙者は魔法は使えんし、林は水属性の魔法しか使えない。サキュバスの攻撃魔法は戦力になると思いましたのに」
「いえいえ、まだですよ。今度は彼らに2Fを探索させましょう。あそこはまだ罠も残ってますし民兵もまだまだ健在です」
「くくくくく。ところでアーティファクトの解析はどのくらい進んだのでしょうか?」
「解析によりミスリル銀の生成に成功しました。近日中にレオくんの装備を支給出来るはずです」
「それは重畳。くくくくく」
その時、水島の携帯電話が鳴った。
水島は携帯の着信相手を確認すると顔色を変えて電話に出た。
「水島だ。何があった? え? レオくんが! いやまだなにも指示をしてないはずだ。どうして……なに? 組の出入り? いやいやいやいや。おかしいだろ! いやわかった。こちらで対処する」
そう言うと水島は電話を切り磯矢の方を向いた。
顔が真っ青になっている。
「れ、レオくんが元ゴブリンたちと2Fに殴り込みをかけました……」
「な、なんだって! 2Fにはリッチの坂上源十郎がいるはず! ヤツには水属性は無効。今のレオ様では勝てないはず!」
「あ、赤城くんを! 大至急、赤城くんを派遣します。磯矢さんお手伝いいただけますか?」
「も、もちろんですとも!」
その後、タクシーで寮に帰った磯矢はヒナを叩き起こしダンジョンへ向かったのだ。
ストックなくなりました……