事務室(ギルド)に報告
それから一行は3時間かけて校舎に戻り、マップデータとアーティファクトを提出しに意気揚々と事務室へ入った。
受付に端末を提出する。
「ではマップデータと記録ログを解析いたします」
「あ、はい」
(いくらになるかなあ?)
レオの顔が期待のあまりにやける。
(もし二万円より高かったら今日はみんなでお寿司食べに行こう。お寿司♪ お寿司♪)
御徒町での買い物で元の世界と物価がそれほど変わらないことは確認済みである。
回転寿司なら林が食べる量を計算してもまあ大丈夫だろうとレオは思っていた。
ところが受付嬢は意外な反応を返したのだ。
「こ、これは! し、しばしお待ちを!」
(あれ……? 何があった?)
そう言うと受付嬢はどこかに電話をする。
しばらく待っていると水島大佐が息を切らせながら走ってきた。
必死に走ってきたのか汗で髪のセットが崩れている。
「み、溝口君! このデータをどうやって手に入れたのかね!!!」
そう怒鳴りながら水島大佐はレオの胸倉をつかみ前後に揺らす。
「た、大佐! 部屋に俺を呼べばいいじゃないですか! なんでそんなに慌ててるんですか!」
「ええい! 君はこの価値がわかっておるのかああああ! 未探索区域の情報だぞ!」
「いえ、そこまで行ってきたんですが」
「どうやって!? 誰も倒せなかったジャイアントラットがいただろ? 物理回避能力を持った厄介なネズミが! 地雷もグレネードも当らない化け物がいただろ!」
「ああ。襲ってきたんで殴り倒しましたけど」
「……え? 今聞こえなかった」
「ええ。だから襲ってきたんでパンチでどごーんって」
「グレイトォッ!」
なぜか水島大佐が満面の笑みで天を仰いだ。
室内であるのに。
端から見るとス●ーリンの奇行にしか見えない。
「まさか……私の代で悲願達成をすることになるとは……」
「はあ……」
「君は本当によくやってくれた! それにアーティファクトもいくつもあると報告を受けている。どうだね? アーティファクトの方は?」
「見たことのない品ばかりです。研究所に運ばないと鑑定ができません」
受付嬢がそう言うと、水島は笑った。
完全に威厳は崩れている。
それほどまでに水島大佐は興奮していたのだ。
「がはははは! さすがレオ君だ! ところでこの『スライムの村』とはなんだろうか?」
「あー。そこで不要なアーティファクトとお菓子を交換してきたんです」
レオがそう言うと水島が固まった。
「い、今なんと?」
「物々交換してきました。御徒町の菓子問屋で買ってきたお菓子詰め合わせ2キロとこのアーティファクトを」
水島大佐は口を開けたまま数秒間フリーズした。
数秒後、気を取り直して話を続ける。
「……ふむ。わかった少し待ってくれるかな。私の裁量を大きく飛び越えてしまったようだ」
(雲行きが一気にあやしくなってきた)
レオが嫌な顔をしていると、水島大佐は携帯電話でどこかに電話をかけた。
なんだか難しい話をしているようだ。
1、2分ほど会話をすると水島大佐は笑いながらレオの肩を叩く。
「いやあすまない溝口君! 今度少しおじさんに付き合ってくれるかな? はっはっはっはっは!」
上機嫌である。
しかも自分自身を「おじさん」と呼称し後見人であることをさりげなくアピールして来た。
その露骨な態度にレオは警戒を一段階高めた。
「いいですけど。なにをするんです」
「まあ夕食でも食べながらおじさんの仲間と話をするだけだよ。お寿司は好きかね? あ、そこの精霊のお嬢さんたちも一緒に来たまえ」
「うわーい! お寿司お寿司!」
林は無邪気に喜ぶ。
「レオ様いかが致します?」
磯矢はすっかり副官気取りである。
「行くよ。拒否なんかできなさそうだし」
レオはなんだか嫌な予感がしていた。
だが断るという選択肢はなさそうである。
だから無駄に抵抗はしなかった。
そのかわり差し迫った問題の話をした。
「あの……報酬はいつごろ振り込まれるのでしょうか? 無いと明日からの昼の弁当がインスタントの支給品になってしまいますので……それにスライムの村への交易の品も御徒町で仕入れないと」
「おっとそうだった。いやあすまんね。私もすぐに支払ってやりたいが新しいマップもアーティファクトも数年に一度の出来事だ。会議に通さないと値段がつけられないのだよ。でもそれでは困ってしまうよねえ?」
「ええ……かなり」
「わかった。通常区域で罠を発見した場合の報酬と低クラスのアーティファクトの報酬を先払いとして払っておこう。あとで正式な金額を計算出来たら差し引く形でいいかな?」
「はい。助かります」
「ではすまないが受付の……ええっと遠藤君。私の名前で特別措置を申請して書類も直接私に回してくれ。それとレオ君の活動に必要な品を大至急購入してくれないかな? これらは最優先事項だ」
「はい、かしこまりました」
(なんだか待遇が良すぎる気がする)
無事にお金は手に入り、交易の品も支給される事になった。
でもどうして彼らはそんなにそわそわしているのだろうか?
レオは疑問だった。
「チャージいたしました」
レオの端末が返却される。
レオは早速、電子マネーの残高を確認する。
「大佐殿。どうやら手続きミスのようです。口座の残高の0が2桁ほど増えているであります」
「いや正しいよ。罠の発見はトップクラスの報酬だからね」
「手付けでこれってことは……?」
「最終的な報酬は想像もできないね」
(マジッすか! これで貧乏から解放される! ヒャッハー!!!)
喜びのあまり完全に自分を見失うレオだった。
ちなみに支給された当座の生活費11万円は三人分の服と食費で瞬く間に消滅した。
二桁増えたとしてもサラリーマンの月給分くらいである。
だが一日の稼ぎとしては破格と言えるだろう。
ちなみに人斬り磯矢討伐の報酬も審議中のため振り込まれていない。
(……テレビとレコーダーも揃えられるぞ。それにゲーム機も! あと自分用のパソコンも)
パソコンと携帯電話は支給された。
だがテレビやゲーム機は別である。
問題は寮に私物を持ち込んでいいのかという問題なのだが、それは問題がない事を確認済みである。
異能者は脳に余計な神経回路を持っている。
そのせいかほとんどの異能者は協調性がない。
軍人とは正反対の自由人なのだ。
軍で囲わなければ犯罪者になるしかないようなのばかりである。
ゆえに松下村塾には通常の士官学校のような規律は存在しない。
もし存在したとしても規律を守ることのできる人間はそこにはいない。
それが許されているのはやはり産業としてのアーティファクトの価値が高いからだろう。
(林たちに『アニメを見せろ』と言われるのを覚悟していたがこれでなんとかなりそうだ)
レオは安堵した。
このときレオはよく考えていなかった。
すでに自分の立ち位置はとんでもなく高いところにあったのである。