プロローグ
学校へ提出した退学届。
解約を申し込んだアパート。
自治体に申請した埋葬費。
裁判所への書類。
ロックされた銀行口座。
保険の受け取り請求。
自分自身で外した道場の名札。
これで後始末は終わった。
溝口大翔はため息をついた。
ここ数週間、両親が事故で他界した後始末をしていた。
保険金の額は少ない。
加害者は大学生。
賠償金も期待はできないだろう。
生活のために高校も辞めることを選択した。
学歴もなく、金もなく、仕事もない。
頭もそれほど良くはない。
いやはっきり言って頭は悪い。
あるのは腕っ節の強さだけだ。
それも格闘技の世界チャンピオンにはほど遠い。
その程度は掃いて捨てるほどいる。
自分には何もない。
ハルトはそれをよく理解していた。
これから自分の前にはとてつもない困難が待ち受けているだろう。
それは16歳という若さのハルトにも充分に理解できた。
明日からどうしよう。
もう考えるのに疲れた。
少しだけ休もう……
本当だったら、退学届けを出したのだからすぐに学校から退去しなければならない。
だがハルトは疲れていた。
とてもとても疲れていたのだ。
ハルトのように教師に嫌われていた身ではあまり良くない行為だとはわかっていた。
だがハルトはそれをわかっていながらも少しだけ休憩することにした。
せめて30分だけでもゆっくりと休みたかったのだ。
目を閉じると疲れていたせいか張り詰めていた意識がぷつりと切れた。
ハルトは図書室で眠りに落ちてしまった。
夢と言う名の海。
ここでは記憶が最適化され脳の整理がされる。
その結果、夢というものは不条理でつじつまの合わないものになる。
だがその夢は少し違った。
そこでハルトはおかしな声を聞いた。
それは優しい声だった。
男性なのに荒々しさのない声。
だがおかしなことにそれはハルト自身の声なのだ。
異世界の僕。
僕はもう戦えなくなってしまった。
だからどうか力を貸して欲しい。
無理だ。
貸せる力などない。
俺には何もない。
いいや。
君には力がある。
いや君にはこういった方がわかりやすいね。
「ガタガタ言わねえでとっとと来やがれ!」
このチンピラっぽいノリは……まさしく俺だ!
ハルトは確信した。
そして心の中で決断を下した。
ただの夢だとしても自分の頼みとあっては断れねえ。
どこまでも付き合ってやる。
いや現実だったらなおのことだ。
今の俺には未来すら見えない。
どこにでも連れて行きやがれ!
「いいぜ。力でもなんでも貸してやるぜ!」
次の瞬間、彼は目覚めた。
だがそこは居眠りしていた図書室ではなかった。
いや学校ですらなかった。
そこは迷宮だった。
石の壁に囲まれた通路、石の床、石の天井。
そこは全てが石に囲まれていた。
そして目の前に何者かが現れる。
「あれ?」
ハルトは必死になってプルプルと顔を横に振り目をゴシゴシとこすった。
目の前には動くゼリー状の物体。
21世紀の日本。
そこに住んでいて、家庭用ゲームを嗜み、そして実は隠れオタクであるハルトは知っていた。
そう。
そこはまるでゲームに出てくるようなダンジョンだったのである。
そして目の前の物体は……
「あやしいやつめ! 貴様何者だ!?」
目の前の物体がハルトに向かって怒鳴った。