それから【娘視点】
すこし未来のお話。娘(高校1年生)視点です。
それから
夢を見た。
見上げる父の顔は今よりずっと若く、握られる私の手は今よりずっとずっと小さい。
父との久しぶりの散歩に、私は少しはしゃいで、沢山話しかけていた。
子ども特有の甲高い声が辺りに響いている。
おとうさん、今日はいい天気だね!
ふゆなのにさむくない!
ーーーそうだね。こんな日を何て言うか知っているかい?
しってるよ!"こはるびより"って言うんでしょ?
ーーーそうだね、よく知っているね。
おかあさんがおしえてくれたの!
ーーーそうか。お父さんもだ。
お父さんも?
ーーーああ。お父さんも、お母さんに教わったんだよ。
そっかぁ。おかあさん、ものしりなんだね!
ーーーその通りだ。…さぁ、そろそろ帰ろうか。お母さんがご飯作って待ってるから。
…あぁ、そうか。お母さんが待ってるんだね。
「私」の声で呟いた時、パチリと目を覚ました。
部屋はまだ薄暗い。時計を見ると、何時も起きる時間より30分ほど早い時間だった。二度寝するには微妙な時間だし、何より目覚めが良かったのか、眠気が一切ない。
損したような少し残念な気持ちをため息で吐き出して、私はさっさと起きることに決めた。
朝の身支度をいつもより丁寧に済ませ、リビングに降りる。父はまだ起きていないみたい。
電気をつけて、カーテンを開け、少し考えてから暖房をつける。
ご飯が炊けているかを確認して、キッチンに向かった。
エプロンをつけて、いつも通り手早く朝ごはんとお弁当2人分をつくる。早起きした分、おかずは少し多めだ。
大体の支度が終わった頃、階段を降りる音が聞こえた。父が起きたみたい。
すぐにリビングのドアが開き、父が顔を覗かせた。
「おはよう、お父さん」
「おはよう美晴。今日も手伝えなくて悪かった」
「別に大丈夫だよ。それに昨日もまた遅かったんでしょ?」
「それはそうなんだが…」
わりと良くあることなのに、今日は一段と気まずげな表情だ。
不思議に思い、カレンダーをチラリと確認する。今日の日付けが赤い丸で囲ってある。
今日は私の16歳の誕生日だった。
尚も謝ってくる父に笑いかけ、配膳を手伝ってもらう。
お茶を用意してくれるというので、そのうちにおかずを少し盛ったお皿を仏壇まで持っていく。
仏壇には幸せそうに笑う女性の写真。私の母だ。
写真の前にお皿を置き、線香をあげてから手を合わせる。
母が亡くなってから、もう8年の月日が経とうとしていた。
心の中ですこしお喋りをして、また食卓まで戻る。
父は湯のみを持ったまま、窓の外を眺めていた。その表情は、どこか悲しげで、憎々しげで、愛おしいようなものだった。
「お父さん」
声をかけると父はハッとしたようにこちらを見て、誤魔化すように笑った。
私は湯のみをもらい、ご飯にしようかと言った。
席に着くと、父から誕生祝いの言葉とプレゼントをもらった。
この年になると少し照れ臭い。
ありがとう、と笑って返し、そのまま会話をしながら食事を済ます。
食器を洗い、仕事に行く父を見送ってから、私も学校に行く支度をする。コートはまだいらないだろうから、マフラーだけ手に持ってドアを開けた。
その瞬間、この時期にしては暖かい陽気に包まれ、私はさっきの父の表情の意味に気がついた。
今日は、今年初めての小春日和だった。
小春日和ってあんまり意識しないけど、すごく気持ちいい天気ですよね。