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星屑の鍛冶職人  作者: 陽ノ下天音
第一章 クルーエル
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3

 幼女が俺の渾身の一撃を止めたのにもド肝を抜かれたが、一番驚きなのは止め方である。

 『片手』で止められたのだ。右手だけで。

 俺は今、幼女に刀を掴まれ空中で静止している状態なのだ。恥ずかしい、超恥ずかしい。

 いや、でもよく考えてみたらこの幼女も魔族なのだ。これくらいの所業はできて当然だろう。

「この・・・・・・!魔族め・・・・・・!」

 今の俺はうかつだった。

 この発言を聞いたヘルメスはぴくっと反応し、

 ――刹那。

 ヘルメスが俺を殴ってきた。

 ヘルメスの右腕には燕尾服の裾はなく、まるでゴリラに強靭な爪が装備されたような腕をしていた。黒くて、毛むくじゃらで、先程までのクールなそれとは全く違っていたのだ。

「魔族・・・・・・ですか?」

 静かな声音でヘルメスはつぶやく。


「撫子様は・・・・・・魔族ではありません!」


 ジンジンと痛む右の頬を抑えながら俺は唖然とした。まるで豆鉄砲をまともに喰らった鳩のような顔をして。

 そして、着実に、ゆっくりと、俺は真実を確かめ始める。

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「そんなに驚くことではないでしょう。見た目だって普通のか弱く健気な幼女です」

「いや、確かにそうだけど・・・・・・じゃあ、お前も魔族じゃないのか?」

「いえ、私は魔族です」

「ぶっ殺す」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください!あぁ!やめて!壁から薙刀を引っこ抜かないで!」

 俺は壁から引っこ抜いた薙刀をブンブン振り回しながら結論を言う。

「よく考えたら魔族の言うことなんて信じられねぇよ。やっぱりこいつも魔族だろ?」

「ううん。なでしこはねー、まぞくじゃないよー!」

「そっか。じゃあ信じる」

「態度豹変しすぎじゃないですかねぇ!?」

 うるせぇ魔族。この魔族はもう無視しよう。

 とりあえず俺は今この場で最も気になることを撫子に問う。

「撫子・・・・・・だっけか?なんでお前、俺の攻撃を止められたんだ?」

 俺が名前を呼ぶと撫子は笑顔で答えた。


「だってね、なでしこはね、ゆうしゃだからだよ!」


 ・・・・・・はい?

「ちょっと状況が理解できねぇなぁ。もっかい言ってくんねぇか?」

「だーかーらー、なでしこはねぇ、ゆうしゃなの!」

 手を大きく振り回してどれだけすごいかをアピールする撫子。しかし、その行為は虚しく、俺にはまったくすごいと思えなかった。

「それは本当ですよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちょ!無視しないでくださいよ!」

 ウザったいけど、俺は渋々ヘルメスと口を聞くことにした。

「なんでこんなちっちぇえのが勇者なんだ?あとなんで魔物が勇者の即近になってるんだ?そしてどうやって俺の部屋に入って来た?あと・・・」

「ちょっとちょっと。そんなにいっぺんに話さないでください。私の頭がパンクしてショートした挙句にぐちゃぐちゃになっちゃいますよ?」

 超うっぜぇ。あとぐちゃぐちゃにはならん。

「じゃあ、順を追って話すぞ、まずは・・・」

「あの、その前に・・・」

 ヘルメスが申し訳なさそうに言ってきた。

「なんだよ?」

「誤解、解かなくていいんですか?さっきから外であなたの名前めっちゃ呼ばれてますよ?」

 俺は急いで階段を下り、誤解の弁明に行った。


   ◆


「じゃあ、順を追って聞くまえに・・・・・・お前ら説明しろ!」

 俺はヘルメスと撫子に向かって言った。

 今、俺の部屋にいるのは俺、ヘルメス、撫子、そしてマーヤおばさんとゲンさんの5人だった。マーヤおばさんとゲンさんはさっきから、俺と目を合わせてくれない。

「れ、レイド。いいかい?あたしゃあんたに想い人がいても構わんと思っとるが・・・・・・さすがにこの年齢はアカンぞ・・・・・・?」

「おめぇ・・・・・・まさか、うちの孫二人もそんな目で見てたってのか・・・・・・?」

「だから違うって!マーヤおばさん!ゲンさん!お前ら二人もなんか言えよ!」

 俺がそう言った矢先、ヘルメスがスクッと立ち上がった。

「おばあさん。おじいさん。『若気の至り』という言葉をご存知でしょうか?」

「いきなり危ねぇ切り出し方してんじゃねぇぞ?このクソ魔物野郎」

 俺はヘルメスに向かって、ナイフを突きつける。勿論、首筋にだ。

「す、すみません・・・ちょっとした遊び心で・・・」

「今度やったら、撫子共々オサラバだからな?」

「は、はぃぃ・・・」

 ヘルメスが冷や汗を垂らしながら正座の姿勢に戻る。

「おほんっ。ではまず私たちの正体から説明しますね。私はヘルメス。ヘルメス・アーティファクトです。魔族として生活しております」

「わたしねー、はちじょーなでしこっていうんだよ!6歳なの!でね、わたしゆうしゃなんだよー!すごいでしょー?」

 礼儀正しく頭を下げるヘルメスと、えっへんと胸を張る撫子。

「な、撫子ちゃん。このお兄さんに変なことされてないかい?」

 焦るようにマーサおばさんが撫子に問う。

「ううん、なにもされてないよー?でも起きたらね、なでしこ、ここにいたの!」

 無邪気な笑みを浮かべる撫子。よし、これでなんとか誤解も解け・・・

「レイド!あんた寝込みを襲ったのかい!?」

「違うって!」

 ・・・なかった。

「おいレイ坊・・・・・・睡姦なんて悪行・・・・・・」

「だからやってないって!」

 ダメだ、もう根元から誤解されてる。

「おいヘルメス。なんであの部屋に撫子がいたのか説明してくれ」

 正直なところ俺も知りたい。いつのまに撫子は俺の元に現れたのだろうか。

「嫌だと言ったら?」

「リアル剣山地獄」

「説明します!説明させてください!だから刀を砥ぐのやめてください!」

 俺は砥石で日本刀を砥ぐのをやめた。

「では、簡単に説明します。みなさんはこの地に伝わるおとぎ話、『星屑の勇者』を知っていますか?」

 ヘルメスは言葉を綴る。

「あの伝説は事実です。かつて星屑の勇者は実在し、魔物をなぎ倒し、世界には平和が訪れました。そうですよね?レイドさん」

「・・・・・・なんで俺に話を振るんだ?」

 ふてぶてしい声音で俺は問う。

「そんなの至極単純ですよ」

 ヘルメスは間をおいて口を開いた。


「あなたが初代星屑の勇者だからですよ。レイド・バスティーユさん。いや、本名は監崎零斗かんざきれいと。当時は『星屑の零斗』と名乗っていましたっけ?」


「・・・・・・なんのことだかわかんねぇなぁ。俺の名前はレイド・バスティーユ。れっきとしたこっちの世界のしがない鍛冶職人だ」

 俺は答えは言わない。だがしかし、ヘルメスの説明は止まらなかった。

「零斗さんは12歳の頃にこちらの世界に召喚されました。そして八年間をこっちで過ごした。違いますか?」

「・・・・・・わかんねぇっつってんだろ。そもそもお前『星屑の勇者』の話の重要な部分を抜かしてねぇか?仮に俺がこっちに召喚されたとして、俺は非力な12歳の少年だ。どうやって魔物をなぎ倒して一掃したって言うんだよ?」

「それは神の特殊な加護です」

「神だと?」

「はい。こちらの世界に召喚された勇者はみな、神によって加護を受けるのです。治癒、魔法などいろいろありますが、特に強くなるのは身体能力でしょう。現に撫子様は零斗さんの本気の一撃を右手で受け止めました」

「・・・・・・・・・・・・」

「本当のことを言ってください。あなたは監崎零斗さんですよね?」

 ヘルメスの真剣な雰囲気に呑まれた俺は・・・

「・・・・・・あぁ、そうだよ。俺は8年前にこっちの世界に来た異世界の勇者、監崎零斗だ」

 本当のことを話した。

 俺はそのままマーサおばさんとゲンさんに向き合って、頭を地面にこすりつけた。

「今まで黙っててすみませんでした。俺はこっちの世界の人間じゃないんです」

 頭を下げ続ける俺にマーサおばさんとゲンさんは声をかけてくれた。

「頭をおあげよ・・・」

「そんないつまでも土下座をしてるんじゃねぇぞ?それでも男か?」

「いや、俺の気持ちがおさまんねぇ。二人を今まで騙していたんだ・・・俺は・・・」

「・・・・・・なんで今まで黙っていたんだい?」

 マーサおばさんがゆっくりと、俺に問いただす。

「言えなかったんだ・・・・・・」

 俺は言葉を綴る。

「・・・・・・こっちに来て魔物を一掃したあの日以来、俺には何も残っていなかった。俺を雇った国からも見捨てられて、行くあてもなかったから・・・決戦の地、元魔界に行ってみたんだ。そしたらここ、クルーエルがあってさ・・・前までは魔物の支配に怯えていた人達がみんな笑顔でいた。笑顔で農業をして、笑顔で遊んでいて・・・すっごく輝いていた。俺、その輝きが欲しくって・・・みんなと・・・みんなと一緒に笑いたくって・・・だから・・・・・・!」

 知らずのうちに俺の頬を――涙が伝っていた。

 こっちに来て帰るあてもなく、孤独だった俺を優しく迎えてくれたクルーエル。俺はそこに馴染むと同時に、恐怖に襲われた。本当のことを話したら追い出される。また孤独になると。

 本当は分かっていた。嘘をついてもなにも変わらないこと。

 でもつかなきゃいけなかった。そうしないと自分の居場所がなくなってしまうから。

 そんなジレンマを抱え込んだ俺を、マーサおばさんはそっと抱きしめてくれた。

「そんなもん、気にしないよ。クルーエルの人はみんな家族さ。あんただってもう家族なんだよ・・・・・・だから・・・・・・もう泣かないでおくれ・・・・・・」

「いいか、レイ坊。一緒に笑ったらもう家族だ。だから笑え!お前はもう俺たちの家族だ!」

 胸の奥から熱くなっていくこの感覚。長年押し殺してきた感情が暴発する。

 涙。

 どんなに孤独でも、どんなに痛くても、絶対にこの世界では流さなかった涙が、さっきよりも大粒で流れ出す。

「マーサおばさん・・・・・・ゲンさん・・・・・・!」

 溢れる涙にブレーキは効かず、どんどん溢れてくる。ついには嗚咽まで漏らしてしまう。

「俺・・・まだこの村にいてもいいのかなぁ・・?」

 この問いに、二人は笑顔でこう答えた。

「「お前がいないと始まらんだろう!」」

 俺は今日、あの日よりも輝いた笑顔をした。

 はじめてクルーエルにきたあの日よりも。

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