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「んぅ・・・・・・?」
俺、レイドは朝日を浴びて目を覚ました。まず最初に目に入ったものは先日までとは違う天井。ここは、ゲンさんが作ってくれた小屋の二階。俺の生活スペースだ。
えーとなんだっけ・・・・・・確か宴の最中に酒飲んで泥酔して・・・・・・戻ってきたんだっけ?
とりあえず、朝食作んなきゃ・・・・・・うぅ・・・・・・頭痛ぇ・・・・・・。
寝ぼけた思考から結論を導いた俺はとりあえず毛布をどけた。
――どかした毛布からはなんと、裸の幼女が出てきた。
「え・・・・・・?」
寝ぼけているのだろうか?それとも酒の影響だろうか?とにかく現状確認のために目の前の幼女に触れてみる。
さらさらのよく手入れされたおかっぱの黒髪。それと相反するように、白くすべすべな柔肌は新鮮な卵のような光を放っていて、ついつい見入ってしまい・・・・・・柔肌?
――本物だった。
「う・・・・・・うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
朝一番のクルーエルに俺の断末魔が響き渡る。
「ど、どうしたっていうんだい!?」
何事かとマーサおばさんが窓の外から声をかけてくる。その声に伴ってなんだなんだと外で寝ていた人々がむくりと目を覚ます。
まずい、非常にまずい。
このままじゃ俺はロリコンのレッテルを貼られてしまう。新生活一日目から最悪のスタートを切ってしまう。
『鍛冶職人レイド』から転職しました。『性犯罪者レイド』です。
「そ・ん・な・の・いやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はなんとか現状を打破する方法を考える。しかしいくら考えても、俺の残念なおつむは期待に応えてはくれなかった。
「レイド!?大丈夫かい!?入るよ!?」
ノォォォォォォォォォォォ!!ダメダメダメ!!あかんあかんあかん!!
ガチャッ。
無慈悲な音を立てて扉は開かれた。恨むぞ、神様。
「れ・・・レイド・・・あ、あんた・・・・・・!」
マーサおばさんがわなわなと震えている。いや当然だろ。
マーサおばさんの目線は俺と謎の幼女を交互に行き来している。マーサおばさんの全身から脂汗がぶわっと湧き出る。
それに伴って、俺も冷や汗が背中を走る。
「ろ・・・ロリコン・・・・・・?」
!?
ここで弁明しないと絶対後悔する。俺の勘がそう告げている。そんなの勘じゃなくてもわかるわ!
「ご、誤解だマーサおばさん!この子俺が知らない間にベッドにいて・・・俺、昨日のことなんも覚えてないんだよ!」
マーサおばさんなら信じてくれる!俺は信じる!
「あ、あんた!酒の勢いに任せてヤっちゃったのかい!?」
「ちげぇよ!!?」
変な方向に勘違いされてしまった!?これ相当やばいぞ!?
「げ、ゲンさーん!レイドが!レイドが大変なんじゃあ~!」
「あ、待って!マーサおばさん!ちょっと!」
マーサおばさんが階段を降りて急いで広場に行ってしまう!やばい!俺捕まる!無実の罪で捕まっちゃう!
俺は急いでマーサおばさんを追い掛ける・・・・・・はずだった。
だがしかし、どうしても気になることがあった。
「この子・・・・・・誰?」
「……ふにゃぁ……?」
ふと疑問に思った矢先、目の前の幼女は目を覚ました。まだ眠いのだろう。目が半開きで少し虚ろだ。
「……んぅ……おにーちゃん……だーれぇ……?へるめすはどこぉ~……?」
幼女は寝ぼけながらも状況を把握しようとする。っていうかヘルメスって誰だ?
「撫子様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如――窓から燕尾服の男が飛び込んできました。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
この人誰ぇぇぇ!?っつーか俺の家の窓がぁぁぁ!!まだ住んで一日なのにぃぃぃ!?
ガラス製のシックな窓は男の突進で見事に全壊。この男はどこから飛んできたのだろうか。
っていうかもしかして……?
「アンタがヘルメスさん……か?」
男はコクリと頷いた。肯定の意なのだろう。
男の見た目はとんでもねぇくらいのイケメン。ちょうどいい長さのショートヘアーは夜空のように黒く輝いている。瞳はアメジストのような妖しい光を放つ紫色。きっちりとした燕尾服は気品を醸し出している。完璧な美青年だ。それよりも俺が気になっているのは
――あの漆黒の蝙蝠のような翼。
そんなことを考えていると、ヘルメス自身から自己紹介をはじめた。
「挨拶が遅れましたことをお詫びいたします」
ヘルメスはひと呼吸おいてから口を開いた。
「私が撫子様の側近兼、撫子様専用即席イスのヘルメス・アーティファクトです」
変態だった。
「変態じゃねぇか!」
「あぁ・・・・・・罵られるのならば撫子様に罵られたかった……」
「ドMのロリコンだぁぁぁ!!」
見た目に反したロリコンの変態だった。捕まるのはこういうやつだろ!俺は無実だ!
「それは侵害です。私をロリコンなどとカテゴライズしないでください」
何故か反論してきたヘルメス。いや、認めろよ。
「私は――ペドフィリアです!」
「もっとひでぇじゃん!最悪じゃん!犯罪者予備軍じゃん!」
「なっ!犯罪者ですと!?何故この私が犯罪者なのですか!?魔族をすぐに犯罪者扱いするのは良くないですぞ!」
「――魔族?」
その言葉に俺の眉根はピクリと動いた。
やっぱりそうか。
蝙蝠の羽と窓を蹴破ってきたことからなんとなく理解もできていた。
――こいつは、ヘルメス・アーティファクトは魔族だ。それも恐らく上級悪魔。
っていうことは・・・・・・この幼女も魔族なのか?
俺の表情は一転した。この幼女がどこから来たかなど、もはやどうでもいい。
――魔族なら殺すだけだ。
ダッと俺は駆け出して、部屋に飾ってある薙刀に手をかけた。それを手元でくるくると円を描くように回し、構えの姿勢をとる。
「い、いきなり何ですか!?そんな物騒なものを構えて!」
「うるせぇ魔族が!」
俺は目の前の悪魔に怒鳴り散らす。
「この村をまた襲いに来たってのか?そうはいかねぇぞ!今ここでお前ら二人共ぶっ殺してやる!」
「な、なんのことですか!」
俺の目はおそらく血走っているだろう。肩で息をしているせいか血の流れも早くなっている。溢れんばかりの殺戮衝動が俺の中に渦巻く。
魔族は・・・・・・全て根絶やしにする!
「おらぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は前に大きく踏み出し、下から持ち上げるように力強く薙刀を振るう。
ヘルメスはそれを一瞬のタイミングで躱し、狭い部屋の中で距離を取る。
狭い部屋は俺の領域だ。幸い、壁には武器が山ほど積まれている。
俺は薙刀を中段の姿勢で構え、猪のように突進する。
当然、ヘルメスはそれを右にひらりと躱した。
しかし、俺の攻撃は突進なんかじゃ終わらない。
右に避けたヘルメスに対して俺は――持っていた薙刀を投げつけた。
ヒュンと音を立てて飛ぶ薙刀はヘルメスの首に一直線に向かっていく。ヘルメスはそれも読んでいたかのように躱してしまう。
しかし、追撃はそれだけでは終わらない。
俺は、突進して向かった壁に設置されたククリ刀の柄を強く握り占めた。そしてそのまま方向転換して――もう一度ヘルメスの首を狙う。
回転斬り。
俺はククリ刀の重さを遠心力に右方向に回転をしながら、ヘルメスを狙う。
「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
・・・・・・しかし、この第二波も、ヘルメスはいとも簡単に躱してしまった。
「は、刃物は危ないですよ!」
そんな拍子抜けな声を出してヘルメスは攻撃を避けた。
「ちぃっ!クソが!」
そして俺は、先ほどの薙刀のようにククリ刀も投げつけた。先ほどの薙刀と違う点は、ブーメランのような飛ばし方をしていることである。
薙刀は細長いため、槍投げのように一直線に進んでいったが、ククリ刀は横に広い刀だ。まっすぐ投げるのは無理がある。だから回転をかけることによって、空気抵抗が減り、より長く、そして強く飛ばすことができるのである。
――そんなククリ刀も避けてしまうヘルメスは真性の化物なのだが。
あと、避けるたびに「うわぁ!」とか「うひぃっ!」とか言うのやめてほしい。すごい緊張感なくなる。
「おい、避けてばっかじゃねぇか!ちゃんと戦え!」
俺は不服を漏らしながら、次の手段に打って出た。
背後にバックステップで進み、ヘルメスと距離をとった俺は、後ろ手で武器を手繰り寄せ引き抜いた。
今度の武器は斬馬刀だ。
斬馬刀とは名前のとおり馬を斬るための刀のことである。しかし形は着るのには向いていない。柄の部分から先端にかけて、どんどん太くなっていくフォルムなのだ。どちらかというと叩き潰す武器に近い。
俺は斬馬刀を、改めて右手で強く握り締め、ヘルメスに飛びついた。
「死に・・・・・・さらせぇ!」
強く振りかぶった斬馬刀は――見事に空を切った。
まただ。
またヘルメスが既のところで躱したのだ。
だが――俺にはちゃんと読めていた。
「距離よし・・・・・・感覚よし・・・・・・」
俺は状況を一瞬で確認し、
――アクロバティックなバク転を決めた。
ただのバク転だと思ってもらっては困る。
俺がバク転したタイミングで、左からヒュンヒュンという、空を斬る音が聞こえてきた。
ククリ刀だ。
先ほど投げたククリ刀は回転がついているため、滞空時間がとても長い。
俺はこれを計算してククリ刀を投げつけたのだ。
パシッとククリ刀を掴むと、俺は空中で姿勢を変える。
右手に斬馬刀、左手にククリ刀というミスマッチな双剣を構え、俺はヘルメスに斬りかかった。
「さすがにこれは避けらんねぇだろ!?これでトドメだ!」
俺はヘルメスの首もとに急接近し、その首をもぎ取る・・・・・・はずだった。
「・・・・・・へるめすいじめちゃ、めっ!だよ?」
俺の攻撃を止めたのは、ヘルメスではない、未だに全裸の寝起き幼女だった。