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星屑の村、クルーエル。
この村には古くからの伝説がある。
星屑の勇者。
――かつて魔界の一部だったこの村は、魔物たちの植民地にされていたらしい。魔物に打ち勝つすべのなかった人類は、ただただひれ伏すしかなかった。
しかしある日、異世界から勇者が召喚される。
勇者は強く、魔物たちをすぐにでも一掃したという。
勇者から繰り出される技の数々は、まるで星屑のように、数え切れないくらいに存在したらしい。
そして勇者は魔王を倒し、この村、そして世界にも平和が訪れた。
・・・・・・そんな子供向けなおとぎ話だ。
「懐かしいもんだなぁ・・・・・・」
20歳くらいのバンダナをした青年は、本を閉じてそう呟いた。
青年が持っている本は、子供向けの書物。『星屑の勇者』というタイトルの本だ。
青年はベッドから降りて本を自室の元の棚に戻し、大きく背伸びをした。
「あの頃は俺も若かったなぁ・・・・・・」
「まだ20歳でしょうが。なに年寄りみたいなこと言ってんのさぁ」
「・・・・・・マーサおばさん」
いきなりドアを開けて青年に話しかけた老婆の名はマーサ。クルーエルでパン屋を営む村の長老的存在だ。
「あんたもおっきくなったもんだねぇ。12歳の頃にこの村に来て。もう8年」
「ほんと、マーサおばさんには感謝してるよ」
ふっふっふとマーサは笑いながら少年を見つめる。
「な・・・・・・なんすか・・・・・・?」
「覚えているかい、レイド。あんたがこの村に来たときゃ、泣きながら私に、トイレ怖いからついてきて~、なんて言ってなぁ・・・・・・」
「や、やめてくれよ!それはまだ俺が若かった頃の話だろ!」
青年、レイド・バスティーユは顔を赤らめながらマーサに反論する。
「ふっふっふ、はいはい。ところでレイド、あんたの鍛冶屋。ついに完成したってよ」
「えっ!?本当か!?マーサおばさん!」
レイドはそれまでは見せなかった笑顔を浮かべ、マーサに詰め寄った。
「あぁ、本当さ。まぁまずはゲンさんに礼を言っときなぁ」
マーサも笑顔で返す。
「ありがとう!マーサおばさん!俺ゲンさんのところに行ってくるよ!」
「はいよ。行ってらっしゃい」
青年は駆け足で、長年愛用してきた自室をあとにした。
◆
村の中央広場の盛り上がりはピークに達していた。
村一番の大工ことゲン・アッシュベルト。彼の自信作とも言える小屋を見るために街中からギャラリーが集まったのだ。
その小屋を授かる青年は、もちろんレイドである。
「ゲンさーん!」
「おぉ、きたかぁ!レイ坊!」
ゲンの覇気のある声からは、微塵にも年寄りであることを感じない。
ゲンのもとに辿りついたレイドは既に息が上がっていた。ハァハァと息をすると同時に肩が上下している。
「はぁ・・・はぁ・・・ゲンさん!作ってくれたのか!?」
ゲンはその言葉を待っていたと言わんばかりにニカッと笑った。
「おうよ!最高の小屋に仕上がったぜ!にしてもあの『変わり者のレイド』が小屋ひとつ持って働くまで成長するなんてなぁ!ガッハッハ!長生きするもんだなぁ!」
そう言ってから突如、ゲンの背後からひょこっと小さな女の子が二人現れた。
「レイド、変わってる?」
「変わってる!変!変!」
「おう、ナナちゃん。ニナちゃん。元気だったか?あと、俺は変わってないからな?変じゃないぞ?」
二人の名は、ナナ・アッシュベルトと、ニナ・アッシュベルト。ゲンさんの命よりも大切な6歳の双子の孫だ。瓜二つの見た目をしていて、見分けられるのはゲンさんだけらしい。ちなみに見分ける方法は、喋り方と左右別々にくくられているサイドテールだけだ。
「レイド、嘘ついてる?」
「嘘ついてる!嘘!嘘!この前部屋でおっきい剣持ってカッコつけてた!」
「そんなの普通だろ!男はこういうの大好きなんだよ!」
レイドが変わり者と呼ばれる理由。それは至極単純。
――レイドが重度の武器オタクだからだ。
「いいかい?武器っていうのは、この世で一番かっこいいものの名称なんだ。その種類はたくさんあってね、剣、銃、爆弾、ロッドとか、とにかくたくさんあるんだよ!特に剣はさらに種類があってね、通常の剣から、レイピア、ククリ刀、日本刀、薙刀、大剣、斧、ダガー、双剣、ナイフ、槍とか!俺は特にククリ刀が好きなんだ!あのなめらかで波みたいなフォルムにすらっと切れる切れ味!流れるように戦えるククリ刀はもう最高だよ!」
レイドが語り終わったと同時に、それまで黙っていたナナとニナが『やっと終わったか』みたいな視線をレイドに向けた。
「レイド、終わった?」
「終わった!おしまい!おしまい!」
「ちゃ、ちゃんと聞いてたかなぁ・・・・・・?」
頬をピクつかせながらレイドは二人に諭すように問う。
「まぁ、怒ってやんなやレイ坊。おー♪よちよちナナちゃん、ニナちゃん♪おじちゃんちょーっと仕事があるからあっちで遊んでてねー?」
先ほどの覇気のある声はどこへやら。ゲンは猫なで声で二人に諭す。
「おじちゃん、いつもとちがう?」
「いつもとちがうー!」
二人はゲンの違いにいつも気がついているのだが、いかんせんゲンには、自身の態度が豹変していることが分かっていないらしい。
「はいはい、じゃあ二人は私とおやつでも食べようかねぇ」
そう言って現れたのは、先程までレイドと話していたマーヤだ。今広場についたらしい。
マーヤの手にはバスケットが握られている。バスケットの中には焼きたてのパンが所狭しと入っていた。メロンパン、チョココロネ、クロワッサンと、どれもバターの香ばしい香りを漂わせていて、とても美味しそうだった。
「パン、食べる?」
「ニナはチョココロネー!」
マーヤ、ナナ、ニナはそれぞれ広場の噴水に向かって歩いて行った。
「・・・・・・さてと、レイ坊!これがおめぇのために作った至高の小屋だ!もってけ泥棒!」
そう言ってゲンは小屋にかぶさっていた大きな布をばっと取り除いた。
――普通だ。
感想はそれだけだった。ギャラリーもみんなポカンとして口を開けている。
レンガ製の三角屋根、withエントツという普通な組み合わせである。
「なぁ、ゲンさん・・・・・・これって普通・・・・・・」
「ガッハッハ!まぁとりあえず中を見てくれや!」
ゲンに後押しされて渋々とレイドは中に入る。
「・・・・・・スッゲェぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
中に入ったレイドは感動のあまり、声を荒げて叫んでしまった。
武器を作るための竈。これは設置していて当たり前なのだが、問題はそこじゃなかった。
レイドを発狂させたのは、壁一面を埋め尽くす武器、武器、武器。
ゲンが作った小屋とは、様々な武器に囲まれた武装小屋だったのだ。
「おめでとう!レイ坊!今日からおめぇは『鍛冶職人レイド』だ!」
ドッと湧き上がるギャラリー。「おめでとうレイド!」「頑張れよ!」「あのレイドが鍛冶職人かぁ・・・・・・年って取るもんだなぁ」とそれぞれ思い思いにレイドを賞賛している。
「俺・・・・・・やっと鍛冶職人になれたんだ・・・・・・!」
余韻に浸るレイドの肩に、ふと、ぽんと手が置かれた。
「あんたはもう立派な大人さ、レイド」
「マーヤおばさん・・・・・・!いままで部屋を貸してくれたり、食事をくれたりしてありがとな。俺・・・・・・もっとお礼が言いたいんだけど、言葉が見つかんなくって・・・・・・」
「なぁに言ってんのさ!クルーエルにいればみんな家族さぁ!」
じわりとレイドは目に涙を浮かべる。
「レイド、泣いてる?」
「泣いてる!涙!涙!」
「な、泣いてねぇし!」
レイドはそっぽを向いた。それがおかしくてクルーエルの人々はそれぞれ笑みをこぼす。
「な、なんだよ!そんな生暖かい目線で見るなよ!」
「さぁ、今夜は宴だよ!みんなそれぞれ祝いの品を持ってきなぁ!」
マーサの掛け声とともに、クルーエルの宴が始まった!
――ところで宴のメニューは酒、パン、肉、パン、魚、パン、果物、パンと豪華だった。異様にパンが多く入っているのはマーヤの陰謀だ。間違いない。