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背中 さんじゅうし

 新しく画廊に搬入された高坂百合子の絵は、今までとは趣がまったく異なっていた。

 独特の色合いが印象的だった前作までとはガラリと変わり、黒一色で描かれていた。

 黒を背景に、黒い背中。題名は『背中 二十五歳 喪失』。

 ぞっとするほど悲しい喪失感を感じると画壇の話題になり、高坂百合子の名は著名な作家の列に並んだ。





 美和が消えた。

 画廊には笑顔のない見知らぬ女性が勤めている。さゆみが何を聞いても、さあ、と答えるだけで、らちが明かない。

 実家にも帰っていない、電話も通じない。

 手を尽くして探したが美和の影すら見つからなかった。




 北条刑事は眉間に深いシワを寄せて、百合子の邸を見上げていた。


「刑事さん」


 待ち合わせの時間ぴったりに、さゆみと斗真がやって来た。刑事は、ますます苦い表情になる。


「あんたら、本気か」


 斗真が鍵を掲げてみせる。大吾を取り戻しに来た時に斗真が拾って、そのままになっていた、百合子の邸の門の鍵だ。


「本気です。刑事さんだって、そのつもりがあるから、ここにいるんじゃないですか?」


「不法侵入なんて、ばれたら俺は仕事をなくすんだぞ」


「俺達だって同じですよ。でも、今しかないんです。確実に高坂百合子はいない」


 刑事は天を仰いだ。


 百合子は今朝、橋田坂下のコレクションと共にカナダへ旅立った。橋田坂下の展覧会が催され、コレクションの持ち主である百合子も招待されているのだという。


 橋田画廊の新しい受付嬢が、珍しく嬉々として教えてくれた。見たところ、百合子のファンのようだった。

さゆみが百合子の絵をべた褒めしてみせると、機嫌がよくなり画廊のオーナーのあれやこれやを話してくれた。

 どうやら画廊の資産を使い込んでいるらしいだとか、女癖が悪くていつも二、三人は愛人を侍らせているとか、歴代の受付嬢にも片っ端から手を出していただとか。

 百合子との関係について聞くと、途端に機嫌は急降下して、そんなこと勘繰るなんて下品だと吐き捨てるように言われて追い出された。



「橋田坂下の時と、船木大吾さんが亡くなった時に、家の中は警察が捜索してるんですから、あとは庭を調べないと」


「あんたたちは本当に出ると思ってるのか? 消えた男どもの成れの果てが」


 さゆみは一瞬、眉をひそめたが、すぐに元の表情を取りもどした。


「船木さんの死を見て、わかったんです。高坂百合子は決して魔女なんかじゃない、普通の人間だって。人間には、煙のように人を消す力なんてないんです。絵の中に人を閉じ込めるなんてこと、出来るわけがないんです」


 刑事はじっとさゆみを見つめた。


「だがな……」


「行きましょう」


 何かまだ苦言を呈するつもりだった刑事の言葉を遮って、斗真は門を開けて中へ入って行く。さゆみも後に続く。刑事は大きなため息を吐いて、足を引きずるようにして門の中に入った。



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