背中 にじゅうし
まるくなってねむる。
なにもきこえない。
しんぞうのおともきこえない。
まっくらだ。
薄暗い和室で、百合子のタオルケットを借りて横になっていると、百合子が電話している声が聞こえてきた。
「先生、百合子です。はい。今日のお仕事、お休みさせてください。申し訳ありません、突然で。弟の具合が悪くなって……」
弟?
百合子さんの弟の具合が悪い……?
なんだ、弟ってオレのことか。そうだな、弟って言っておいた方が通りがいい……。
彼女にとって、オレは弟なんだな……。
うつらうつらしながら、身体の熱さに揺さぶられる。頭のてっぺんにひもをつけて、くるくる回されているようだ。
人形のように。
くるくるくるくるくる。
ひもの先をにぎっている男。
ぎょろぎょろした目玉。
人形をながめまわす。
人形を仔細にながめている。
あちらに、ゆすると足がはね。
こちらに、ゆすると腕がはね。
だんだん激しくぐるぐるぐるぐる。
回しているうち、ひもは切れ。
人形は、ぽーん、とびちった。
腕も、足も、頭も、ばらばら。
ひもの先には背中だけ。
男の目玉はぎょろぎょろと、ぎょろぎょろと。
あいもかわらず手をはやし。
「さあ、見るのだ。見たら描けるのだ」
そう言う手にはひもしか持たぬ。
ひもにぶら下がる、その背中。
つきつけられる、その背中。
「君は見ておいたほうがいい」
目の前には背中。
この背中は知っている。
少し小さい、かわいらしい、背中。
さゆみの背中が泣いている。
オレがいないと言って泣く。
なに言ってるんだ。
オレはここにいるじゃないか。
さゆみが絵を描いている。
オレの背中の絵……?
いや、違う。
子供の背中?大人の?老人の?
背中は絵の中で急速に年をとる。
さゆみ、さゆみ、やめろ、やめてくれ。
それ以上はだめだ。
それ以上描いちゃいけないんだ。
それ以上年をとってしまったら……。
ひっしに手をのばす。
手は肩にふれ、背中がふりかえる。
しかし目の前には、また背中。
また手をかける、ふりかえる。
背中。
ふりかえる。
背中。
ふりかえる。
背中。
ひっしになって手をかける。
次々にめくっていく。
ひとつの背中の後ろにはまた背中。
色んな背中が次々と出てくる。
背中はどんどん年若く。
ふいに、おしまい。
おしまいのその背中は、小学生くらいの男の子のようだった。
その先にあるのは、
「ツキクルウ」。