背中 に
私の仕事は午前九時に始まる。
画廊のドアを開けて冷え切った室内に入る。バックヤードにカバンとコートを置いて店の外の歩道の掃除をする。
大抵、枯葉やたばこの吸い殻を片づけるくらいだけれど、運が悪かったら昨夜、したたかに酔ったであろう誰かの汚物を処理する。
店内に戻ってクロスで埃払い、観葉植物の手入れ、床掃除、絵画のチェック、受付テーブルのフライヤーの補充、週に一度のウインドウ拭き、そんなところが私の主な仕事だ。
絵画が好きで始めたこの仕事だけれど、絵に関することには、ほとんど携われない。
この画廊が、ほぼ一人の作家の作品だけを取り扱っているという理由が第一だけれど、その画家の絵がたった六枚、彼女が言うところのライフワークの弟の背中の絵だけだというのがもうひとつの理由だ。しかも、その絵は売り物ではない。
ここは画廊であって、美術館ではないのだと、何度、オーナーに進言しようと思ったことか。
だけど、美術系の専門学校を卒業しただけで社会人経験もない私を拾ってくれたオーナーに逆らう言葉など思いつかず、何も言えないまま、安穏と時間は過ぎていく。
冬来たりなば春遠からじ。
きっと、いつか、もっと、他の作家さんの作品を掛けることが出来る日が来るはず!
きっと、いつか、もっと、素敵な絵を見ることが出来る日が来るはず!
いや、今の彼女の作品が悪いって言うつもりは、全然ないんだけどね。