三十九
ガチャガチャという金属音で目が覚めた。玄関のあたりで女の声がする。
あれ? だれだっけ、しってるこえ?
ぼんやりとした頭で考えるが、眠くてどうにもならない。
一度開いた目が、また閉じて行く。
丸まったまま二度寝しようとしていると、がばっ!と布団を剥ぎ取られた。
ビックリして目を開ける。
目の前に、さゆみがいた。目をまん丸に見開いている。
「さゆみ……。なんだよ、おどかすなよ」
話しかけたが、さゆみは何故か目を見開いたまま黙っている。
「おい、どうしたんだよ。おまえ、なんかヘンだぞ」
ヘンといえば、そう言えばさゆみの顔を見るのは久しぶりな気がする。
毎日、顔を合わせるのが普通なのに、どうしたんだっけ? なんで会わなかったんだっけ?
さゆみは、ふいっと部屋を出て行く。
「おい、どうしたんだ、……よ……」
襖が閉まり、暗くなると、猛烈な眠気に襲われた。
なんだか、なにもかもがどうでもいい。剥ぎ取られた毛布も、どうでもいいや。
丸くなって、目を閉じる。生暖かな畳が心地よい。
このまま部屋の空気に身をまかせ、たゆたっていたら、きっと気持ちが良いだろう。
うつらうつらうつら。
天井から、くもの糸がぶらさがっている。
くもはいない。
くもはどこだろう?
見渡すが、どこにもいない。
くも……くも……。
ソファでまるまっている人に聞いてみる。
すみません、くもをみませんでしたか?
揺すっても、その人はおきない。
すみません、すみません、すみません、すみません、すみません、すみません、すみません、
揺すっていると、ソファからゴロン、と転げおちた。
わっとくもの子がちる。
人と見えたのは、くもの卵だったのだ。
あまり揺すったので、孵化してしまったのだ。 いけない。
そっとしておかなくては。
くものこをちらしてはいけない。
くもがちってしまう。
くもがふえてしまう。
くもがたべてしまう。
いけない、いけない、いけない、いけないいけないいけないいけない…………
うっすら差した光に、目を開ける。
「大ちゃん、大丈夫? うるさくなかった?」
うるさい……? なにが?
「ううん、大丈夫ならいいの。ゆっくりおやすみなさい」
そう言うと、女は毛布をかけてくれて、部屋から出て行く。
だれだっけ……?
しってるきがする……。
「私? いやだ、大ちゃんたら寝ぼけてるのね。お姉ちゃんじゃない」
おねえちゃん……?
そうか……そうだっけ……。
ねむい……ねむくて……めが……
「ゆっくり、おやすみなさい、大ちゃん」
音もなく、暗闇が訪れた。