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三十四

「おーい、加藤田」


 呼ばれて、さゆみは振り返る。小脇に石膏像を抱えてスリッパをぺったぺったと鳴らしながら牧田が近づいてきた。


「ちょっと手を貸せ。こいつが重くてなあ」


「えー。男子に頼んでくださいよ」


 ぶうっとふくれたが、さゆみは素直に石膏像を半分持ってやった。


「すまんな。俺の部屋まで頼む」


「えー。遠いですよ。台車を使ってくださいよ」


「事務室まで行くのが面倒なんだよ。いいじゃないか。飴ちゃんやるから」


「もう……。いりませんよ。飴ちゃんなんて」


 さゆみはぶつくさ言いながらも、結局、牧田の教官室まで律儀にお供した。


「ほい、ごくろうさん」


 約束どおり牧田が飴をくれた。黒糖生姜飴だ。さゆみは袋をやぶり飴を頬張る。


「そういえば、お前の旦那。大丈夫なのか、あれは?」


「旦那じゃありません」


 さゆみは舌で飴をほっぺたに押し付けながら答える。


「そうか。じゃあ、彼氏か」


「彼氏じゃありません」


「なんだ、お前たち別れたのか。愛がないなあ」


 椅子に腰掛け、だらりと全身の力をぬくと牧田の姿は熊に似ている。愛嬌があって、何を言われても怒る気になれない。


「愛がないのは、あっちだけです。私は関係ありません」


「なんだ。じゃ、今でも惚れてるのか」


「そんなわけじゃ……ないです」


 さゆみは俯く。牧田は困ってしまって、頭をボリボリかきながら立ち上がり、意味もなくうろうろする。その姿はまさに動物園の熊だ。


「あー、うん。ま、いいんだけどな。あれ、ちょっとヤバイぞ」


「ヤバイって?」


 顔を上げたさゆみをチラとうかがい、目をそらし、牧田は続ける。


「魂が抜けてる」


「たましい?」


「なんていうんだっけ? あのぉ……、ほら。ヤバイクスリでヘンになったやつのこと」


「キマってる?」


「え? なんだそれ?」


「違いますか。じゃあ、ラリッてる?」


「そう! それ! そんな感じだったな。顔色も青白いというか、いや、もっとこう紙みたいに白いというか……」


 ごにょごにょ言う牧田を遮り、さゆみが叫ぶ。


「大基が、学校に来てたんですか?」


「そう。お前の旦那」


「旦那じゃありません! いつですか?」


「今日。午前中」


「今日!?」


「おう。お前からの伝言を聞いて来たってよ」


「私からのって……。私、最後に電話したの、九月のおわりですよ?」


 牧田は首を回し、カレンダーを確認する。今日は十一月十八日。間違いない。


「二ヶ月前だな」


「二ヶ月……って……。そんなにたってから、ノコノコ何しに来たんですか?」


「だから、お前の伝言聞いたから来たって。単位落としたぞって言ったら、ショック受けてたがな」


 さゆみは呆然と聞いている。


「意味わかんない……」


「なあ? だろ? だから、大丈夫かって聞いてるんだよ」


「大基を問い詰めます!」


 牧田の顔をキッと見据えて宣言すると、さゆみはそのまま走り去った。


「おうおう。元気がいいねえ。若い若い」


 牧田は開いたままのドアにヒラヒラと手を振った。


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