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「大基がしっかりしてなさ過ぎなの! だいたい、アルバイトを一回もしたことないってのがありえないわ。ねえ、ホントに一回、うちに来て働いてみようよ。仕事なら売るほどあるんだから」


 さゆみのバイト先のデザイン事務所の雑用をしないか、と何度も声をかけてもらっているが、そのたび大基は断り続けている。日本画専攻の大基にとっては専門外の仕事だ。

 同じ美大生を雇うなら、将来デザイン関係の職につきたい学生の方が、雇う側だって使いやすいはずだと思うのだ。

 さゆみはその消極的な姿勢をお人よし過ぎると言ってふくれるのだが。


「デザインの仕事を覚えれば日本中どこに行っても、最低限食べていけるくらいの仕事はあるはずよ。実家へ戻るにしても即就職できるスキルがあったら安心でしょ。それとも何? 大基は日本画でプロになるつもりなの?」


「プロなんて……。無理だよ。それこそ、日本画じゃ食っていけない」


「だったら、さっさと……」


 怒鳴りかけたさゆみが大基の後ろに視線を移し、黙り込む。振り返ると、驚くほどの美人が立っていた。あの時の女性、高坂百合子だった。


「こんにちは。また会えたわね」


「知り合い?」


 さゆみがとがった声で大基に尋ねる。百合子は優しい笑顔で、さゆ みに会釈する。


「え、あ、うん。ちょっと……」


 口ごもる大基に百合子が助け舟を出した。


「先日、私が人違いをして声をかけちゃったの。今、ちらっと聞こえたんだけど、大ちゃんはプロを目指すの?」


 大基はあわててかぶりを振る。


「プロなんてそんな! オレなんて、一回も賞とったこともないし、無理ですから!」 


「無理だなんて。そんなふうに決め付けないで、また美術展に応募したらいいのに」


「いや! ほんとに! 無理ですから!」


 百合子の視線が大基の目を正面から捕らえた。黒く大きな瞳は大基の視線を捉えて離さない。大基は力が抜けていくような、ぐったりと体が重くなっていくような感覚を覚えた。


「あなたの作品、見たわ。牧田先生の部屋に置いてあったでしょう? 私、すごいと思ったの。できたら、たくさんの人に見てもらいたいって」


 大基はぽかんと口を開けた。今まで、こんなにストレートな賛辞を受けたことが無かった。百合子は微笑んでいとおしそうに大基を見つめ続けた。


「ほ、ほんとですか?」


「本当よ。だから考えてみて。きっと、いいところまで行くと思うの」


 百合子は、それじゃ、と軽く会釈して立ち去った。大基はいつまでも百合子の後姿を見送っている。


「……大ちゃん。だって」


 後ろでさゆみがボソっとつぶやいた声も、大基の耳には入っていなかった。


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